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プロローグ ~醜い娘~


ヘイル国辺境の寂れた古い神殿。

此処にはどんな貧しい者にも無料で治療を施す女が居ると噂になっていた。治療を受け帰った者は、皆口を揃えて言う。腕は良いが、見るに耐えない程醜い女だったと。

どんな風に?

男の様に短いのに、前髪は目まで覆う程長い、茶色いボサボサの髪。

他には?

不思議なことに、他の特徴は何一つとして思い出せない。

誰も、何も。ただ醜いということだけ……



「エラ、そろそろ食事にしましょう」

「はい。薬草を補充したら参ります」


フードを被り庭へ出る娘の後ろ姿を見つめながら、神官は心で呟く。

可哀想な娘。あんなに優れた魔力を持っているのに……

半年前に突然此処にやって来て、暫く置いて欲しいと頭を下げられた。事情を聞くも何も語らず、ただ神の元で働きたいとだけ。病気の治癒を祈りに来た貧民を、回復魔力で治療したことが広まり、次から次へと彼女の医術を求め人が訪れる様になった。


深い事情は知らないが、きっとあの醜い容姿が彼女をこんな所に追いやったのだろう。

茶色く短いボサボサの髪……

あとは?具体的な容姿が何も浮かばない。神官は首を傾げるも、とにかく醜いということで自分を納得させた。



オオバコ、ドクダミ、カモミール。

薬草を摘んでは篭に入れていく。

凍てつく風にぶるっと身震いし、娘はフードを掻き合わせる。サレジア国とは全然違う、一年中冷たい北の国。

あの日、貴方にあてられた氷の刃……首をそっとなぞる。

死ぬことを許されぬのが罰だとしたら、あの冷たさを感じる此の場所でただただ生きていきたい。



「……エラ、貴女が此処に来て半年ね。最近は身分の高い方も治療に来られるから、とても助かっているのよ」

裕福な商人や貴族は、治療の対価にと金銭や神への供え物を置いていく為、今まで手付かずだった神殿の修繕費にあてることが出来ていた。

「屋根も直ったし……これで神様が寒い思いをなさらなくて済むわ。どうもありがとう」

「いえ……たまたま魔力があっただけです。縁もゆかりもない私を、こちらへ置いて下さっていることに感謝しかございません」

「ねえ、エラ」

神官は娘の手を握る。

「貴女はこんな所に居ては勿体ない人よ。貴女の魔力は医師として……いいえ、皇族の専属医にもなれる程だもの。きちんと医師免許を取り、一人立ちしたらどう?」


皇族の専属医。


その言葉に娘の顔が歪む。


「私は……何も要りません。ただ、ひっそりと生きて行ければ良いのです。回復魔力がその足枷になるのなら、もう二度と使わないつもりです」

何かに怒る様に言う。

「エラ……」


一生封印しようとしていた魔力。母親の病気の治癒を願う少年の為、思わず使ってしまった。少年を幼い頃の自分に重ねたのか、医師としての本能が残っていたのか……今となっては深く後悔していた。



翌日、いつも通り診療を終えると、娘は丘の上に薬草を摘みに出た。

蹄の音が聞こえそちらへ顔を向けると、一台の馬車が神殿に入って行くのが見えた。馬車にはヘイル国皇室の紋章。

嫌な予感がする。

暫く経ち、馬車が神殿から出て行くのを確認すると、娘は丘を降りた。



「ああ、エラ。大変なことになったわ」

神官が落ち着かない様子で娘の肩に触れる。

「皇室からのお客様だったのですか?」

「ええ。第8皇女様の御目の治療を貴女に頼みたいと……」

やはり。娘は目を瞑る。

「それは皇室命令ですね?」

「……ええ」

万一断れば、自分を受け入れてくれた、この親切な神官に危害が及ぶことになるだろう。

「分かりました……お受け致します」

「……ありがとう、エラ。明日の朝、早速迎えの馬車が来るそうよ」



娘は神殿を出て再び丘へ上がると、フードを外した。

夜風であおられた前髪の下から出てきたのは、切れ長の鳶色とびいろの瞳。すっと高く形の良い鼻。薄く口角のしまった知的な唇。白い肌に薔薇色の頬。全体的に彫りが深く、美人画に描かれる様な華やかな顔立ちだ。

醜女とは正反対の美しい顔に再びフードを被ると、覚悟を決めたように、赤い光が浮かぶ手を見つめた。



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