鉄血女帝アナスタシア 第二十八話
「立て!国民よ!集え!私の下に!生きるための人民の戦いを神が見捨てることは無い!この過酷な凍える大地を生活の場としながら共に苦悩した同志諸君!私は約束しよう!このロシアの大地全てを豊穣の地に変えんことを!」
パチパチパチパチ
「だいぶ良くなりましたね。でも、もっと感情を表に出して両手を大きく広げてみましょう。国民に対する“愛”がさらに伝わるようになりますよ。いろんなパターンの演説をマスターしてくださいね」
今日も蒼龍の家で勉強会をしている。人心掌握術の仕上げとして、ぶちかまし演説の練習中だ。ミカン箱の上に立って拳を振り上げるのにも慣れてきたわ。それを聴いていたルスランは感涙にむせんでる。かわいい。
「ねぇ、蒼龍。あなたの家でこんな大声出してもいいの?」
日本の家って土壁だけど、襖や障子が多いから声がほとんど筒抜けなのよね。
「ロシア語だから誰にもわかりませんよ。それに、さすがに塀の外までは聞こえません。家人には学芸会の演劇の出し物の練習って伝えてますから大丈夫です」
演説中の拳の角度や表情や視線まで細かく指導してくる。参考にしているのはあの演説の大天才、ヒトラーとヒトラーの尻尾の人らしい。私は直接ヒトラーとの因縁は無いと言えば無いんだけど、それでも白ロシアやウクライナで虐殺をしたヤツのマネをするのってあんまり気分が良くないわね。それにヒトラーの尻尾ってだれだろう?
「アナスタシア、ロシアを掌握する為には清濁併せのむ覚悟が必要ですよ。ヒトラーやレーニンが独裁を実現したことには理由があるんです」
◇
大声で演説の練習をしてたら喉が痛くなってきちゃった。いったん休憩にして、蒼龍の入れてくれた紅茶と庭でとれた柿で作った干し柿を楽しむ。前世でも冬になったらよく食べてたんだけど、年をとって歯が無くなってからは食べてなかったのよね。そんな事思い出してたらホントにおばあさんみたい。実際中身はそうなんだけど。
「そういえば、アレクセイへの血漿輸液の事だけど、お父様から効果があったって手紙が来たわ。お母様は泣いて喜んでるって」
実施すれば効果があることはわかってたから、そこは良かったんだけど・・・・。
「どうしたんですか?アナスタシア。そんな浮かない顔をして」
「うーん、これでラスプーチンの信用を失墜させることができると思ってたんだけど、どうも私がロシアを発ってすぐに“公女殿下が日本に行かれることで、良い事と悪いことの両方が起きます”ってラスプーチンがお母様に言ってたみたいなのよね。だから血漿輸液の件も、ラスプーチンが予言した“良い事”だって思ってる見たい。それで悪いことが起こるかも知れないから十分に注意しろだって」
「占い師の常套手段ですね。“犯人は10代から20代、もしくは30代か40代、しかし50代以上の可能性もあります“ってやつですよ。あらゆる可能性を言っておけばどれかが的中するものですからね。一筋縄ではいきませんか」
「そうなのよ。これでレナ虐殺事件が発生したら、私が日本に行ったからあんな事件が起きたって思われそうで嫌だわ。そういえば、虐殺事件への対策ってどんな感じ?なんとかなりそう?」
もう年の瀬よ。あと三ヶ月くらいで虐殺事件が発生してしまうから、そろそろ動かないと間に合わなくなるんじゃ無いの?
蒼龍は持っていたティーカップをゆっくりとテーブルに置いて険しい顔をしているわ。珍しい表情ね。
「レナ虐殺事件の阻止ですが、なかなか難しいですね。正直良い案が浮かびません」
※レナ虐殺事件 1912年4月、ロシア北東部を流れるレナ川の周辺にある金鉱山で発生した。レンゾロトという英国系企業の鉱山労働者がストライキとデモを実施したところ、ロシア帝国政府が軍隊を派遣して銃撃し、150人から200人が死亡。このレンゾロトという企業の大株主に、ロシア皇太后マリア・ヒョードロヴィナやセルゲイ・ヴィッテ伯爵らが名を連ねていたため、皇帝であるニコライ二世が国軍の派遣を許可したとも言われている。
「金鉱の労働者は一日15時間以上の労働で酷使され、坑道に入る鉱夫の七割は事故で死亡するか後遺症の残る重傷を負っています。しかも賃金はレンゾロトが経営する商店でのみ使える現地通貨で支払われているんですよ。一応ルーブルでも支払われるようですが、それは帳簿の中だけです。ケガや死亡で途中退職の場合は罰金としてほとんど支給されません。ケガの治療も有料で法外な値段です。商店の商品も輸送にコストがかかるからって理由で市価の4倍の値段で売ってるんですよ。いったいどこのペリカですか?帝愛地下帝国も真っ青ですね。都市労働者の二倍の賃金で募集して連れてきて、結局1ルーブルも払わずに使い潰すんですよ。鉱山を出るときは死体か障害者になってからです。これでおとなしく働くと思う方がどうかしてますよね。しかもその金鉱の大株主が皇太后に伯爵ですか。もう20世紀ですよ。中世暗黒時代じゃあるまいし。こんな奴隷労働が許されていいわけないんです。しかも国軍が企業側に立って労働者を射殺するとか、こんな事をして革命が起きない方がおかしいですよね。あなたのお父さんはまともな判断が出来ないんですか?自分の死刑執行書を乱発しているようなものですよ。俺がもしロシアの鉱山労働者に転生してたら間違いなく人民を扇動して革命を起こしてますね」
むー、そんなに私を責めないでよ。蒼龍の言う事も解るけど、前世の10歳の私は何も知らなかったし、知ってても何も出来なかったわ。泣いちゃうわよ。ルスランもほっぺたを膨らませて怒ってるし。でも、今までのルスランならこんな事を言われたら激昂するのに、最近のルスランの怒り方ってちょっと可愛いのよね。もしかして蒼龍のこと好きになってるんじゃ無いの?




