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第49話 ~幸~


自分は本当に魔女かもしれない。いや……疫病神と言った方が相応しいだろうか。


ヘイル国に来なければ、神殿で治療をしなければ、ミュゼット皇女に……そして先生に会わなければ。

マリエンヌ病院に行かなければ、父に再会しなければ、ランドルフ様と結婚しなければ……


私は一体何の為に生まれてきたのだろう。

医術で人を救った以上に、人を不幸にしている気がする。


折角治したミュゼットやルカの目に映るものが、先生が無実の罪で捕らえられる姿だとしたら?

私は何の為に治療をしたの?


キヤも、トーマも、テレサも……

先生を失えば、病院と孤児院の皆が哀しみ不幸になる。


ランドルフ様も同じだ。彼を失えば、他の夫人達も、そしてドロシー嬢も不幸に。


……後悔しても仕方がない。

自分が壊したものは、自分で修復しなくては。



まず、此処から逃げるにはどうしたらいいだろう。


アーシャは恨めしげに手枷を見る。


侍女に手枷を外された瞬間に、窓から飛び降りてみようか。それともいっそ手首を切り落としてしまおうか。

駄目だわ……どちらも今の体力では、庭で力尽きてしまう。早くしなくてはと焦るばかりで、何も脱出策は浮かばない。そんなある日のことだった。


「……アーシャ様、アーシャ様、イライザです」


これは天の助けだろうか……


奥様の服に着替え、医師の治療を受けると、何とか普通に歩ける程には回復した。

あとはどうやって見張りの兵をかわすか。


「……やってみます」

自分の顔へ向かい赤い光を放つ。身体が弱っている為頭がズキズキと痛むも、神経を集中させていく。

やがて力尽き、ダラリと手を下ろした。

「いかがでしょうか……奥様に見えますか?」


初めて目の前で催眠魔術というものを見たイライザと女医は、あっと息を飲む。

目の前には身長以外、どこからどう見てもイライザにしか見えない女がもう一人現れたからだ。

「すごいわ……鏡を見ているみたい」

「魔力が足りないので、数分しかもたないかもしれませんが」

「では早く、医師と一緒に此処を出て。実家の馬車を表に用意してありますから」

「奥様は……」


自分を逃がしたことがバレたら、どんな目にあわされるか。


アーシャの表情で全てを察したイライザは力強く言った。

「大丈夫。私はこの部屋であの人の帰りを待ちます。侍女も医師も実家で保護するから、心配しないで」


アーシャは深く頭を下げると、背筋を伸ばしドアを開けた。

イライザはそれを祈る様に見送りながら、耳をそばだてる。何の騒ぎも起こらないことに安堵すると、服の間から一枚の紙を取り出した。


そうよ……大丈夫。あの人に向き合う時が、少し早くなっただけ。




何とか兵に不審に思われることなく、女医と馬車へ乗り込むことが出来た。

後は門をくぐれば外へ出られるが……

ズキリ

頭痛と動悸が激しくなる。もう魔力がもたないかもしれない。

もう少し……もう少しだけ……


広い敷地内を抜け、門に差し掛かる。兵が車内を確認し、門を出た瞬間──

アーシャは元の姿へ戻った。


はあはあと息を切らせる細い背中を、女医は懸命に撫でる。

「アーシャ様、成功しました!よく耐えられましたね」

診察鞄から水筒を出し、アーシャの口元へ運ぶ。

「栄養価の高いジュースが入っております。さあ」


息が整うと、女医はアーシャに尋ねる。

「これからどちらへ向かわれるのですか?」

「……知り合いの屋敷へ向かいます。先生は?」

「私は安全の為に、奥様のお屋敷で暫くお世話になります」

「そうですか……ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「いいえ。奥様と計画を練っている時からもうドキドキして……51年間の人生で、一番の冒険でした」

悪戯っぽく笑う女医に、アーシャも微笑んだ。


「アーシャ様」

女医はふと真剣な顔で手を取る。

「私の魔力はごく普通で……ありふれた平凡な医師です。アーシャ様の様に強力な魔力をお持ちの方は、私などには計り知れない苦悩をお持ちでしょう。ですが、きっとそれは神様からの贈り物です。どうか、まずはご自身を大切に……愛して差し上げて下さい。そうでなければ、贈り物を上手に人へ分け与えることは出来ません」


自分を……愛する?

その言葉に心が震え、温かくなっていく。

そんなこと……そんなこと、出来る訳がないのに。


いつの間にか涙が伝うアーシャの頬を、女医は優しく拭った。

「大丈夫、大丈夫です。いつかきっと、愛せます。周りの人が貴女を愛する様に」



分かれ道まで来ると、女医は貸馬車を一台手配し、アーシャへ包みを渡す。


「奥様からアーシャ様へとお預かりした荷物です。どうぞお持ちになり、ここから先は目立たない貸馬車へお乗り換え下さい」

「ありがとうございます。……本当に、ありがとうございました」

頭を下げるアーシャに、女医は今自分が持てる全ての魔力を送った。

アーシャの身体に、再び血がみなぎっていく。


「アーシャ様、どうか、お幸せに」




一人になった貸馬車で、アーシャは包みを開ける。

中にはバナナや柔らかいパンなどの食料と、ゆうにひと月は暮らせそうな額の現金が入っていた。


イライザ様……


アーシャはバナナの皮を剥くと、パクリと口に頬張る。


生きよう。生きなければ。

体力を付けて、最後まで立ち向かおう。

先生とランドルフ様を守る為に。



『だから君も、もう僕のことは忘れて、幸せになってよ』

『お幸せに』



私の幸せは……






……まるで狙った様なタイミングだな。

ジョシュア皇子は頭を抱える。


突如現れた、ニーナという少女の新たな証言。

マリウス院長に孤児院で引き取ると騙され、そのまま無理やり娼館で客を取らされたと。


必死で裏を探っているが、何も手掛かりが掴めず。

このままでは、院長に厳しい尋問をせざるを得なくなってしまう。

ため息を吐いたその時だった。


「殿下、アーシャ・ミラー医師がお見えです」

「……アーシャ先生が?」


カトリーヌの検診はまだ数ヶ月先だ。

礼儀を重んじる彼女が、約束もなしに突然訪れるなんて……何かあったのだろうか。



広間にはアーシャが、いつもの診察鞄ではなく、小さな包みだけを手に立っていた。

しゃんとしてはいるものの、無造作に下ろした髪にやつれた顔。丈の合わないドレスという違和感のある姿で。


「アーシャ先生」

「殿下」

丁寧に礼をするアーシャに駆け寄る。

「突然どうしたのだ?何か急用か?」

「お忙しい所申し訳ありません。……何か困ったことがあればいつでもと、以前仰って頂いたので。甘えてこちらへ伺ってしまいました」

そう言いながらにこりと笑ったかと思うと、アーシャは突如跪き、床にひれ伏した。


何事かと目を見張る皇子に、アーシャは清々しい口調で言う。


「……殿下、直ちに私を取り調べて下さい。少女達を孤児院から父の娼館へ流していたのは、マリウス先生ではなく、この私です」


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