鉄血女帝アナスタシア 第六十三話
ロシア・ドイツ国境付近 ロシア陸軍第一軍
「レンネンカンプ大将、司令部より入電です。敵ドイツ軍第八軍第一軍団が明日午前5時に越境して進軍してくる模様です。侵攻規模は4万。約3000の騎兵隊によって我が軍の中央を突破、それに歩兵37000が追従する作戦です」
ロシアでは国境線をカバーするように高さ200メートルほどの支線式鉄塔を30カ所に設置していた。この塔に設置されたアンテナによってヨーロッパ各地の無線電波を受信し、シャール・アズナヴール率いるロシア国際戦略研究所(戦略研)のコンピューターによって暗号解読がなされていたのだ。
ロシア製の小型無線機が普及したことによって、今では何処の国の軍隊でも伝令兵はその役目を終え無線機に取って代わられていた。しかし無線機だと当然敵にも傍受されてしまうため、各国は暗号技術の開発に注力していたのだが、高城蒼龍が開発したコンピューターと解読プログラムの前には全く意味を為していなかった。
「そうか、ドイツ軍はとうとう痺れを切らしたようだな。気象予報図を持ってきてくれ」
「はい、こちらに。17時の定時連絡機で受け取った最新の物です」
ヨーロッパの平原ではどうしても歩兵同士の白兵戦が想定される。その為、作戦を立てる上で詳細な天気図が必須だ。ロシア軍では毎日17時に定時連絡機によって5日先までの気象予報図が届けられるようになっている。
「明日は13時から弱い雨か。風は南西の風2メートル、作戦行動に問題はなさそうだな」
この気象予報図はイチシキリッコウ(通称イチシキ)試作5号機を改造した気象観測機と地上観測所から送られてくるデータを元に作成している。マイクロ波レーダーによって詳細な雨雲の様子を観測することが出来、24時間先までなら一時間毎の正確な天気も予測できるようになった。
「聖女レーニナ様に刃を向けた愚かな野蛮人どもに、本物の地獄を見せてやろう」
◇
1914年7月初旬 ドイツ ベルリン
「我々はオーストリアと連携して、このヨーロッパ中央に確固たる地位を築かねばならない!スラヴ人どもは不遜にもオーストリア皇太子を暗殺しようとした!これは明らかにロシアの策略だ!このような暴挙に対して我々は立ち上がらなければならないのだ!愚か者どもに鉄による制裁を与えてやろう!そしてその鉄拳を振るうのは君たちだ!君たち若者がこの国の命運を握っている!祖国に捧げる命は美しく栄光に満ちあふれている!今こそ勇気を出して立ち上がるときだ!君たちはドイツの鉄の男だ!全ての国民の誇りなのだ!」
ギムナジウムでは普仏戦争に参加したことのある教授が大勢の学生を前にして熱弁を振るっていた。45年前のフランスとの戦争でパリを占領し、あのベルサイユ宮殿でヴィルヘルム一世皇帝陛下は戴冠式を行ったのだ。この教授は近衛部隊の一人として皇帝に付き従い、戴冠式の警備にも当たったそうだ。なんとも誇らしいことではないか。ナポレオンのバカが起こした戦争で昔のドイツ人は大変な被害を受けた。そして今また薄汚いスラヴ人どもと結託して、普仏戦争で失った土地を強奪しようと動員を始めている。無知で愚かなスラヴ人とフランス人に、正義に逆らうことがどのような結果をもたらすのかわからせてやる良い機会なのだ。
「パウル、どうするんだ?俺は軍に志願するぜ」
このギムナジウムで一番仲の良いアルベルトが肩を叩いてきた。小柄だが気の強い性格で、時々一緒に寮を抜け出したりする一番の悪友だ。
「アルベルト、もちろん俺も志願するさ。運の良いことにちょうど志願可能な17才になったばかりなんだ。神様が祖国を守れって言ってるんだよ。それに戦争が始まったとしてもクリスマスまでには終わるって言われてるからな。少しでも早く前線に出て戦功を上げなきゃ損だぜ!」
世間ではあと一ヶ月もしないうちにセルビアと戦争になると言われている。そしてセルビアに呼応してロシアとフランスが我が帝国に攻め入ってくるらしい。それに対応するため志願兵の募集も始まった。常備軍も十分にあるが、それでもこれだけ大々的に志願兵を募ると言うことは皇帝陛下も一気に決着をつけるおつもりなのだろう。我が帝国は強い。ドイツの中核となったプロイセンは軍隊が国家を持っていたと言われるくらい精強だったのだ。1871年の普仏戦争ではパリを包囲してフランスを降伏に追い込んだ。そしてドイツ人の慈悲によってフランスの独立を認めてやったのに、あの恥知らずなカエルどもはいままたロートリンゲン(ロレーヌ)に食指を伸ばそうとしている。しかしそれもはかない夢に終わるだろう。攻め入ってきたとしても精強な我が帝国軍がすぐに押し返し、逆にパリを陥落させてやる。今度は許しを請う時間を与えること無くパリを灰にしてやればいい。身の程というものを教えてやるのだ。そして、逃げてきた若いフランス人娘を助けてやって俺はDTを卒業する。無理矢理にでも卒業してやる。それが勝者に与えられた権利で有り栄光なのだからな。
そして3週間の新兵訓練を終えたオレ達は町中の乙女達から熱いキスの洗礼を受けて送り出された。これはオレに恋をしている目だな。でっかい戦功をあげて帰国したら結婚してやろう。その頃には俺も女を喜ばせるスキルを身につけてるさ。でも、どの娘と結婚するか悩んじまうな。困ったぜ。
俺は悪友のアルベルトと同じ部隊に配属された。しかしそれは希望した西部戦線(フランス方面)ではなく東部戦線(ロシア方面)だった。西じゃフランスとの激突が始まっている。ドイツ軍はベルギーを経由してフランスになだれ込んでいる最中だ。そして愚かなカエルどもは必死に抵抗しているが死体の山を築いているだけらしい。我が軍は圧倒的じゃないか。それなのに、まだ戦端も開かれていない東部戦線じゃ戦功を上げることなんかできやしない。もし戦いが始まっても待っているのはスラヴ人の女だ。そんな劣等民族で俺の崇高なDTを卒業するのはもったいないぜ。あ、でもロシア皇帝のアナスタシアは絶世の美少女って話だったな。いいじゃないか。オレ達の部隊でサンクトペテルブルクを占領して、その絶世の美少女とやらの処女をもらってやろう。俺がヤッた後にアルベルトにも回してやる。ヒィヒィ言わせて心ゆくまで楽しんでやろうじゃ無いか。そう思ったら俄然やる気が出てきたな。滾るぜ。
そして今日、ついに初陣の朝が来た。戦線に到着してからたったの二日だったがずいぶん待ち遠しかったぜ。俺たちは皇帝陛下から賜ったピッケルハウベ(一本角付の革帽子)を被ってG98小銃を持つ。そして整然と隊列を組んだ。第八軍の一部だがそれでも総勢4万の大部隊だ。正面にいるロシア軍はたったの2万らしい。こんなんじゃ戦闘にならないな。一瞬で勝負がついちまう。これじゃ戦功を上げるチャンスかあるかどうか怪しいぜ。
すぐ隣には悪友のアルベルトがニヤついた顔をしている。昨夜はアナスタシアを回す話で盛り上がっちまったからな。アルベルトもその事を想像しているに違いない。本当にゲスで良い友達だぜ。
俺たちはついに国境を越えた。堂々と隊列を為して。ああ、なんて勇姿だろう。周りを見ると背筋を伸ばして行進している仲間達の凜々しい姿がある。やっぱり我がドイツは世界最強だぜ。
ヒュルヒュルヒュル~~~
「アルベルト、何の音だ?」
次の瞬間、空で何かが爆発した。そう、何かだ。何が何だか解らねぇ。俺たちゃまだ敵の姿だって見てないんだ。隊長によれば敵は国境から10キロも後ろで縮み上がってるって話じゃ無かったのか?そしてその爆発は一回じゃない。何回も何回も地上50メートルくらいのところで爆発が起こっている。
「うおぉっっっっ!」
そしてその爆発がついに俺たちの真上で起こった。次の瞬間周りは土埃に包まれてその場にみんな倒れ伏してしまった。チキショー、いったい何が起こってるんだ!?
「アルベルト!アルベルト!何処だ!大丈夫か!?」
周りの戦友達はみんな倒れ伏してうめき声を上げている。これは敵の大砲にやられたのか?
アルベルトは俺のすぐ右後ろで仰向けに倒れていた。そして口からはまっ赤な泡混じりの血を大量に吐いて痙攣している。これはまずい。命にかかわる負傷をしている。すぐに後方に連れて行かなければ。
俺はアルベルトに近寄って抱き起こそうとした。
「えっ?」
無い、無い、俺の左腕が無い。左の肘の下辺りには破れた軍服の切れ端が垂れ下がっていて、血がだらだらと流れ落ちている。
「嘘だ!嘘だ!何なんだよおぉぉぉぉーーーー!」




