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第50話 ~告~


ジョシュア皇子は急遽記録係を手配し、そのまま屋敷でアーシャの取り調べを始めた。



「私はサレジア国のルイス・バロン皇太子殿下を、黒魔術で操りお命を奪った重罪人です。皇帝陛下の恩情により国外追放処分で済んだにも関わらず、このヘイル国でも父と手を結び悪事を働きました。


ミュゼット皇女殿下に取り入り高額な治療費を頂いたことに味を占めた私は、楽に遊んで暮らせる方法はないかと考えました。

そこで目を付けたのがこの国に溢れている幼い少女達です。


私はマリウス院長の元で医師として働いていた裏で、孤児院で引き取ると少女達を騙しては父の娼館へ送り、父から金を受け取っていました。

ダダで手に入れた少女で幾ら稼いだことか……こんなに楽な商売はありませんでした。


マリウス院長と結婚すれば、ずっと孤児院を利用して少女の売買を続けられると思ったのですが……

残念なことに、彼は全く私の色仕掛に乗ってこなかったので」


アーシャは自虐的な笑みを浮かべる。


「いい加減この国での身分も欲しかったので、売買からは足を洗い、弟のランドルフ様と身を固めることにしたのです。贅沢もさせてもらえましたし……短かったけれど、平穏な毎日でしたわ」


「では、何故今になって自白しようとしたのだ?」


「父が良心の呵責からか、最近ノイローゼ気味だったのです。今にも自白してしまいそうでしたので、いっそ始末しようかとも考えたのですが……やはり血の繋がった父をこの手で殺めることは出来ませんでした。

そこで、マリウス院長に罪を着せることにしたのです。うっかり私の名を出さない様に、催眠魔術で多少父を操ってね。……あら、これも黒魔術と言った方がいいかしら」

くすくす笑いながら話を続けるアーシャ。


「でも、公共事業の認定を受けた先生が処分されたら、結局弟のランドルフ様の身分まで危うくなってしまうでしょう?私ったらついうっかりして、そこまで気が回りませんでした。

金も身分もなくした夫と生きていくなんて……もう、人生詰んでしまいました。何だか疲れてしまいましたし、悪事を働いた報いですから、潔く受け止めます」


「……そうか」


ジョシュア皇子はアーシャの瞳を慎重に探ると、鋭い声で言った。


「先日、マリウス院長の元から売買の証拠が見つかった。それは何だ?貴女が犯人だったら分かるだろう」


証拠……ランドルフ様は証拠としか言っていなかった。

一体何だろう。先生に罪を着せるのに一番確かな物は……もし自分が捏造するなら……


「売買の記録簿です」


「……何処に隠していたのだ?」

頼む、答えないでくれと願いつつ、ジョシュア皇子は問う。


何処……

普通に考えるなら、先生のお部屋か診察室。

でもそれだと部外者でも簡単に仕込めてしまう。

もし私なら、限られた人間しか入れない場所にする。それは……

「薬草庫です。いつかバレた時に先生に罪を着せる為、病院を去る時に予め仕込んで行きましたから」


皇子はがくりと肩を落とした。

まるでシナリオの様なストーリー。彼女は明らかに嘘を吐いている。

だが、何故か犯人しか知り得ない証拠と隠し場所を答えてしまった。


おまけに自白者のあの男と、血の繋がった親子であると言う。人相が違う為全く気付かなかったが……あの鳶色の瞳、彼女に似ていたのか。


サレジア国で黒魔術を使ったという犯罪歴が、もし事実だとしたら……

圧倒的に彼女は不利になる。



「……殿下、マリウス先生もランドルフ様も、何もご存知ではありません。お優しい方達なので……私がいくら罪人だと言っても信じて下さらないでしょう。もしかしたら御自身で罪を被ってしまおうとなさるかもしれません。ですからどうぞお二人には、私のことは伏せたまま、こっそり処分して下さい」


処分……改めて言われ、皇子はゾクリとする。

もし彼女が罪人として裁かれれば、過去の犯罪歴からも死刑は免れないだろう。


「父と一緒に、私を速やかに葬って下さい。そして……どうか先生とランドルフ様をお守り下さい」



その時、屋敷の何処からか響いたカトリーヌ皇女の笑い声に、ふわっと目を細めたアーシャ。


こんな……こんな顔をする人間が、少女を売ったりなどするものか。

人を故意に殺めようとするものか。


ジョシュア皇子は拳を握り震え出した。

彼女が庇っているのは恐らく──






予定より大分早く屋敷に戻ることが出来た。


ランドルフは真っ直ぐ寝室へ向かうと、兵へ問う。

「変わりは?」

「はい……今朝奥様と医師が来られ診察を受けられましたが、特に問題はなかった様です」

次の瞬間、ランドルフの目の色が変わった。兵の胸ぐらを掴むと、恐ろしい形相で問いただす。


「……誰が中へ入れていいと言った?」

あまりの恐ろしさに言葉を失う兵を、思いきり床に叩きつけ、ランドルフはドアをバンと開いた。


その先にあったものは……

乱れた空のベッドと、背筋を伸ばして自分を見据えるイライザだった。


「何故お前が此処にいる……アーシャを何処へやった!!!」

烈火のごとく怒鳴るランドルフに、イライザは冷静に返す。

「アーシャ様が此処から逃げたいと仰ったので、お手伝いして差し上げただけです。行き先は存じません」

「……ふざけるな」


冷気を纏わせながらイライザへ近付くランドルフ。

「……私を殺しますか?どうぞご自由に。但し、もし今日私が死んだら、貴方に殺されたのだと実家の父には話してあります。きっと父は、全力で貴方とハミルトンの家門を潰しにかかるでしょう」

「お前……俺を脅しているつもりか?」

「脅しではなく事実を申したまでです。この結婚に我が実家の権力をお望みになったのは、他ならぬ貴方でございましょう?私は元々諸刃の剣なのですよ」

そう言いながら、一枚の紙をテーブルに置いた。


「……離縁届です。後は貴方の署名のみですから。ドロシーも私が引き取りますので、正式にハミルトン家から手離して下さい。こちらはその書類です」

「ドロシーはハミルトン家の子供だ。お前には渡さない」

「今まで父親らしいことを何一つして下さらなかったのに、所有欲だけは強いんですね」

「何!?」

「……では、どちらか選んで下さい。今からアーシャ様を探しに行かれるか、ドロシーの元へ行き誕生日を祝うか」

「誕生日?」

「ええ。今日で1歳です。お忘れだった様ですね」


ランドルフは髪をくしゃりと掻き上げると、乱暴に椅子に座りペンを取った。

そして、さらさらと二枚の紙へ記入をしていく。


マリウスが処罰されば、どのみちハミルトン家も終わりなのだ。ならばドロシーも早めに手放してやった方がいいだろう。


「執事に話しておくから、印は後で受け取れ」

早々に腰を浮かして部屋を出ようとするランドルフに向かい、イライザは頭を下げる。

「三年間、お世話になりました」


ランドルフは立ち止まり、少し何かを考えた後、口を開いた。

「……養育費と手切れ金は」

「いえ」


それ以上聞きたくない。イライザは話を遮った。

「ドロシーを下されば、私はそれで充分です」


ランドルフは最後にもう一度妻の顔を凝視する。子供と共に別れを告げられたというのに、やはり何の感情も湧かない。今自分の胸を占めるのは、狂おしい程にアーシャただ一人だった。



ドアが完全に閉まると、イライザはその場にペタリと座り込む。


ドロシーの誕生日は明日なのに……あの人、それにも気付かなかったわ。


哀しく笑うイライザの頬には、涙が一筋伝っていた。






今はむやみに動かない方がいいに決まっている。ましてやマリウスの元へなど……


だがアーシャが行くとしたら、そこしか思い付かなかった。


マリエンヌ病院に着いた頃には、もう夜の9時を回ろうとしていた。関係者はまだ軟禁中の為、敷地を囲む様に皇室の兵が見張っている。


「御用ですか?」

「ランドルフ・ハミルトンだ。妻を探している。夫の許可無しに朝から出掛け、帰って来ない」

妻が夫の許可、または同伴なしに、実家以外の場所へ24時間以上滞在することは禁止。

この国の当然の法律である為、ランドルフは堂々と言った。


「本日こちらへ女性は来ておりません。現在皇室の命により、誰も中へお通しすることは出来ませんので、どうぞお引き取り下さい」


まさか軟禁中の身でアーシャをかくまうことも出来ないだろうが……

辺りを見回していると、思わぬ人物に声を掛けられた。


「……ランドルフ」

「ジュシュア殿下……お久しぶりです」

「こんな遅くに何か用か」

「妻……アーシャを探しているのです。行き先も告げず出て行ったきりですので、連れ戻しませんと」

「そうか……それは心配だな。だが此処には来ていない」


「何故皇室が?まさか、兄上の身に何かあったのですか?」

ランドルフは態と何も知らない体で尋ねる。

いつかの為に、手駒として育てておいたあの娼館の少女。新しい証人として放ったが……まだ特に進展はない様だな。


「……調査中の為、何も答えられない」

ランドルフの探る様な目と、やけに落ち着き払ったその様子に、皇子は確信する。

……揺さぶってみるか。


「本当は極秘だが……元友人のよしみで、良いことを教えてやろう。調査に支障のない範囲でな」

皇子の思わぬ申し出に、ランドルフは警戒しながらも、耳を傾ける。

「マリウス院長は、現在ある事件に関わったとして軟禁されている。だが今日、自分が犯人だと……院長に罪を着せたと、名乗り出た者が居た。だから間もなく院長は釈放されるだろう」

「……え?」

平静を装うも、内心は激しく動揺するランドルフ。


一体誰が名乗り出……まさか……

背中に冷たい汗が流れる。


「その者は……女だ。もしかしたらお前も、よく知っているかもしれないな」


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