第二四二話 大元帥アナスタシア(2)
1939年9月13日午前3時 開戦から3時間後
闇夜に飛び立っていった攻撃ヘリは、ニコラエフスクのソ連軍を次々に襲撃していく。発電設備は既に艦砲射撃によって破壊しているので、地上は火災の炎以外の明かりはない。そんな中でも、ロシア軍攻撃ヘリはソ連兵を見つけ、正確に処理していった。
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「何なんだ!あれは!」
燃え上がる兵舎の炎に照らされて、低空を飛び回るオートジャイロの姿が見える。突然艦砲射撃に晒されたソ連軍陣地の兵士達は、命令系統も完全に破壊され、何をどうすれば良いかわからず右往左往していた。その辺りには、まだ燃えている戦友の死体が転がっている。服に火が付き、熱さにもだえ苦しんで死んでしまった戦友だ。自分たちが逃げることで精一杯で、ほとんど助けることが出来なかった。そんな混乱の中でも、上空を飛んでいるあのオートジャイロからの強烈な殺意を感じることが出来た。あれは、間違いなく敵だ。それも、とんでもない殺意を我々に向けてきている。
ソ連兵達は持っていたモシン・ナガン銃をオートジャイロに向けて撃ち始める。しかし、小銃弾など九八式攻撃ヘリにとって蚊に刺されたほどにしか感じない。反撃を開始したソ連兵達も、皆20mmガトリング砲によって粉々にされていったのだ。
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「ソ連軍陣地はあらかた片付けた!上陸を開始だ!」
参謀の指導の下、アナスタシアは全軍に号令を発する。そして、川岸に接岸した強襲揚陸艦より戦車や装甲車、そして歩兵達が次々に上陸を始めた。朝までに、ニコラエフスクと航空基地を占領するのだ。
上陸を果たしたロシア軍の行動は速かった。歩兵の多くは暗視ゴーグルを装備しているので、真っ暗闇でも敵兵や車両を発見することができる。戦車や装甲車も、赤外線投射器と暗視装置を装備しているので、真っ暗闇でも昼間のように進軍が可能だった。
ニコラエフスクに駐屯していた5,000名のソ連軍部隊は、ほとんど組織的な抵抗も出来ず、夜明けまでにその多くが戦死をするという酷い有様だった。
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1939年9月13日午前10時
ニコラエフスク市街での戦闘はほぼ終了した。西の方角に逃走した一部ソ連軍部隊と交戦は続いているようだが、それも時間の問題だろう。
市街を制圧したロシア軍がまず行ったことは、市民への食料の配布と“アカ狩り”だ。水と食料を十分に配給し、民心を落ち着かせ、そして市民に紛れている共産党の人間を摘発していく。
共産党員を放っておくのは危険だ。連中は、どんな場所でも増殖し“セクト”を作って地下活動を始める。共産党員を一人見つけたら、その後ろに30人の共産党員が潜んでいるとみて間違いない。
摘発し、逮捕した共産党員達はサハリンに送られ、再教育を受けるのだ。
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ニコラエフスクの市街の少し北側、小高い丘の上にルバノフは眠っていた。高さ1mくらいの岩の近くに埋葬されている。20年経ったその場所は、誰も訪れる者はおらず、雑草が生い茂っていた。
近衛兵達が草をかき分け、その後をアナスタシア皇帝と有馬勝巳が続く。
元ロシア皇帝ニコライ二世の侍従として18年にわたって忠誠を捧げ、ニコライ二世亡き後は、その忘れ形見であるアナスタシアを守って、エカテリンブルグからこのニコラエフスクまで5,000kmに及ぶ旅をした忠臣だ。そして、アナスタシアの盾となり赤軍の銃弾に斃れてしまった。
アナスタシアと有馬の二人はルバノフが眠る岩の前に跪き、ロシア正教式の祈りを捧げた。
“ありがとうルバノフ。あなたが、ニコラエフスクまで私を守ってくれたから、こうしてこの地をもう一度踏むことが出来たわ。必ずロシア国民を救います”
そして、アナスタシアにはもう一カ所、どうしても奪還しなければならない場所があった。それは、エカテリンブルグ郊外のルスランが眠る林だった。
こうして開戦から3ヶ月程度で、イルクーツク以東のシベリアの“解放”が完了した。
第二四二話を読んで頂いてありがとうございます。
ルバノフよ、安らかに眠れ。
土日は休載です。
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