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鉄血女帝アナスタシア 第四十四話

「サンクトペテルブルク市民のみなさん。旧政府の主要拠点は聖女レーニナ様の親衛隊が平和裏に制圧しました。現在、新生ロシア帝国アナスタシア・レーニナ皇帝の権限によって全市に戒厳令を布告しています。市民のみなさんはアナスタシア親衛隊および警察の指示に従って落ち着いた理性ある行動をして下さい。略奪や暴行など戒厳令を破る行動をしてはなりません。特に略奪は平和な市民への敵対行為として公開処刑の対象となります。繰り返します・・・・・」


 空には飛行船が滞空し、全市民に向けて放送を繰り返している。これも蒼龍が設計してくれた拡声器のおかげね。真空管はこの時代にもアメリカやイギリスで実用化されているけど、こういった拡声器への利用はまだされていないらしい。


 突然空からの放送で市民はびっくりしたでしょうけど、そのおかげでなんとか治安を保つことが出来ている。ヤンコフスキー邸の周辺では残念ながら市民と近衛部隊との衝突が起きて、数百人の死傷者が出てしまったそうだ。孤児院のシスターや10代の少年も犠牲になったと報告があった。それでも私は心を鬼にして、犠牲者の写真を出来るだけ多く撮影しておくように命令を出した。彼らの写真は数日中には西部の主要都市で新聞の一面を飾ることになるだろう。そして非武装の市民を虐殺した悪逆皇帝ニコライを廃して、私が皇帝となったことの正統性の証にするのだ。


「皇帝陛下、王宮からの抵抗は完全に無くなりました。残っていた近衛兵と憲兵隊も武器を捨てて出てきます」


 やっぱり情報を制することは重要よね。クーデター発生と共に電話線の切断と電話交換局の制圧を実行した。これで王宮には伝令以外の情報は入ってこなくなる。ちなみにこの時代、無線機は戦艦と軍事基地くらいにしか設置されていない。そして王宮を囲んで拡声器による大音量の降伏勧告をしている。王宮に駐在する近衛と憲兵隊によるいくらかの抵抗はあったけど、政府機関のほとんどが親衛隊によって制圧されたと聞いて投降を開始したのよね。


 武装解除のため200人ほどの親衛隊が王宮に入っていく。彼らには侍女や文官には絶対に暴行をしないよう厳重に指導をしているのだけれど、やっぱりちょっと不安なのよね。以前蒼龍に言われたことがどうしても頭から離れない。もしも混乱に乗じて婦女暴行を働くような下衆がいたら、そんなやつは必ず公開処刑にしてやるわ。


 親衛隊が突入して一時間ほどが経過した。中からお父様を確保したとの連絡が入る。


「ではルスラン、行きましょう」


「はい、皇帝陛下」


 ◇


 私たちは王宮の正面から堂々と乗り込む。多数の死体が転がる庭園を、私を先頭に隊列を成して歩みを進めた。隊列から30メートルほど離れた場所には映画ニュース撮影用のカメラが回っている。


 王宮に入った私はそのまま大広間に入る。ここに住んでいたので当然何度も入ったことのある部屋だ。私は部屋の一番奥に設置されているこの国のあるじだけが座ることの許される椅子に目をやった。私はゆっくりと、しかし堂々と玉座に近づき腰を下ろす。そして足を組んで少し物憂げな表情を浮かべながら正面の扉に視線を送った。


「放せ!無礼者!私を誰だと思ってるんだ!」


 扉の向こうから聞き慣れた声が近づいてきた。しかしその声色は今まで聞いたことの無いほど恐怖と焦りによって震えている。自らの最期をさとり、それでもなんとか生にすがりつこうとする哀れな声色だ。私はその声を聞いて、心臓が破裂しそうなくらい鼓動が速くなったことを自覚した。


「アナスタシア!お前は何を考えているんだ!こんな事はすぐにやめるんだ!今ならまだ間に合う!」


 広間に入ってきた男は私の顔を見て驚愕し、そして親権者のつもりで怒鳴ってきた。この場を支配しているのが私だと解って、一筋の光明を見たのかも知れない。そんな男に私は表情を全く変えないことでそれを返答とした。


 両脇を抱えられて連れてこられた男は膝の裏を蹴られて、私の前で無理矢理跪かされた。そして後頭部を掴まれて額を床に押し付けられる。


 広間は静寂に包まれた。親衛隊の誰もが私とこの男が遺伝的な親子である事を知っている。そして私が、父親好きな無垢な子供であったことを知っている。


「顔を上げなさい、ニコライ。直答じきとうを許します」


 ※直答 皇帝などの貴人と直接会話をする事


 目の前の男はゆっくりと顔を上げた。激しい屈辱と怒りによってその表情は醜く歪んでいた。


「アナスタシア、何故こんな事をしたんだ?国が混乱すれば民は苦しむ。お前は国民のことを常に考えていたんじゃなかったのか?」


 その通りよ。私は常に国民のことを考えてきたわ。国民の惨状を目の当たりにして、スターリンに虐殺されてる人たちのことを知りながら何も出来ない無様で惨めな日々を過ごしてきたの。そして祖国を解放した後は、国民の生活を立て直すために寝る間も惜しんで働いたわ。あなたが生きてきたよりずっとずっと長い時間をね。


「アナスタシア、何とか言ってくれ。話し合えばきっと解るだろう。私がどれほど国民のことを思って腐心してきたか」


 この一年間、何回お父様と話をしたかしら?宮廷費を削って国民の福祉に充てなければならないって何回お願いしたかしら?貴族や寺院の特権は不合理だって何回訴えたかしら?ほとんど現金収入の無い人たちから人頭税を徴収するのを止めなければ大変なことになるって何回警告したかしら?そしてあなたはその言葉に少しでも耳を傾けて下さったのかしら?


「アナスタシア、お前が私を毒殺しようとしたなんて何かの間違いなんだろ?不幸な行き違いがあったかもしれないが、私たちは親子だ。アナスタシア、心の氷を溶かしておくれ」


 いつもお優しかったお父様。革命の後に軟禁されているときも常に家族に寄り添ってくれて、私が転んでケガをしたときはキズを洗って薬を塗ってくれたお父様。エカテリンブルクで最期の刻を迎えるまで私たちを守ってくれた立派なお父様。国民の苦しみを顧みず現実を直視することが出来なかった愚かなお父様。


「ニコライ、あなたをサンクトペテルブルク市民虐殺の罪で裁判にかけます」


 私は傍らに居るアガペーエフに目配せをしてお父様を連れて行くように指示を出した。何もかも諦めたのか、お父様は首をうなだれて力なく両手を床についた。そして呟くように言葉を絞り出す。


「お、お前はいったい誰なんだ?」


「私は・・・・お父様の最愛の娘、アナスタシア・ニコラエヴィナ・ロマノヴァでした。そして今日からはアナスタシア・レーニナ。新生ロシア帝国レーニナ朝の初代皇帝です」


 ◇


 大広間を出た私は少しだけ休憩を取るために、ルスランと数人の護衛を伴って私の部屋へ向かった。この王宮は無駄に広い。政府の仕事は別の建物があるので、庭園を含めた敷地面積65万平方メートルの王宮は私たち家族7人の為だけに存在していた。本当に無駄で愚かなことだわ。


「大公女殿下!お待ち下さい!あちらは危険でございます!」


 私の部屋に向かって歩いていると、廊下の奥から侍女の叫ぶような声が聞こえてきた。大公女というくらいだからお姉様の誰かがこっちに来ようとしているのね。


 声のする方に顔を向けると、マリアお姉様を先頭にオリガお姉様とタチアナお姉様がこっちに小走りで近づいて来るのが見えた。マリアお姉様は顔をまっ赤にして怒ってらっしゃるわ。当然よね。こんなクーデターを起こしてお父様を逮捕しちゃったんだから。


 マリアお姉様はまっすぐに私の目を睨みつけて近づいてくる。危険を感じてルスランが私の前に移動して両手を広げた。でも大丈夫よ。私はルスランの肩に手を乗せて横に移動するように促した。


 マリアお姉様は憤怒の形相で右手を挙げて近づいてくる。私のことを叩こうとしているのね。それは公女としてあるまじき行為だけど、今だけは甘んじて受けよう。それでお姉様達の怒りがほんの少しでも収まるのなら・・・・


 ゴッ!!


 私はあまりの衝撃でよろけてしまい無様に後ろに転げてしまった。やるわね、お姉様。平手打ちじゃ無くてまさかグーで殴ってくるのは想定外だったわ。


「皇帝陛下!大丈夫ですか!?」


 ルスランが駆けよってきて私を抱き起こしてくれた。私に意識がある事を確認したルスランはマリアお姉様を殺気のこもった目で睨みつけた。


「皇帝陛下に対する暴行は死刑ですよ!マリア様!」


「何が皇帝よ!皇帝はお父様よ!そのお父様に銃を向けて監禁するなんてアナスタシアの方が重罪だわ!」


 私は口の中の血をペッっと吐いて帽子を深く被りなおす。そして親衛隊の制服の乱れを直してお姉様達の前に屹立した。


「言いたいことはそれだけか?」


 私はあえて冷たい態度をとった。ここにはルスランだけでなく親衛隊の護衛達もいる。姉妹だからと言って甘い態度を見せるわけにはいかない。そして何より、これは私にとって決別の儀式なのだ。


「アナスタシア!なんでこんな事をするの!?そんなに権力が欲しいの!?国を混乱に陥れて、お父様から権力を奪って私たち家族を無茶苦茶にしてあなたは何を求めてるの!?」


 一番仲の良かったマリアお姉様。愛らしくて活発で絵の上手なお姉様。私の一番大好きなお姉様。


「お前達が着ている服は何で出来ているのか知っているのか?」


 私は凍るような目つきでお姉様を睨んだ。お姉様はきっと殺意さえ感じ取っただろう。


「な、何よ・・お前達って・・・そんなの・・・布に決まってるじゃない!」


「お前達が食べる豪華な食べ物は何で出来ているのか知っているのか?毎日何の疑問も持たずに使っている銀の皿や金で装飾のされた食器は何で出来ているのか知っているのか?全て人民の“血”で出来ているんだ!ケガをしたり病気になったりしても貧しくて医者にも行けず子供を死なせてしまっても、それでも働いて働いて稼いだわずかばかりのお金を取り上げて、お前達の、いや私たちの豪華な食事や贅沢品のために使ってるんだよ!私たちのこの体は、そんな人民の血と悲しみと怨念で出来上がってるんだ!それを、それを少しでもお前達は知っているのか!?知ろうとしたのか!?」


 お姉様達は何か恐ろしい魔物を見るような目で私を見ている。そんなお姉様達に対して私の心の奥底から怒りがわき上がってきた。何も知らない皇族の姫様達。無邪気に舞踏会やお茶会を楽しみにしていた少女達。こんな状況になってもお父様は名君で国民から敬愛されていると信じているバカ達。そうだ。この怒りは私自身に対するものだ。革命が起こるまで何も知らず国民は平穏に暮らしていて、自分たちは敬愛されているのだと信じて疑わなかったバカで間抜けな私に対する怒りだ。もっとちゃんと国民に向き合っていればあんな悲劇にはならなかったかもしれないという後悔だ。


「皇帝陛下、失礼致します」


 傍らのルスランがハンカチを取り出して私の頬を拭いてくれた。どうやら私はいつの間にか涙を流していたようだ。


「マリア・ニコラエヴィナ・ロマノヴァ。お前のことはこの皇帝アナスタシアに鉄拳を喰らわせた唯一の人物として歴史書に永遠に残してやろう。ルスラン、この者達を牢に入れておけ。後日裁判にかける」


次回更新は月曜日です。


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― 新着の感想 ―
知らなくて当然だろう。王宮という檻に隔離され、そんな教育されてないから現実なんて知らない。
蒼龍はここまで、史実のエントロピーをなるべく乱さない形で事が進むよう誘導してきてる感じがしますね。 共産趣味者と嘯いてますが、歴史上の大きな流れはトレースさせつつ、コントロール可能な(親日的な)代替ソ…
更新お疲れ様です。 ようやく、父親であるニコライ皇帝を捕らえ玉座に座ったアナスタシア皇帝陛下。 連行されてきた父親の言う事を聞きながら、これまでの話し合いだけでなく前世の事をも思い出しながらも、裁判…
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