94 反響の時代が来る
「信じられるか?あいつ議長に『せめて前日入りしてください!』とか言ったんだぞ。」
そうなのだ。昨日の見送りで、あの中でそれを言って、ユラス人さえ青くなった言葉を吐いたのはファイである。つまり、送り出す前夜ぐらい夫婦で仲良くしてください、という事だ。
前の日の明け方まで仕事をし、昨日の午前まで科学者のフォーラムに参加。忙しい中で来ているのに、そんなこと無視で言いたいことを言うファイ。
あいつ無敵だ、などと言われているがファイは心配なのである。
あの二人。とくにチコ。
別々でも十分楽しそうに生きているので、またソライカの様な女性が発生しそうである。
チコに妻としての非があろうが、夫婦であることは変わりないし、お互いも不貞をしている訳でないので、この夫婦に距離があろうと誰かに関与されるいわれはない。
でも、いかせんこの二人の周りには人が多すぎる。
そして、この出張に味を占めてチコは帰って来なさそうである。アジアもユラスと近過ぎるため二国の遠距離に行けば、さぞかし気分も解放されることであろう。
ファイはチコにも、2か月後…約束の日付きっちりに帰ってくるように念に念を押しておく。
さらに恐ろしいことに正式な予定なしに帰国を1日延長するごとに、公式の場で議長にキスをするようにとの約束まで取り付けたのだ。一体どんな取引きをしたらそんなに約束が取り付けられるのか。
***
その日サダルは、倉鍵で行われる宇宙開発研究者の総合フォーラムにゲストスピーカーで参加。
ファクトもあることを期待して、父ポラリスから観覧チケットを貰い会場入りした。こういうフォーラムなどの参加は学校の出席、単位になるのでリゲルと一緒に一般公聴席に座る。
「人間が堕落において最初に神が分からなくなり、科学から離れ、時を経て科学に戻って来た時に、神と科学は分離されました。」
中世ルネッサンス時代の話か。
「それは当時の主力宗教の自堕落、失策とも言えますが、同時に人間は『現実に目で見える一点しか見えない』方向に時代を進ませていきます。
次に、もう一度神を得た前時代の大国は、世界の歴史と思想の混沌の中で国会から祈りを退け、教壇から神を失います。そして、大国は力を失っていくのです。そこには人類を衰退、滅亡させるゴールしかないことに気が付いていなかったからです。
それはなぜか、近代科学の出発である無神論、進化論が『怨み、憎しみ、強い自己愛』から出発しているからです。有名な科学者の生い立ちを調べれば分かることも出てきます。
つまり、『宇宙進出イコール闘争、争奪』の発想を大なり小なり、初めから有しているからです。」
サダルは、科学者であり技術者であり、ユラス民族議長であり、そしてユラス教司教で正道教牧師でもあるからか、観念論のような話もする。
「楽園で我々が失ったものを、今の時代の人はよく知るでしょう。」
この時代、誰でも知っていることだ。
「『失った楽園』つまり、男女と夫婦もその一つです。神論関係なく一般の人たちも知ってか知らずか、これをよくドラマや映画の題材にしてきました。『失楽園』と聞いて大半の人にそれしか浮かばないのは、本質で人間は堕落の意味を知っているからです。
そして、性倫理が崩れ、不安が心を占め、怒りが自制できなくなり、子供たちが崩れ、自己修道の自制の生活をするうちに、芸術分野も弟を殺したカインの子孫が持っていきました。なので、芸術、芸能分野も自制が利かないのです。とくに性欲に関して。
神の血統は失った精神性を先に取り戻すために、清貧や自重の道を歩まされますが、そこに『隣人愛』が必要であることに気が付かなかったのです。まあ、『大』を得るごとに初心を忘れて行ったと言ってもいいでしょう。物は抱えるほど身動きが取れなくなるからです。
我々は、民主主義を機能する社会に持っていくために、民主主義の本質も再度考察し、高めなければなりません。それは高次社会主義でもあります。「自由」と「社会」、二つの民主主義は人一個人に、高次な反省と利他性、神性性を要求します。
最終的に、人は、初期新約世界の桃源郷を誰もが見るのです。」
現在過去の民主主義のままではだめだと言う事だ。
そこには富と労働を独占する資本主義傾向が根強くはびこる。王政よりも強力な資本主義。
『ユラスなんて滅びようが、どうでもいい』と言っていたサダルから『愛』とか言う言葉が出るので、ファクトもリゲルも何とも変な気分になる。
「同じ民主主義でも、極翼と神性主義は何が違うか知っていますか?
その根本の発想と本質の出処が、『他者を思いやる親愛』にあるか、『強い自己愛』にあるかです。他者のために生きる時に生じる、自信の感情で自分がどこに属するか分かるでしょう。
自分の行動の発露がどこにあるかで、あなたの持っている行動の本質が変わるのです。」
『親愛』とかくすぐったい。仕事はこなす派なのであろう。淡々とし相変わらず無表情であるが、留まることなく語っている。
「そういう意味では、宗教の大部分もこれまで自分たちの存在意義を間違えてきましたが。ピューリタンで始まった時代のパイオニアたちの精神は、組織と地位を得るごとに、神の言葉を忘れて自分たちだけの城を作っていくのです。他人を否定し、自分たちの教理や存在を優越視して保とうとするなら……」
多分本心では「そんな者ども滅びればいい」とでも思っているのだろう。
だが、サダルはバカではないので、こんなフォーラムの場で言葉選びはスマートに済ませる。
「これからの時代、自分たちを枠で囲う者たちは国家、大学、宗教関係なく淘汰されていくでしょう。
まあ、誰が自己愛で、誰が利他愛なのかは……本人にも………目に見える部分にも分からないこともあるからこれまでの時代が繰り返されたがのですが。自分は思った以上に盲目だと思った方がいいでしょう。
はっきり言います。
皆様は誰もが、みな盲目です。」
あれ?全然スマート……でもなく、オブラードに包んでさえいなかった。スゲーと、ファクトは思う。
「声高に訴えることは、多くの実を結ばせるでしょう。
でも、それにはそれまでに整えた畑が重要です。自分が、自分の住む土地を愛し、そこを耕し、そして他者にもミルク匙を施し、汚れた桶で身を洗うほどの苦労を愛したか。
それともユラスの荒野に巻いたような、爆弾や地雷だったのか。
あなたは今、地球という畑に何を植えて来たのか。
それは宇宙に持っていくものです。」
宗教はある意味精神の世界を司る、ろうそくだ。
一見消えてなくなるものにも価値を置く。他者のために身を燃やして本体は消えてもその存在を失わない。
天はそれができる人間を求めている。痛く、苦しいほどに。
大国もそうだ。歴史のポイントポイントで現れた帝国たちは、自分たちの蠟燭に火を付けずに守り込んで滅びていったのだ。貯めた水も囲い、お金も囲い、食料も囲うが、いつしかそんなにいらなくなり、徐々に全てが腐っていく。
もし彼らが擦り切れても祈りの蝋燭を世界に、他者に灯していたならば………歴史は大きく変わっていたことだろう。
「我々は宗教に勝利した過去の科学に陶酔していますが、それは一度忘れなければなりません。
最初の宇宙も、科学も人間の本質と共に『失われた楽園』で共に失っているからです。人類は遠回りに遠回りを重ねているのです。科学者、研究員は、未だ本来与えられた世界を知らない者として、謙虚な姿勢を取り戻さなければなりません。」
「今、皆さんの組織が、皆さん各個人が何を根本に動いているかをもう一度確認してください。」
「……」
「人類は新時代で霊性を受け、次の時代で何を得ると思いますか?」
「……………」
会場に騒めきと静まりがの両方が訪れる。
「『共鳴、反射』です。」




