鉄血女帝アナスタシア 第二十六話
ストルイピン首相が暗殺されてからしばらくして、お父様(ニコライ二世)から手紙が届いた。私の忠告を十分聞かなかったことを後悔していると言うことと、忠告してくれた事への感謝が記されていた。ストルイピン首相が銃撃されたとき、すぐ隣にお父様もいらっしゃって、お父様は私の忠告に従って周りを気にしていたんだって。それで自分だけ銃弾を避けることが出来て良かったってお礼を言われてもねぇ。はぁ。ちゃんとストルイピンにも注意を促してよ。でもこれで私の言うことを今以上に信じてくれるよね。
「アナスタシアがロシアに帰ってからはあまり連絡が取れなくなります。なので、あらかじめやるべき事をレクチャーしますね」
私は週末毎に蒼龍の家に行って、様々なレクチャーを受けるようになった。先ずは人心掌握術からだ。基本的に王宮には私の味方はルスランしかいない。10歳の幼女なので敵もいないんだけど。
「アナスタシアにはまず“セクト”を作ってもらいます。名称は“誇り高き貴族の勉強会”とでも名付けましょうか。お手本にするのはヒトラーとスターリンとナベツネです」
「なんだかヒトラーやスターリンが先生っていやな感じね。確かに権力を奪取する手腕は悪魔的にすごいんだろうけど。それと“ナベツネ”って誰?」
「ナベツネは日本の大新聞を長期にわたって牛耳ったフィクサーですよ。もともと共産主義者なんですけどね」
「そっちも共産主義者なの?やっぱり共産主義者には碌なヤツがいないのね」
「いかに狡猾かってことですよ。アナスタシアが権力を掌握するためです」
蒼龍はプレゼン資料を使いながら丁寧に説明してくれる。まずは若い貴族を集めて、いかに専制君主主義が素晴らしいかという勉強会を開くのね。そしてその専制君主にはすさまじく高い指導力と道徳心と慈愛と苛烈なまでの正義が求められると言うことを教えて、最終的に現皇帝のお父様にはその資質が無いという結論に自ら気付かせる。その中から私への忠誠心の高い者達だけを選抜して私の親衛隊を作っていけばいいと。
「オルグには出来るだけ多くの貴族の子弟を招いてください。そこでノブレス・オブリージュを徹底的にたたき込みます。貧しい平民を率いていくのは神から与えられた貴族だけの崇高な使命です。領民を飢えさせるのは神への裏切りであり貴族の恥だと教育してください。そして、ロシアの民を飢えさせている現皇帝に対する不信感を醸成します。その中から特にアナスタシアに対する忠誠心に篤い者だけを親衛隊にスカウトします。貴族にとって親衛隊にスカウトされることは非常に名誉なことだと噂になりますよ」
「オルグって何?それに親衛隊ってナチスみたいね。なんか変な方向に行ってない?大丈夫なの?」
「あ、オルグは勧誘とか勉強会とかの意味です。周りからは“姫様の軍隊ごっこ”くらいに思われているのがいいでしょう。みんなが警戒しないうちに力を付けます。親衛隊の名前は“帝国の加護・アナスタシア親衛隊”です。あくまで帝国のためという意識付けをして下さい。忠誠心はアナスタシア個人へ向かうように仕向けますが、それはロシア帝国国民の為だと思わせるのです。リーダーはもちろんルスランにしてもらいます」
まあルスランならしっかりとやってくれるわよね。ちょっとやり過ぎが心配だけど。
「親衛隊の制服も統一して、行動規範を徹底させます。制服は人々から畏怖と憧憬を集めるようなかっこいいのがいいですね。ヒューゴ・ボスを参考にして俺がデザインしますよ」
「ますますナチスっぽいけどいいの?ヒューゴ・ボスってナチスの制服をデザインした人でしょ?」
「よく知ってますね。さすがファッションにはお詳しい。かっこよければ良いんですよ。行動規範は徹底的に浸透させて下さい。複数人で歩くときには隊列を乱さないように歩くとか、平民に対して丁寧な言葉遣いを徹底するとか、悪事は絶対に許さないとかですね。あと、敬礼の仕方も統一しましょう。右手を斜め前にまっすぐ挙げるのが簡単で良いのですが、何かと問題になりそうなので別の敬礼を考えますね。ロシア陸軍の敬礼とは明確に区別できるようにして特別感を出します。週に何回かは街にでて奉仕活動をさせてください。サンクトペテルブルクの市民を味方に付けるんです。例え地方が反乱を起こしても、首都とコサックを掌握していれば持ちこたえることが出来ます」
※当時首都の治安維持と王宮の警護はコサック兵が担当していた。
確かにその通りね。ロシア革命の時は首都の市民達がまず暴動を起こして、それに軍隊が同調しちゃったのよね。暴動を起こしている市民を殺せってお父様が命令しちゃったせいで。首都の市民を味方に付けておくというのは絶対だわ。
「そして“敵”を作ることも忘れてはいけません」
「ん?敵?」
「敵です。脱税をする貴族や違法な高利貸しや悪徳商人を糾弾するんです。人民の敵としてね。ここ、十分に注意してください。“違法な”高利貸しですよ。この時代のヨーロッパでは金貸しの多くがユダヤ人なので、必要以上にユダヤ人にヘイトが向かないようにね。適法な金利の金貸しは人民の生活に貢献していると賞賛して、違法な高利貸しだけ攻撃してください」
「蒼龍、市民じゃ無くて“人民”って言ってるわよ。もしかしてあなた、隠れ共産主義者?」
「あ、市民です。ちょっと言い間違えただけです。俺は共産主義者じゃないですよ。言うなれば共産趣味者です。失礼なこと言わないでください。それと、悪を退治するのは皇帝の責務であることを強調してください。そして、現皇帝はその責務を果たせておらず、それを果たすことが出来るのはアナスタシアだとわからせるのです」
「そうやって人心を掌握するのね」
「そうです。そして親衛隊に集まってきた人たちをよく観察してください。本当に忠誠心で参加している者と、名誉欲や自己の利益の為に参加している者がいるはずです。基本的にはルスランと数人の本当に信頼できる側近を作って、それ以外は全部敵か潜在的な敵だと思ってください。絶対に信用してはいけません。そして、アナスタシアがロシアを掌握したときに、欲で参加している連中を総括します。そうすることによって、本当に忠誠心の高い者達は、さらに忠誠を誓うでしょう」
「総括?」
「粛清と言った方が良いですかね。ちょっと違いますが、まあ似たようなものです」
なんだかいろいろと恐ろしい計画を聞いたような気がするわ。親衛隊に秘密警察、密告の奨励に粛清かぁ。前世で蒼龍が真っ向から否定した事ばかりだけど、短期間で権力を掌握するためには必要な事なのよね。ルスランは最初こそちょっと引き気味だったけど“アナスタシアを守れるのはルスランしかいないんだ。ロシアを平和な国にするまで情も涙も捨ててくれ。非情に徹してアナスタシアを守って欲しい”なんて蒼龍に肩を叩かれて喜色満面になってたわね。蒼龍って天性の人ったらしだわ。恐ろしい子。




