86 動き出すアンタレス
ファクトは軍人数人に囲まれながら、先までチコのことを聞かれ、今度は自分のことを聞かれていた。
とにかく、昔のチコは無口で人の指示にのみ従い、自分で何か提案するようなタイプではなかったらしい。そして、ファクトと見比べながら「君みたいなのといると、うるさくなるのか分かる気がする」とまで言われてしまった。まだ出会って間もないのになぜ。
「ならファクトは次は大学生なのか。」
「そうです。一応そのままベガス藤湾の大学に行くことに決めました。あそこなら道場もあるし、バイト先もすぐ見つかるし。そのまま実地もできるし。」
「学部はやっぱニューロス関連?」
「いえ。マテリアルもメカも医学もC言語も理論構築も何も秀でた専門はないので、地域構築系の教師になろうと思って教育科に進んでいます。今は衛生や生活指導科目も勉強しています。」
「…態度のわりに地味な男だな…。」
「真面目か。」
こんなに敬語を使っているのに、態度のわりと言われて心外なファクトである。あっけらかんとした性格がにじみ出ているのを本人は気が付いていない。
「ユラスに留学に来たらどうだ?」
「留学?」
「うちで生活の面倒くらい見るぞ!VEGAの本拠地があるからけっこう本格的な地域再建が学べるし。」
「おー!来い来い!」
「うちの甥を紹介する。学生同士シェアした方がいいだろう。」
「ウチの伯父も留学生の面倒を見てる!ウチにしろ。もう子供がいないからかわいがってもらえるぞ。」
ユラスは思ったより人間関係が濃い。先会ったのにもう甥や伯父まで登場してしまう。
「…あ、そういえば…。皆さんはチコの上司や同僚とかなんですよね?」
「まあ、そういうヤツもいるな。」
「なら、強いですか?」
「は?」
「カウスさんやアセンブルスさんより強いですか?」
「…どうだろうな……。よりかは分からないが、あのチコと話しているうちの2人はカウスやアセンなら押さえられる。マジになってる時のカウスは無理かもしれんが。まあ、奴は所詮肉体だ。」
カウスはニューロス化していない。
「へー。」
みんなが近くにいる1人を指す。
「…こいつならどうだろ。」
「カウスは無理だろ。」
本人は言うが、ぱっと見、俊敏で強そうな感じはする人だ。
それにしても結局カウスさんはどれだけ強いんだと思いながら、また忘れる前に、前から聞きたかったことを聞いておこうファクトは思う。
「あの、カーフ・カプルコルニーって知ってます?」
「…カーフ?」
「カプルコルニーならターキスの弟だろ。バイラの。」
「名前はみんな知ってるな。」
「お前知り合いじゃないか?」
「いや、兄の方だけだ。」
そう言えばカーフやレサトたちは父や兄を亡くしていた。何気ない会話一つ一つに時々緊張を感じる。
「子供の頃ならな。世代が違うし、カーフは北の国境沿いにいたから。」
「時々こっちに来ていたが、アジアに行ってしまったし俺は見かけたくらいなら…。」
「カイファー女史に似てる子だよな?ベガス学生の総長だと聞いたが?」
みんな口々に言っている。
そしてファクトは「ドン!」と地味に机を叩く。
「聞いてください!」
みんな素直に注目した。
「奴に勝ちたいんです!!!!」
「………。」
は?という顔をする皆さん。
「合わせ稽古では一度も勝てたことがありません!!何か手はないですか?」
「………」
「しかも、爽やかな顔をして、時々殺人技ギリギリを繰り出してきます!!!しかも普通の人にはバレないように…。あざとい……」
変なスキルを付けた妄想CDチームを始めとするアーツにはバレているが、時々ヤバい目をしている。あんな奴を学生代表にするとは藤湾恐ろしすぎる。
「ほう………。」
「しかもヤツは、チコのお気に入りです…」
「……。」
ファクト的にそこはどうでもいいのだが、この人たちにチコの名を出しておけば煽られそうなので煽っておく。
「奴から……奴から一度くらい勝利を噛みしめたい…。」
ガリ勉君なのかヤンチャな小坊主なのか、目の前の人物が掴めなくて戸惑っているユラスのおっさんたち。そういえば一般人なのに、先すごい護身術を出していた。
「何が得意なんだ?空手?柔術か?クラップリング?」
「寝技に持っていってたけど、あれはその後がちょっと違ったな。すぐに次の技を繰り出していた。」
「ユラス人のレサト君がクンフーとか言っていた気がするけど、クンフーの定義が何なのかよく分からないです。正直、流気道と接近格闘術と空手と中華拳法を習ったところで格闘技の境界線が分からなくなりました!」
いろいろ教えてもらううちに、そんなもの分からなくなってしまった。昴星女子からキックボクシングも習ったし、東邦拳法と中華拳法のクセは分かるが、自分が何をしているのか謎だ。
「……まあいいんじゃないか?」
「カプルコルニーの北ユラスならギュグニー式やジークンドー使ってんだろ?」
「ユラス式とかでないんですか?」
「ユラスも広いからいろいろあんだよ。東西南北で違う発展をしてるし。」
「オミクロンはヤバい。あいつらは殺人鬼を殺人するような奴らだからな。」
とにかくオミクロンはどこで語られてもヤバいらしい。瞬殺だそうだ。
「へー。なら、取り敢えず北の得意技を教えてください。」
「いつまでユラスにいるんだ?」
「もうユラスにいろ。」
「出国するな。」
「ここにいれば全部できるようになる!」
「………。」
考えて思い出す。
「…あ!いつまでもいられません!そういえば、教育実習レポート提出しないと!!子供たちの手描きの絵があるから、あれ取り込まないと!すみません!!また来ます!」
そう言って立ち上がる。
「内容は移動中に書けばいいし………。よし!」
「あ!待て!ファクト!!」
気が付いたチコが横から叫ぶが、レポートを提出してから連絡する言って、シャカ!と敬礼して行ってしまった。
そして信じられないことに、ファクトはそのままベガスに帰ってしまったのである。
「ファクト!!!」
激オコのチコである。
まさか、親の十四光以外は普通顔、平凡な経歴の弟の方がチコより一枚上手と知り、驚くユラスのおっさんたちであった。
***
「ファクトまたユラスに行ってきたの?そんでとんぼ返り?」
大量に買って来たプロテインを見ながらラムダが呆れている。
「ゆっくりしてこればよかったのに。スキャンや撮影くらい僕がするし、先生には顔まで出さなくてよかったんでしょ?チコさん元気だった?」
「………。」
辛そうな顔をする。
「…またなんか困らせることしたの?」
まだ何も語っていないのに、チコは大丈夫そうで自分が問題だと決めつけているのでちょっと悔しい。
「諸問題を未解決で帰ってきてしまった…。帰ってから彼らの怒りが薄れていることを祈る………。
時間よ、俺にためにミラクルを起こしてくれ…。」
「逃げてきたんだね…。」
「おー!またユラス土産か。」
何人かがファクトに荷物から勝手にプロテインドリンクやバーを奪っていく。
「ユラス軍のカフェに売ってたの。」
「………」
バーをかじっているキファに白い目で見られ、モアにはうらやましがられる。
「いいな。俺は軍には行っていない…。」
「ラムダ、夕飯はどこでする?タラゼドは?」
「それがさ、最近タラゼド寮に来ないんだよ。」
だいたいいつも集まるメンバーは、ファクト、ラムダ、リゲルにタラセドだ。時々クルバト、モア、ジェイやリーブラ、ファイ、た~まに西アジアっ子ライたちが加わる。響さんは………いなくなってしまった。
「なんで?」
「めっっちゃ忙しいみたいで、朝か夜に毎日30分は通ってた道場にも来ない。」
ふと考える。
あの、『前村工機』以来、地盤や地下施設の問題で一気に河漢からの移住が進んでいる。数十人、多いと1日で2、30世帯数百人移動したこともあった。リノベーション、インフラ整備、工事のチェックだけでなく、指導、教育、仕事の斡旋と、現場はものすごく大変らしくサルガスやタウたちも、家で寝ずに現場事務所で仮眠状態らしい。会わないわけだ。
初期に選別して入って来た住民は、様々なテストや教育をクリアして比較的社会生活ができていた層だ。でも、現在はスラムで半無秩序状態の人間たちも流入している。これはチコが避けたかったことで、アンタレスと非常に揉めアンタレスが頼み込む形となった。
それで、南海広場のように3か所作った一定の教育エリアに移住民が住むことになっているが、とにかく問題を起こすのだ。
取り合い、暴力、家庭内問題、社会性や衛生、貞操観念の欠如から来る近隣への迷惑や自宅の放置。計画後期に移住か、河漢の別の場所に移動するはずだった者たちが、一旦ベガスに流れてきたため現場は混乱している。
南海広場は移民たちを指導側に回し、もう自動で運営できる状態なので、3か所をどう回すかがカギとなっている。
無計画で入って来た住民は、みんなではないがとにかく無秩序層も多い。
人のプライベート領域に植木を置く者がいて、侵入された者も敷地に入ったのなら自分の物と主張する。両家で取り合って警察を呼ばれ、相当ケンカした挙句その植木自体が公共の物と分かる。2人とも警察にぶち込むと言うと、譲り合いその後植木への感心をなくし放置。
タウやイオニアからしたら、こんな実にバカバカしい諍いがあちこちである。
そもそも仮施設で住居も家具家電、生活用品もほぼ支給品というか貸出品だ。自分たちの物ではない。
もっと言えば、ただでさえ物件が足りていないので、家族がいない多くない世帯は仲良く共同生活をしてほしいくらいである。ただ、非常に我儘な彼らに付き合っている暇はないので、そういう人たちは今は好きにさせて放置しているだけだ。
後で〆る…と、タウは怒りをため込んでいる。
南海広場のおっさん、花札じじいたちも人の話を聞かず時々だますし、基本我儘であったが、彼らは良識はあり自立し、自治にも参加するし自分で儲けようとしていた。問題だらけだと思っていた南海広場が聖人の地、聖地に見える。
河漢の一部は、家具家電を平気で壊す、売るなどとんでもないことをしており『傾国防止マニュアル』並みのアジア版生活、犯罪資料を急いで作り、半脅しの教育もしている。
ただ、それでもアンタレスは、突然銃で撃たれる、家ごと解体して売るとかそこまではしないし、あっても頻度も低いので、他の大陸から来たスタッフに言わせると、とても安心できるらしい。
ちなみに元犯罪者が言うには、刑務所なども天国だそうだ。東アジアの施設はエアコンまであり食事も3食。人の肌がくっつくほどのタコ部屋にされない。朝はパンにドリンクと簡潔だが、昼夕はご飯のお代わり自由。人に食事をとられることも献上させられることもないし、飯の中に虫も死んでいたり湧いていたりしない。行事にケーキまで出るとは。刑務所で初めてケーキや大福など食べた者もいたらしい。
現在はイエロー地帯移住優先の住民より、秩序のある地域を優先的にベガスに入れ、その河漢の空いた場所に基準に達しなかった住民を移すやり方に変えた。
その間にその場所で住民登録や生活教育を進める。とにかく全てが初めてで、全てが試行錯誤だった。霊性師や牧師たちと共に、虐待を受けていたりクスリ、シンナーや大麻に依存されている子供も探し、優先的に施設に入れる。
優先的にベガスに移住した住民には、全員にリーダーや教育係になってもらうことをお願いしている。
頼まれている様々な統計用の数字も残していかなければならないし、同じスラムでも地域ごとにかなり差がありなぜそうなったのか、解決などは?も資料を残していかなければならない。
河漢やベガス、施設などを一度も訪れていない団体や人物には資料を渡さないことも決めた。少なくとも数日は視察や活動にも参加してもらう。有識者や研究者の理想論、空論など必要ないからである。
そしていつの間にか、河漢の比較的優秀な者や外部の数人がレギュラーになり、安全地域ではあるが共同で開発や運営をし、新規の人間の面倒を見る形が出来上がっていた。大学としても、行政や企業と関りが持てるので、単位に組み込みそのままゼミ生を送るところも出てきた。
その辺りの仕事は人当たりのいい、女性やタチアナ、ベイド、アーツ2期以降など中心に進めている。
そのために、アンタレスや周辺地域の高校や大学、一般企業からもぼちぼち人が運営の助力として入るようになって来た。
一方、タラゼドもタラゼドで、超絶ブラックな仕事っぷりだった。




