74 燃えているものは何なのか
※残酷描写があります。
それは子供たちの帰宅前のことだった。
少し離れた町でテロが起こっていると警報が出た。
なんだかんだ言って安定していたこの地方にテロが起きている。数か所で爆発もあったらしい。
それは一日で一気に起こったように思えたが、ギュグニー東の勢力が10、20年以上かけて準備してきたことだった。
もしかしてもっともっと前の時代から。
ネットで少しずつ内紛の種を巻いたのだ。
最初は冗談から、それから真面目な一般人の訴えとして、時にみんなが集まり楽しんでいたコミュニティーで。何かを悪くも言い、よくも言い、さも普通の人のように。過去を掘り起こし、憎しみ以上に不満を盛り立て、そしてもっと憎しみを煽る。左右傾向どちらも利用し、生活の不満は国への不満に直結させる。
確かにユラス政府、ユラスの政治家たちの不正はあった。ユラスの金を海外に流していた者、搾取していた企業もあった。国内勢力同士でも争っている。
でも、それでも、不振や分裂を煽ることに同参したり北やギュグニーなどに傾向してはいけないと再三訴えてきた。
しかし、不満は押さえきれなくなり、戦争と緊張に耐え切れなくなり、ギュグニーに不満を抱いた者が革命を理解し、ユラスに不満を抱いた者たちと心が一致したのだ。彼らは知らないが、ギュグニーはユラス国内で騒いでくれれば、敵味方関係なく願ったりであった。つぶし合って、大いにユラスを揺るがしてくれればいい。
なぜか不満は一般に向けられ、街の工場やマート、役場が破壊され、その余波はサダルたちの町にも来たのだ。
そして、それからがあっという間であった。
ユラス内に裏切り者たちが生まれている。街は人があふれ、カフェやPC関連施設などに人が押し寄せ中にいる人を問い詰める。まだ慌てふためく人ばかりでそこまで混沌はなかったところに、誰かが火を焚きつけた。
この町に過去に惨殺を繰り返した者たちの生き残りがいると。
それは、この地域だけに嗾けた小さな火種だったが、興奮を煽るのには十分だった。
タイヤン母はルイブのところに駆け込む。
「ルイブ、逃げるのよ!!」
「だめ!まだサダルが帰ってないし、クレバーがいないっ…」
「あなたも狙われるかもしれないし……」
タイヤン母は言葉を止める。………もしかしてルイブ自身が狙われているかもしれない。直接言うと動揺や責任感を感じてしまうかもしれないので、うまく言い隠して避難させようとする。
「子供たちは学校や塾の先生と逃げているかもしれないから、一旦地下に避難しましょ!」
「でもクレバーが!」
物凄い動揺をしながらも、クレバークレバーと騒ぐルイブ。
「先、商店街にいたから誰かが連れて行っていると思うわ!」
その頃クルバーはいつものマートの前にいたが、急に周囲が騒がしくなるし、おしっこもしたくなるしで、よく遊びに行くばあさんの家の前に来ていた。
「ばあばあばあばあ!」
「クレバー!!」
「ばあばあ!しー!しー!」
少し腰の曲がった、もう100歳過ぎたばあさんはクレバーを見ると大慌てになった。
ばあさんは初めから知っていたのだ。この子がギュグニーの落とし子だと。ルイブも厄介な子だが、もっと厄介な子を連れてきたと。霊感の強いばあさんにはクレバーのそれと、誰かが煽った虐殺者の生き残りという、先ほどこの町にも広がった騒ぎを敏感に一致させていた。
「クレバー!おいで!!」
クレバーを担ぐと、ばあさんはいつもならクレバーが荒らすと怒る大きな椅子式の衣装箱のふたを開けて、半分衣服を出しクレバーをそこに押し込む。
「ばあば!ちなう!しーしー!しー!」
泣きそうに叫ぶクルバーの頭を押し込める。
「そこにおしっこしていいから、大人しくしていなさい!絶対に声を出してはダメよ!!」
ここにはばあばが大事にしている先祖からの衣装がいっぱい入っている。クレバーは大事なもので触ってはダメと叱られていた衣装箱なので、おしっこを一生懸命我慢する。
そこにたくさんの男たちが入って来た。この地区の人間ではない。
「おい!ばあさん!!不信な物たちたちや象牙の肌で緑の目をした者はいないか?!」
「知らないよ。」
少し白い肌で、緑の目。クレバーである。
男たちは隠れているかも、脅されているかもと一間しかないばあさんの家を見ていく。誰もいないのを確認して1人が次と指示を出す。
「ばあさん、ここから早く逃げるんだ。テロリストたちが来るかもしれない。」
その時だ。
「うう、ううぅぅ…。」
クレバーがお漏らしをしてしまったのだ。ばあばの衣装も自分の足もズボンも濡れてしまったし、箱の中で気持ちも息も苦しい。
「うう。ばあば…にーたあ。」
「?!」
「………。」
「ばあさん、そこに何がいる?」
「何も!何もない!!」
「なら銃で撃ってもいいか?」
「やめて!猫…猫だよ!早く行って!」
ばあさんはその箱に飛びついて必死に蓋を抑える。
男たちは顔を見合わせた。
***
その後、この商店街に泣き声が響いた。
「わああああぁぁぁ!!かーた!にーた!」
男たちが子供を引っ張り上げていたのだ。
「緑の目!銀に近い金髪!!あのギュグニーの男と女の子供だ!腕に古い切り傷の跡もある!!
我々の一族を、先祖の功績たちを殺した頭の子供だ!!」
「わあああああぁぁーーーー-ー!!!」
興奮した男が言うと、たくさんの男たちがさらにどよめきを上げる。
「やめて!預かった子なの!!」
ばあさんは少し前かがみで必死に外に出ていき、クレバーを奪おうと男に飛びつく。でもばあさんではどうにもならなかった。
「大丈夫か!おい、ウチのばあさんに何をするんだ!」
兄嫁の家の男が駆け寄るが、大勢に押さえ込まれてどうにもならない。
「その子は近所の子なの!父も母も近所の普通の人よ!!」
そこにクレバーを掴む男の仲間たちも新たに来る。
「間違いないです!この町で有名です。バイラの親子がロッカ荒野で拾って来た子です!3年半ほど前に!!」
「連れて行け!!」
「違うわ!!ちゃんと役所で紹介された養子よ!」
「わあああ!ばあばあ!!!」
ロッカ荒野は3年半前にルイブが遠距離バスで逃げた荒野だ。でも、それを知るのはルイブ親子と軍、それから報告を受けている各諸機関しか知らないはず。
「ろくでなし!!このばかども!!!置いて行け!!」
ばあさんがありったけの声で叫ぶが敵うはずはない。クレバーはそのまま抱え込まれて男たちに連れて行かれた。
近隣の町の人間も流れ込み、誰が誰なのかも、何がどうなっているのか分からない。地方の町と言っても、ここはたくさんの町と市が合わさって全体で見ればそれなりの規模の地域だ。
夕方に差し迫ってきた頃、サダルは必死に母を探した。
家にいない。デバイスにも出ない。サイバーテロもあったのか位置情報も利用できない。もし母が族長一家というのが本当なら標的になる可能性がある。もしくは連れて行かれて利用されるかもしれない。
「母さん!!」
家には誰もいないし、タイヤンの家も事務所も近所の知り合いの家もいつものスーパーも空だ。
サダルは習っている方法で集中し、空間認識を変える。波長の授業を応用すれば……、波長を捉える器官を変えることで同類のエネルギー体を認識できるかもしれない。
目を閉じて周りの喧騒から離れる。
少しすると刺激のない静電気のように、パチパチと何かが聴こえる。ここよりもっと大きな混沌と恐怖、熱が入り混じるエネルギー。その中で自分に近いものを掻き分ける。
ゆっくり目を開けると、現実世界全てがフィルターの掛かったように見え、同時に自分だけがくっきり見える。そして、ずっと先、もっと分け入った先の、この場所以上に大きな混沌のエネルギーの中に、同じ光が見えた。
「母さん!!」
***
そうして走っていった現場には信じられないものが見えた。
ユラス教の古い学習院の周りに人だかりが見え、乗り込んで来た男たちと興奮した町の人間に完全に占領されていた。あちこち同時進行で各所に人が集まっているので、ここだけに人が集中しているわけではないが、建物まで人が押し寄せないように少し手前で銃を持った者たちに会衆はガードされている。
「打倒ギュグニー!打倒ユラス!!!!」
「うおおおおおおーーーーーーー!!!!!」
打倒ユラス?サダルは意味が分からない。
しかもそこは、ユラス教の賢人が礎石を立てた学習塾の一つで、身分や金銭関係なく基礎学習や霊性神学を教える歴史的な場所。なぜそこにと思う。
そして、古い荘厳な建物の2階のベランダに、目隠しをされ後ろで手を縛られ膝立ちにされた男たちが3人いる。
「こいつらが、我々を裏切った一味だ!ギュグニーの勧誘に乗ってマートを爆破した一味だ!!」
「殺せー!!!!」
「わあああああーーー!!!!!!」
少し前の時間にニュースで流れていた、この地方で一番大きいショッピングマートの爆破のことか。だいたいどの市や町からもアクセスしやすい場所にあるもので、既に多くの人が亡くなっている。
サダルはまだ空間認識を解かずに、似た存在の場所まで行くとやはり母がいた。
「母さん!」
「サダルっ!!サダル!サダル!!」
ギュッと抱きしめられる。騒ぎが凄いので、大きな声を出さないと聴こえない。
「なんで地下に逃げなかったんだ!」
「あの子がいないの。連れて行かなきゃ……」
「何言ってんだよ?!先に逃げるんだ!!」
「近所ではここが一番人がいたから…。」
「行こう!地下にいるかもしれないだろ!とにかくまず自分の身を守るんだ!!」
頭からルバを被っているが、いつ自分や母に標的が向くか分からない。
「でもまだ小さいの。」
無理に母の手を引っ張っていこうとした時だった。
「残党の息子だーーーー!!!」
誰かの叫び声と共にどよめきが起こる。
「おおおおーーーーー!!!!!!!」
人の隙間から見える。少し離れた場所に、男たちに掲げられ泣いたクレバーがいた。
「?!」
「クレ………」
と叫ぼうとした母の口を押える。群衆が割れ、男たちがクレバーを連れたままガード先の学習院前に行く。なだれ込むほどの人ではないため、母が人を掻き分けて群衆の先頭に向かう。行くなとその手を引っ張ってもダメだった。
「そいつも殺せー!!!!」
と言う声と、
「まだ小さな子供じゃないか……」
という声が入り混じる。
先の空間認識の微差が解かれないないのか、サダルにたくさんの声と感情が入って来て眩暈もしてきた。
拡張機が声を広げる。
「この息子の親たちがナオスを殺し、私たちの目の前で息子を殺した!!まだ5歳と2歳だったんだ!!!」
「うおおおおおおぉぉーーーー!!!!!」
サダルの中にたくさんの感情がなだれ込む。一旦自分の私情を忘れ、倒れないように踏ん張るサダル。
不安で怖い。逃げないと…。とにかくここを離れないといけない。
母もクレバーも連れて行くのは無理だ。
「裏切り者と残党に!!」
そして建物に火が放たれたのだ。
その時、自分の近くに驚くほどの憎悪を感じた。
「?!」
「みんな殺した…あいつらが…」
驚きに振りかえると怒りに目をたぎらせた母だった。




