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第47話 ~獣~


何をどうしたらここまで……


細い手首をぐるっと囲む痛々しい傷に、女医はランドルフの顔を盗み見た。

手枷で付いた傷だと淡々と話すその異様さにゾッとする。


女医は昏々(こんこん)と眠るアーシャの左手首から手を下ろした。

「……私の魔力ではここまでが限界です。後は塗り薬で処置致します」

まだ赤みの残る手首に薬を塗り、包帯を巻いていく。


……本当は全て魔力で消すことも可能だった。だがあえて残したのは、再び彼女が手枷を嵌められない様にと願ったからだ。

以前彼女が流産し死にかけた時、あれだけ取り乱していた侯爵。よもやこの包帯の上から、手枷を嵌めることなどないと信じたい。



「終わりました。お風呂の後は薬を塗り、新しい包帯に換えて下さい」

器具を片付ける女医に向かい、ランドルフは低い声で尋ねた。

「……お前は催眠魔術を使えるか?」

「催眠……魔術ですか?」

「顔を変えて見せたり、人の心を操ったり」

「それは……とても高度な魔術ですので、私には出来ません。それに顔はともかく、人の心を操るのはもはや黒魔術の領域に入ります」

「アーシャ程の魔力なら可能か?」

「……魔力を使われる所を実際に見たことはありませんが、脳腫瘍を治療されたというお話から考えるに、恐らく可能であるかと」


ランドルフはアーシャの白い顔をチラリと見る。

「これは本当の顔か?」

「……え?」

「魔術で顔を変えているんじゃないのか」


女医の胸に何やらピリッとしたものが込み上げ、器具をガチャリと置いた。

「恐れながら、魔術というものは……魔力というものは、心身共に健康であってこそ正常に働くのです。アーシャ様の魔力がどれ程高くても、この様に弱りきった状態で高度な催眠魔術など使える訳がございません」


医師はいつも自分の心身を削って人を治す。同じ医師として、また女性として尊厳を踏みにじられた気持ちになり、つい強い物言いになってしまった。

だがランドルフはそれを気に止める様子もなく、ぽつりと呟く。

「……本当の顔か」


そして続けて問われる。

「では……俺の顔は?お前の目にはどう映る?」


……質問の意図が分からない。

女医が考えあぐねていると、ランドルフは更に畳み掛ける。

「醜い顔をしているか?」


やはり分からない……

虚ろな目で妻を見つめる侯爵。女医はごくりと唾を飲むと、口を開いた。

「……侯爵様はご立派な方でいらっしゃいます」

「立派……妻を監禁する男が立派か」

くくっと笑うその顔は、みるみる黒ずんでいく。女医は勇気を奮い立たせた。

「……はい。アーシャ様を大切に想っていらっしゃいます。ですが、アーシャ様はこのままでは足腰の筋力が弱って歩けなくなってしまいます。どうか、適度な運動を」


「お前……女医の分際で、誰に向かって意見している」

完全に変わったランドルフの顔つきに、女医の身体が震え出す。


「……歩けなくなる?ああ、いっそ早く歩けなくなればいい。そうすれば一生、アーシャは俺から逃げられないだろう」



まだ震えが治まらぬ身体をさすり、女医は逃げる様に部屋を出た。

外で待機していた侍女から、すがる様な視線を送られるも、なす術なしと言った風に力なく首を振った。






夕陽に照らされるアーシャの寝顔を、ランドルフは見下ろし続ける。


──お前が醜い魔女なら、俺は野蛮なけだものかもしれない。


「……ご主人様、お約束されていた靴職人が裏に来ております」

「執務室に通せ」


もう、後戻りは出来ない。


手首の包帯に唇を落とし、布団の中にしまうと、ランドルフは鋭い目で部屋を後にした。




仮縫いされた靴に足を入れ、軽く確かめた後、脱いで職人へ返す。

「問題なければ、このまま仕立てさせて頂きます」

「ああ、構わない。……出来るだけ急いで仕立てろ」

「……畏まりました。では、失礼致します」


一人になった執務室で、ランドルフは手の中の小さな紙切れを開く。



『病院に家宅捜索入る。証拠が見つかり、マリウス院長ら関係者は軟禁中』



……計画通り。上手くいっている様だな。

次の指示も靴に仕込んだが……相手はあのジョシュア皇子だ。ボロが出る前に、迅速に動かなくては。


ランドルフは暖炉の炎に紙を投げ入れた。







「……もう一度聞く。お前は何処から少女を買った」

「マリウス院長から買いました。孤児院に入れる予定の少女をこちらへ流してもらっていたんです」

「以前違法な娼館が一斉に摘発された時、お前の店からは何も出て来なかった。何故だ?」

「マリウス院長が証拠を隠滅してくれたんです」


何度聞いても同じ答え。ジョシュア皇子はため息を吐く。


一週間前に突然、自分の屋敷へやって来て、衛兵に捕らわれたこの男。

罪の意識に耐えきれなくなった、マリウス院長と共に罰して欲しいと言われ、問いただした所出てきたのは先程と同様の証言。


……権力を手にする為に、懐に入り込む為に、これまで様々な人間と接し、その奥を読む術を身に付けてきた。

そんな自分が判断する限り──


この男は嘘を吐いている。間違いないだろう。そして恐らく堅気の人間ではない。だが男の目は何処か朦朧としていて、時折ビクッと物音に怯えたりもする。誰かに脅され、洗脳状態に近いかもしれない。

……院長を救う為にも、裏で動いている者を突き止めなければ。


それにしても……この男の顔、何処かで見たことがある。

会ったことはないと思うが気になるな。


ジョシュア皇子は男の鳶色とびいろの目を見つめながら、必死に頭を動かした。


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