98 コンプレックス
ベガス新区域の東海のマンション。
「ロディアさん、起きた?」
「んん?」
ロディアが目を覚ますと、既に朝食を用意していたサルガスがベッドまで戻って来てこめかみに手を当てると、頬に軽くキスをする。
「おはよ。」
「……おはようございます…。」
自分の横に誰かがいるのがまだ慣れないロディア。キスされた頬に思わず手を当てて、しばらく固まる。
そして、ゆっくり起き上がった。
すると、ベッドの端に座ったサルガスが、ニコッと笑って抱きしめ、ゆっくり唇にもキスをした。
「…ぅ。」
同居してからずっとそうだが、やはり慣れない。慣れないと言うかロディアはもう30代。
加齢で朝は口臭とかしないか気になるのだ。同居2日目に、だからやめてと率直に言ったら笑われる。全然しないから大丈夫だよと。自分の男臭さの方が気になると言っていた。端から見るとそこまで歳の差があるわけではないのに、パイや陽烏などいい香りがしそうな若い子ばかり周りにいたので、自分が凄く年増に見えるのだ。そんなおっさんな自分の発想も恥ずかしい。
「すみません…。ネットで歳の差結婚の問題とか調べて…。」
要らぬ心配をしていたのである。
「そんなこと?言われないと掃除もしないし、すっごい鬱陶しい奴らとこの前まで暮らしてたし、あいつらの方が臭いし、細かいこと気にしなくていいよ。それに、そこまで歳離れてないし。」
サルガスが不意打ちで、背中を支えて押し倒すように熱いキスをしてきた。
「う、う、うぅ…!」
真っ赤になって暴れてバシバシとサルガスの頭や肩を叩く。
「やめて!」
「ははは、ごめんっ。」
笑われてまた抱きしめられる。
サルガスは人との距離が全く気にならないようだが、物心ついた頃からの親戚以外は近い友人もなく人と距離があったロディアは、最初の1週間は全然落ち着かなかった。
…ただ、他人の、しかも男性のいる生活の勝手が分からなかったというだけで、戸惑うこともあるがサルガスと一緒にいること自体は気持ちが楽だ。
「ロディアさん、午後倉鍵まで一人で大丈夫?」
「うん。タクシーで行くし。」
「ごめんね、一緒に行けなくて。」
「大丈夫です。」
ロディアは遂に決意したのだ。足の手術をしニューロス化すると。
博士やコーディネーターと何度か話をし、曲がっている右足は切除が決まっている。形が比較的残っている矯正した足はバランスを見て結論を出す予定だ。
そのために、腰だけでなく股関節や膝、足首もずっとリハビリを続け、筋肉を付けるようにしている。
「なんかあったら電話して。朝食、サラダあるから。」
「はい………」
ギュッと抱きしめられ、サルガスは出勤する。まだ朝の6時。
寝室からサルガスを見送って、一人ベッドの上でニンマリしてしまう。まさか自分が結婚したとは。
「………信じられない…。」
まだ数か月前でさえ想像もしていなかった。男友達どころか女友達もいなかったのに。昔から使っている大きな枕に抱き着いて、気持ちのほてりが落ち着くのを待った。
そして、チェストの上の母の写真を見る。
「お母さん…。不思議だね。私、結婚したんだよ。やさしい人だよ…。」
そして、あの時から止まっていた母との時間が動き出す。
『ロディアの足は大事な体の一部でお母さんも大好きだよ。』
母の優しい言葉が反復する。このベッドで毎日何度も撫でて、もうすぐさようならをする足。
でも大丈夫。
もう真っ直ぐ歩けるから。今ならきっと、曲がった足でも。
***
「なあ、俺らとあいつらの違いはなんだと思う?」
チコと婚活おじさんのせいで、結婚ブームになってしまったベガスは、神様の無慈悲な初期設定について議論を行っている。
夕方、寮のラウンジに集まった妄想チーム。まだ彼女がいたことのない男子が集まっている。
「デフォルトで女性を包み込める能力が備わっている男と、女性と話すのはおろか接近さえ機会がない俺たち………。この初期装備の違い…!!!」
みんな頭を悩ませる。
「何が違うんだ!!」
「そもそも、あいつらと俺らを比べること自体間違っていないか?なんだかんだ言ってもABチームは大房で有名人が結構いるぞ。ベースが、土台が違う!」
大房はストリートスポーツの聖地。奴らはアスリートクラスなのだ。
「だから、それはなんでだっつーの?!!」
あんなあからさまな婚活おじさんオバさんがいても、勇気を出して結婚したいです!せめて彼女がほしいです!と言い出せない男たち。声を掛けられないからなんとなく範疇外なのかな?と大人しくなってしまう。
「誰か紹介してって言えばいいのに。」
サラッと言う既婚者ジェイに、ムカつく一同。
「お前が言うな!」
「あの婚活2人組の間に入ればいいだけだろ?」
「その一歩が踏み出せないんだ!!」
「しかも今チコさんはいない…。この状況で婚活おじさんに流れたら後で番長に殺されそうだ……」
「いいよ。お前の人生じゃん。」
おそらく間に入ったらあとは結婚へ半自動であるのだろうが、やはり勇気がない。
「でも、考えてみろよ。」
ジリが語りだす。
「と言っても、ABは既婚者や元々彼女持ちでここに来たの以外、今彼女がいるのはいないぞ。結婚したのも、サルガスと……主にCDチームの数人だろ?」
「河漢見てる組は、忙しくてそんな事考える暇もないんじゃないか?」
「逆にあいつらは余裕なんだろ………」
フラれ続けている者も若干名いるが。
「…大丈夫だよ。みんな。まだ20代だし。」
ファクトがぼそっと言うが、それがみんなの癇に障る。
「オメーも『デフォルトで備わってる系』だろ!」
「え??そうなの?」
「あのかーちゃんやチコさんを相手にできるだけ、もう最終形態だよ!!」
あんな女性たちの機嫌を取れるなんて………横にいられるだけでレベルMAXである。
しかも女性の象徴型として作られたシリウスにも好かれ、ムギと組み技までしている。学校のギャルには一線引かれても、世界のトップにいる女性に囲まれてしまったファクトなのである亡霊も含めて。
「……みんな!今それを言っても仕方ないよ!!」
声のする方が注目され、ラムダが発言権を得る。
「初期設定にないなら、レベルを上げて、そういう能力をゲットすればいいんだよ!!強い男になれるよう、努力するんだよ!」
「………。」
ある意味真理だが、今は何を言っても反抗したい皆さん。
神様に愚痴ぐらい言わせてくれ。何見せつけるんだというユラス人夫婦のキスまで見せられて、彼女持ち、結婚組が幸せに見えてしょうがないのである。
「…でもさ、努力ではどうにもならない部分もあるだろ………」
「俺らがどんだけ頑張っても、懸垂5回もできないし…。」
教官やリーダーの慈悲で、補助を付けてもらってやっと数回である。
「同じことしても奴らみたいな腕にもならんしな。」
パルクール、武術のアスリート組と比べてしまい、懸垂にコンプレックスがある一同。
「幅跳び10メートルも飛べない…。」
「それはチコさんぐらいしかできんだろ。」
とにかくコンプレックスが止まらない。あいつらと比べても仕方ないと一旦あきらめたが、婚活の人のせいでまた湧き上がってくるこの思い。
「大丈夫!僕は先月やっと、やっとギリッギリ懸垂3回できたよ!!微妙に顎が付くかつかないかしか上がれないんだけど!努力すれば見えない部分で何かは伸びるよ!!」
物おじしないラムダだが、懸垂3回できたところでAB組に何一つ敵わないと周りは思う。
「………」
「そんなみんなでOKな女子も絶対にいるよ!!」
「……………」
今は異次元彼女シリウスで大満足のラムダは、未だ無敵であった。




