84 ファクト拉致される
「ムギー!」
あの後、カウスから連絡が来て病室に行ったチコは本当に大変だった。
廊下を走るなと言っているのに、すごい勢いでムギのところまで行き、目が合うと暫く抱きしめてまさしく大房のオバちゃんになっていた。
なんでこんなことをしたんだ、痩せすぎだ、もっと太れ、怪我はないか、後遺症はないか。ペタペタ触っている。
大房のオバちゃんは瘦せすぎな子を見ると、そんなんじゃ倒れてしまう、子供を産む時大変だ、もっと太れとうるさいのだ。生まれつき細身のコパーは、知らないおばさんからもよく言われていて苦労をしていた。アジア系だと腰が太い方が好まれるし、南方移民系だとグラマラスで胸やお尻が大きい方が好まれる。
大房のオバちゃんだ…と思いながらムギにちょっかいを出すチコをファクトたちは見る。
ムギは158.5センチの身長で体重は37キロしかなかったらしい。これで大陸を駆け回って、亜寒帯系から移動し熱帯系の北メンカルにいたのだ。もともと細身ではあるが、端から見ると突然死しそうで恐ろしすぎる。チコに50キロを超すまでどこにも行かせないと釘をさされていた。筋肉も含めると、もっとウエイトはあってもいい。
「違う!この前は測ったら160センチだった!」
「はいはい。」
「ホントだってば!あと20センチは伸ばしたいし!」
「………カウスになりたいのか?」
チコがすごく嫌そうな顔をする。
「違う!チコみたいになりたいの!!」
「ムギ、私みたいな体型になってもしょうもないぞ。リーブラみたいな方がモテるぞ。」
「モテなくていい!あいつに勝つ!!」
「誰だ?あいつって。」
そんなチコとムギを見守るカウスやワズンたち。
「…………。」
部屋の端で大人しくしていたファクトは、ムギとふと目が合う。チコの背を通して軽く手を振ったら、少し赤くなって「いー!」をされた。派手な顔でも美女という感じでもないのに、とてもかわいく見える。もう少し頬に肉が付いたらもっときれいになるだろう。
「ムギさん、ちょっと霊気がずれているから、きちんとこの世界と繋げよう。」
そこに霊性師の医師が治療に訪れ、まだ安静にしていた方がいいという事で全員外に出た。
***
そして、なぜかユラス軍の面会室にまた来てしまう。
前の駐屯地とは違うが、そこより小洒落たカフェテリアがあり、メニューにプロテインドリンクとかエナジードリンクとか銘打って置いてあり、ファクトはこの人たち変態かと思ってしまう。普通の牛乳や豆乳とは違うのか。
とか言いながら、自分も飲んでみる。ゼリータイプの燃焼系とマッスル系のカゼインとかいうのにしておいた。
「という訳で、カウス帰れ。」
「何でそうなるんですかー!!!!!」
無情にチコの命令が下る。
「もう、ムギも起きたし、きちんと指導通りにすれば体も問題もないらしいし、このまま体重を戻す約束もしたしいいだろ。」
「なんでそんなに帰らせたがるんですか~!」
チコとカウスが言い合っているのを横で見ているファクトとワズンと、空気の様に一歩離れた所にいるアセンブルス。
「本当にひどい……チコ様の護衛なのに……。」
「ここは身内の方が多いし、カウスじゃなくても護衛役はいるから気にするな。」
「なら、一緒に帰りましょう!なんか邪魔者扱いで気分最悪です。」
「うるさいな。仕事の命令なのに何を言ってんだ。別に護衛だけが仕事じゃないだろ。大人しく帰って、エルライや子供にサービスしろ。ほしかったら休みもやる。」
「エルライにも、ベガスではユラスほど困らないから、好きにしててとか言われている………」
行き場のない親父なのである。
「それに、子供は楽しみにしてるぞ。何かおもちゃでも買って帰れ。今帰れ。サッサと。」
「…ウヌクの方が好きだと言われた………」
ファクトは、なぜそこでウヌクが?と思う。カウス家と関連が薄すぎる。
「まあそれでもパパはパパだろ。」
カウスはジト目でチコを見た。それに、なぜワズンを前にして帰らなければならないのか。チコをあきらめたならいいが、長年拗らせすぎてそうは思えない。
あまりにもカウスが渋るので、チコが隣のテーブルにカウスを呼び耳を貸せと何かコソコソ話している。チコは声の音叉を変えられるのか霊性の膜でも張っているのか、その声はファクトにも聞こえない。
しかし、チコの話を聞くうちに何か真剣になるカウス。
そして、うんうん頷いている。
「分かりました!!!」
いきなりカウスの楽しそうな声が響いた。
「帰ります!!!今すぐ家族孝行してきます!!!!祭りなみに!!!!」
「は?なんだ?」
ワズンが不思議がる。
「じゃ、私帰りますんで!!!アセンブルス将補!チコ様をよろしくお願いいたします!!!ファクトもみんなを困らせないように!!」
「あ、ラジャー!!」
ファクトは別けも分からずアジア式で敬礼をしておいた。
「チコ様!議長によろしくお願いいたします!!」
カウスはワズンから離れた席にチコを座らせてすぐに去ってしまった。
「………だからって気が早すぎるだろ。あいつ。」
チコとアセンブルスが何とも言えない顔をしている。
「という訳で俺もそろそろ帰ります。カウスさん一緒に連れて行ってくれればいいのに。」
と、爽やかに言い立ち上がるファクト。
「どこに?」
チコに聞かれる。
「え?寮に。」
「…その前にサダルに会おう。私が何を言っても無駄だと分かった。向こうの人間に話をしてもらう。ムギが意識を取り戻した経緯を知りたいし。」
それは嫌である。
「いえ、ムギは自分で起きました。自分はDP層…多分ですがそこでムギを見かけただけです。諸々の行動は反省しております。」
「反省だけならサルでもできるが、その後の行動が問題だからな。」
「サルの方がまだ学習能力があります。いつもそんな話ばかりしてませんか?そろそろサルから進化して生まれ変わってほしいです。サルの方が賢いくらいですね。」
アセンブルスが冷たく言うので、ワズンが何をしたんだという顔で見ていた。
「分かりました。その前に食べ過ぎたのでトイレに行って全部出してくるので待っていてください……。」
と去ろとする。
「ワズンついていけ。」
「なんですか?!みんな揃ってやっぱり変態ですか?!!」
「は?基本の基本だろ。状況や相手によっては個室のドアも空けさせる。」
「やめてください!僕は一般市民です!!シティーボーイです!!そんなディープな世界慣れていません!!!」
「介護や介助だって危ないからドアをしめさせないこともあるから問題ないだろ。」
「健康な思春期男子です!学校でクソだってできません!!」
「平気でしてそうだが?」
「絹ごしにもなれないメンタルです!ちゃんと戻ってくるので一人でさせて下さい!!」
「………。」
チコは全然信じていないが、仕方なく許可を与える。
「なら5分以内で戻って来い。デバイスは持っていっていいが、荷物とパスポートは置いて行け。」
この時代でも紙のパスポートは存在する。データに不可侵権はないとされているからだ。
「分かりました…。15分くらいこもっていたいのですが……」
「5分だ。3分延長する度に報告しろ。」
この人たち、ディープすぎる。
しょうがなく立ち上がりトイレに向かいながら、今後の策を練る。
叱られるにしても、通常モードのカウスかワズンがいい。再起不能にさせられそうでサダルだけは絶対に嫌である。
そして、一応トイレにも行ってトイレから出ながら3分延長をメールする。
………それかカーフと一緒に叱られるなら………。カーフが庇ってくれそう………いや、カーフの根はチコより黒そうだ…。真面目だし反省すべき人間がいたら顔色も変えずに愆祭するに違いない。しかし、カウスとワズンも昔はもっと怖かったと聞いたし、大人しくチコの話を聞いてちゃんと反省して勉学少年として人生を全うしよう…。引っ叩かれてもやっぱりチコがいちばんやさしい……。
と、しょうもない事をグルグル考えながらロビーを歩いていた時である。
突然曲がりの通路からバッと腕が伸び、後ろを捕られた。
「っ?!」
「心星ファクトか?」
聞かれるも、ファクトはその腕を前でとり、掴まれた右側から前に滑り込ませ、寝技に持っていく。
「マジか?!」
その男が焦る。
が、ファクトも想像以上に男が重く筋肉が硬いため思うように動けない。ただ男の腕は緩んだので、映画のようなクンフーで一気に逆転させ拳を数発入れようとした。
しかしここで見誤る。男は1人ではなく数人いて口を塞がれたのだ。
「うぐっ…」
「動くな!動かなければ何もしない。」
そのまま、目を塞がれ背中に銃を当てられる。仕方なく両手を上げて歩かされどっかに連れて行かれた。




