95 全てがダイレクトに訪れる
「『共鳴、反射』です。」
「自分の発したものを、自分が受け取る時代が来ます。」
「…」
「隠しごともできず、他人のせいにはできない時代が来ます。」
「………」
「今までは全ての反響は時間や摩擦を置いて、時に数十年、数千年もかかっていましたが、それがダイレクトに返ってくる来る時代が来ます。
自分の基準ではありません。天が、世界を平等に運行できる基準です。」
また会場が騒めく。
「まあ、もう少し後かもしれませんが…。宇宙に出たら、私たちはより精神で繋がらなければ、あまりに距離が出来ます。
人間は土と空気のない場所で、他人と触れ合わずに生きられるほど強くはありません。でも、精神や霊性で繋がることで距離をなくすのです。」
「サダル議長はやっぱりいい人なのだろうか…。」
やたら道徳的というのか、いい人そうなことを言っているのだが、サダルが心の中で「はっ」とか鼻で笑っていそうで、ファクトは落ち着かない。
「ああ!自分の脳内が素直じゃなくて嫌になるっ。」
「………。」
リゲルがかわいそうな目で見ている。
今の話は、前に南海の道場で聞いた宇宙旅行の時の話だ。考えてみたら、響のサイコスもその一部かもしれない。自分や、人の世界を垣間見れるのだ。直球で自分に返ってくる世界を。
そして切なくなる。イオニアももしかして……響の中のそんな世界を垣間見てしまったのだろうか……。
ファクトも、みんなが響を好きになる気持ちは分かる。
DPサイコスでも、響がいると安心し落ち着く。気も遣わない。シェダルが響に近くにいてほしい気持ちはよく分かるのだ。正直ファクトもたくさん言い聞かされていなければ、安心するあの懐に収まってしまいたいような思いにもかられる。
イオニアは霊性が発現して、響の内面までますます好きになって、そして………響がどこを見ているのかまで知ってしまった………と、予測する。
うう、イオニア。辛すぎる。
会場はしんとしている。
「聖典物語の中と、現実は違う世界を作らなくてはなりません。命は非常にもろいですが、命は物語のように『死んだ』の一言で消えるような軽い存在ではありません。いち人間の所在も精神も、なくなるのは『見える』世界でだけです。
科学者にそれが見えなければ、どんなに大きな理論や世界の法則を解いても、世界の半分も見えていないと言うことになります。
人間は誰よりも愚かだったと…。
宇宙に戦争、争い、欺瞞、自己執着を持ち込んではいけません。
ここには様々な分野の方たちが揃っていますが、前時代の考えを全て真っ新にして、新しい時代を進んでください。
これから宇宙に出ることで、私たちの精神構造自体も大きく変わっていくことでしょう。」
宇宙に出たら全てがまた変わる。
そして同時に、前時代までに人類が築いて来た一般的な倫理観や思考では、宇宙に淘汰されていく。画面から目を離して、世間だけに囚われない精神性を構築する準備。
全体を見ることができず、目の前に一喜一憂してきた者は、これから足場を失っていく。
全ての世界は繋がっているのだ。ナショナリズムも、グローバリズムも、全てが意味をなさない時代が来るだろう。
「そして、誰一人主役でない者はいません。人類がもっと成長した時、誰もが『主』のようになるのです。
皆様方、リーダーや各所責任者は、それを心得て下さい。皆がそれぞれの立場で成長し、自立し、自己を省み、同時に他人を愛することが出来なければ、真の民主主義は訪れないのです。」
礼をすると会場に大きな拍手が起こった。
――見える世界にしか自分が存在がないと思っているのなら、お前らがサッサと消えれ去ればいい。
どうせ死ねば無なんだろ。そこに何の努力をするんだ――
サダルはそんなことを思いながら生きてきたなと、壇上を離れる。
あれは、10代を囚われたハッサーレにいた頃。
サダルメリクは他大陸の中学校に通っていた時に、無神論系と、やたら非科学な宗教者に囲まれて本当にめんどくさい思いをしてきた。前時代でもあるまいに、進化論とかID(ntelligen desing)論、知性、神がデザインした世界論に関して、まだ争っている者たちがいたのだ。
まずこの時代の考えでは、進化の物理的過程はあるが弱肉強食、旧進化論をそのまま受け止める者はいない。進化論に当てはまらない生物や現象が多すぎる。偶然の積み重ねにしては取ってつけたように意味付けされ過ぎて、精密過ぎる。
そして、意識のないはずのミクロ世界の単体物質がなぜ生物を構成しようと働くのか、こんな厳密な生命や物質世界が世界が形成されていく理由は何なのか、なぜ存在するのか……答えがない。
ID論に関しては、神がそう造ったからそのままそうなのだと、藪から棒に考える者もさすがにいない……
……いないと思っていたのにいたのだ。
しかし、腐った…サダルから言わせると腐った淀んだ重鎮の世界にはまだいたのだ。ユラスでは科学と神学は一体であったのに。ID論などもう100年以上前に出た理論だ。なのにまだ反対をしている。彼らはには霊線が見えないのだろう。
そして、自分たちの結論さえ出していない。お互いが議論ができる、対象物すら準備していないのだ。まともな論文さえない。前時代近世出発時代のルネッサンスから、まだ次の時代に進化していないのだ。あれから数百年も経っているのに、高度医療も電気もなかった時代の科学に縛られている。
アンタレスに行く前の他の国や世界で、そんなどうでもいい事で言い争う二組を見て、本当にくだらないと思いながら生きてきた。
そんなくだらない言い合いのために、数十年も数百年も神学を殺し、科学を停滞させ、たくさんの賢人の功績を死なせながら、学びの場を腐らせてのうのうと生きている。
こんな学校から離れ、違う学校に移ろうと思った時に1人の教授に止められた。
「君はただの科学者ではない。霊性を見ると指導力もある。」
「?!」
霊性を観れるのか?と少し驚く。
「……はあ、そうですか。そういう性格じゃないし、そんな職に就く気はありませんが。教師も嫌です。」
「まあいい。でも、この学校を変えるのもおもしろそうじゃないか?百十数年変わらない学校なんだ。」
「………。」
「既に、誰でも行けるようなアジアの小学校より遅れているよ。する計算が難しいというだけであとは化石だ。昔は先進国家の内でも優秀な学校だったのに。」
その時あの教授を思い出す。
『君が親になったつもりで見守るんだよ。』
……あの教授の………その言葉を。
疲れ切っていたサダルは、横を向いて鼻でため息をつくと、しょうがない顔で教授に礼をし握手のために手を出した。




