72 ZEROミッシングリンク
少し聖書の知識がいる内容です。
いろいろあれど、商店街の子供たちはサダルと仲良くしてくれることが多かった。
だいたいこの町の子なら習わされている空手道場に行き、それから塾に向かおうとした時だった。
クルバーがスーパーの中を見ながら指を咥えてじっと待っていた。家と商店、ばあさんの家の周りはいつも自由に行動している。
「おい、サダル。弟だろ。」
「………。」
目の前の道を曲がろうとすると、友達たちに止められる。
「何?弟連れて行けよ。かわいそうだろ。」
「お前、そんな事で弟無視するのかよ。」
「小さくてかわいいのに。見てやれよ。」
「………」
みんな、少し知恵の遅れた弟をサダルが煩わしがっている思っているが、サダルはその背後にある霊性に拒否反応を起こしていた。それにクレバーは………多分親族を殺した者たちの子供で、母が時々泣き出したり動悸を起こす原因だ。
でも、友達に急かされ仕方なくクレバーに近寄る。
「にーた!」
嬉しそうに飛びついて来てスーパーの中に行こうとする。サダルは仕方なく友達と店内に入った。洗練されていない昔のままのスーパー。案内されたのはまた外国のお菓子だった。
「にーた!にーた!」
クレバーは、お菓子におもちゃが付いているのか、おもちゃにお菓子が付いているのか分からないような商品の箱2つを持って、1つを兄に渡す。
「はぁ…。」
ワザと大きなため息をして、箱を元の場所に戻すが、クレバーが大声でわめきだした。また東アジアのお菓子を欲しいと言っているのだ。肉1キロの値段よりも1箱が高い物を買う理由などない。
「いい加減にしろ。」
「う!う!うっ!」
「居候のくせに母さんがお前の菓子代稼いでて、バカらしいんだよ。」
「にーたの!にーたの!」
クレバーはまた棚から箱を取るが、兄に取り上げられそうになった時に力を入れて箱を潰してしまった。
「ううぁぁ!!」
「………。」
冷たい目で見る兄と、ただ泣く弟の構図。
「…1つだけだぞ。」
「にーた。これ!」
クレバーが箱の説明写真を見せると、そこには7つ買って大きなロボになるというとんでもないことが書いてある。単品でも遊べるが、次はこれとクレバーが不器用に他の種類を指す。こういう時だけ賢いのか。買うわけがない。
さすがの友達も、レジでお菓子の値段を見て、この弟を避ける理由が分かった。友達に憐みの目で見られ、サダルはこんな商品を作る東アジアにも、こんな時期に仕入れる業者にも、子供の目線に置くスーパーにも怒りが湧いた。
「おい、それめっちゃ高いぜ。つぶれてんの箱だろ?こっそり戻しておけよ。」
「…もういい。」
子供たちがそんなことをしたと母が言われるわけにもいかないし、しょうがなく清算をする。
一度友達と別れ、クレバーを家の近くまで送る。
サダルは絶対に手を繋ぎたくないので、兄の服を握って片手は潰れた箱を大事そうに持って眺めながら歩いてきたクレバーを家の中に入れた。
「母さん?俺、また行くね。こいつよろしく。」
「こいつじゃない、弟だよ。いつからそんなに口が悪くなったの?上品な言葉を使ってちょうだい。」
嫌な奴が来ると、クソったれ、死ね!とか言う母に言われたくないが、少し上にある母の顔を抱き寄せて分かったと頬にそっとキスをした。まだ背は低いけれど、足のサイズは一気に母を追い越そうとしていた。
クレバーは箱を大事に抱えたまま、母と兄をうっとり見ている。
「母さん、今日、神学教授が来ているからまた行くね。こいつ出ていかないように、しっかり戸締りしておいて。」
「うん。弟だよ。」
道着だけ置いて出ていこうとすると、クレバーが潰れた箱を自分に差し出してきた。
「…。」
「にーたの。」
「いい。お前が遊んでろ。」
顔も見ずにそれだけ言って外に出た。
***
「そういう訳でね。世の中は運勢を占いみたいなものだと思っているが、運勢の流れは非常に科学的なんだよ。」
首都の大学から来た教授が5歳から高校までの子供を相手に講義をしている。アンタレスに留学していた、正道教の牧師資格もある教授だ。
「まず、これは既に2段階目なんだけどね。1段階の講義は前回したな。神論を毎日読むように言ったが復習してきたか?
神の本質が最初で、次に万象が成される創造があって、それから本質を形にした世界が現れ…
1つだけイレギュラーな存在が現れる。さあ、何かな?」
近くにいる生徒が指されると、その子はサッと答える。
「人間です。」
「そうだね。仏教や自然崇拝は全て間違っていないが大きな見落としがある。それは、人間だけが神の創造を固定世界で共に担うことができ、人間だけが本来全世界の家督を持っていたことだ。人間も万象の一部だが、位置づけが違う。天使も人間を通してしか固定世界に影響を及ぼせないんだよ。」
全員しんとして聞く。
「まあ、そのおかげで、人間至上主義や過度の自己賞賛、全肯定主義などこれもまた意味を取り違えた物もできてしまったんだけどね。」
「我々はいつも複合結果の中で生きている。自分には変えられないものと、今は変わらないものの中でも生きているが、今の行動が未来の結果を変えるんだ。つまり、君たちは過去の人間たちに左右されながら、そして未来の人間を左右していく。」
教授はサダルの方を見た。
「進化はある部分あっている。でも、進化は一部でしかない。
そして知られている進化の過程にもミッシングリンクにも組み込まれていない存在がある。それは何かな?」
ここの生徒でそれを知らない者はいないであろう。でも教授はサダルにそれを聞いた。
「人間です。」
「そうだね。よくできた。」
「ある意味全ての世界は連帯で、全てがひとつの大きな成長過程を描いている。そして進化だ。
でも、前時代の人間の描いていた進化はただの動物の変態しかその範囲に入れなかった。固定世界のほんの一部しか見ていなかったんだ。もちろんそこに霊性論は入っていない。動物がつがいを自由に変えれば人間もしていい、動物が同種で争えばそれは人間の姿だという。
共食いしたら共食いしてもいいのか?」
「………」
「固定世界は人類の見本ではあるが、役割や立ち位置は違うことが頭にない。そこをうまく突いたんだな。
全部を目で見える固形の世界に当てはめたんだよ。大人が手がふさがっていて、邪魔な洗濯物を足で横に蹴ったからといって、子供にそのままそれを教えていいわけでもないだろ。
進化論が歪んだのは、既存の進化論が神と人間への不満と怨みから始まっているからだよ。
進化論の提唱者は親を怨み、宗教を怨んだからね。啓蒙思想の中から生まれている。」
だからその先には暴力と破滅がある。鬱憤を晴らしたかったのだから。
「初めから答えと動機ががあったんだ。
人間を神から引き離し、動物と同じに位置付けるという…。
他者やこの世の不合理を理知と情で理解することを放棄したんだ。怨みを怨みのままにして。まあ、あの時代は仕方ない部分もあったのかもしれんがな。理不尽に満ちていたから。
ナオスがナオスを怨み、
兄であるヴェネレとユラスが、弟である旧教を怨み、
同じように旧教が新教を怨んだように…。
だから、前時代の人間たちは高度な科学の眼先にいながら、本質にたどり着けないんだ。
少し万象世界が歪んで見えるのは、万象も堕落した人間の影響を受けているからだよ。」
さらに授業は進んでいく。
「さっきの話に戻るとな、新時代にも運勢なんて信じないとテキトウに生きているのがいるだろ?
でもね、よくコップの水の話で例えられるがまさにそうだ。全てのものには臨界点がある。目の前に見える物質だけじゃない。運勢にも、心にも、精神も、霊も、地球にも、世界の流れにも臨界点があるんだ。」
「……。」
「働かなくていいと、テキトウに過ごせる期間があっても、ある日突然臨界点を迎える。まあ、器が大きいこともあるから1代では平気なこともあるんだがな。これが大きいと、財閥や企業、王家の不正、権力などだ。数代では弊害が目立たなくても、数百年、数千年経ってドカンと来ることもある。」
ユラスなどもう何度もドカンとしている。滅びない方が驚きだ。
「正道教も既存の独裁権力が相まって、神への回帰のために生まれた新宗教だしね。旧教の誕生「個の救いへの回帰」、新教の誕生「清教徒」、新教が見失った他者への理解の上で正道教の誕生「新清教徒」。
そこが臨界点だったんだ。
教会や国が人の上に立つことはないよ。最初に天の愛があって、人がいて、そこに国や教会があり、宗教は国や利他の為に自身を犠牲にしても捧げていくものが本来の世界だよ。
人身売買、性搾取、労働搾取、公害、戦争独裁とかしてたところは、ある一点で本当にドカンと来るから。溜まれば溜まる程大きく反動もすごい。だから君たちは、国がこんなふうでも愚かなことに同調してはいけないよ。先進国も同じだ。先進国家の場合戦争以上に、もっと精神的な根本の問題になる。豊かな場所で、欲に負けず利他心を養えるかだ。
ただ、賢くはなってね。優しく快いものばかりが善とも言えない。
難しい所なんだ。」
教授は自分のコップに、横にあるペットボトルの水をギリギリまで注ぎ込んだ。
「…本来、悪いものでコップが埋まっていくことなんてなかったんだ。コップが良いもので埋められれば、それは新しい水路を得て発展につながる。
我々は犠牲の種にならなければいけないが、神性そのものが悲しみの犠牲を作ることはないんだよ。
全ての人が幸せに生きるには、我々は発展して地球を土台に宇宙に出ていかないといけない。地球は未来には小さすぎるんだ。
でも、その前にこの地球で数十億人類が初期旧教のように、お互いを捧げ、お互いを犠牲にし暮らしていけるだけの精神を身につけないといけない。このまま人類が宇宙に出ても、また物質や領土を奪い合って戦争をするだけだよ。」
本当にそうだ。
人間はもう何十万年も争いの歴史を続け、まだそれに飽きない。その歴史を終わらすための謝罪すら誰一人できない。過去、数千憶人がいてもそうできるトップすらいなかった。
それが最も愚かなことだとも気が付かない。
誰への謝罪?
天に、万物に、他者に、小さな者に…
そして本来の自身にさえ。
「宇宙に戦争の種を植えるか、新しい発展の時代の種を植えるか。
どんな未来が描けるかな?
今までの人間は、空想と理想論だけの平和か、戦争の宇宙や絶対悪の人間のいる世界しか描けなかった。発展も技術も戦争が助長すると思っていた。そこからアダムとエバが出発したからだよ。発想がそこに繋がってしまう。
でも、既存人類が全く想像もしなかった未来は存在するんだ。
本来、地球限界の臨界点など来る前に次に移行できるはずなんだ。
臨界点が来るまで数百、数千年の時間があった。
それだけあれば、次の時代の用意ができるからね。
その間に科学を発展させて、地球を母体に我々は宇宙に世界を移していかなければならなかった。
前時代の人間は科学は進んだと思っていたが、そんなものは最初から人が協力し合えばもっと早く成せるものだった。太古の人間でさえ、星の位置や数を知っていたんだ。その時代の知恵があっても電気一つ、電話一つに数千年かかったことの方が本来おかしいことなんだよ。
前時代の人間は、なぜかそう思うことが少なかったんだな。小さな今いる世界に囚われていたから。」
聖典歴史の中のヴェネレ最大の統一王国の王さえも、それが分からなかったのだ。
彼が当時の西洋やユラスを統一していたら、宗教戦争はもっと早くに終わっていた。西洋東洋、全ての高等宗教は聖典に繋がっている。最初の男女だ。けれど彼は異邦の女より姦淫を持ち込み、神の望みであった統一ヴェネレをつくることができなかった。
「人の醜さも戦争も相互不理解も仕方ないという人間はね、本当の愛と本当の悲しみも知らない人間なんだ。」
本当の愛?サダル少年は心でため息をつく。何の理想論だ。何のお花畑だ?その日のご飯を食べるのも一苦労なのに。
「なぜなら、本当の悲しみを知っていたなら、本当の愛を知っていたなら、人はもう二度とこんな歴史を作ってはならないと思い、そう働いて行こうと作用するんだよ。
愛はなんだと思う?
想像もできないほど熱く、温かく、あふれてあふれてあふれ出て、そして抱変えきれないほどになって…
いつか…みんなに分け与えたいと思うんだ…。」
「ここだけの話、大麻をしたことがあるんだけどね。」
先生はこっそりウインクする。
大麻の意味を知っている生徒たちが「え?」という顔をする。
「昔はちょっとそういう人間でね。」
年寄り臭く見えた先生が、肩を見せると見たこともない風貌の鬼の刺青が出てきた。ひ!となる生徒たちと、「内緒ね」と笑う教授。
「大麻なんて問題にならないくらい…、本当の愛は人を満ちあふれさせるんだよ。」
教授はみんなには見えない、教壇に置いた写真を優しく擦った。それは亡くなった教授の娘が写る家族写真だった。
「もう、神学では何十年何百年も言ってきたことなんだけれどね、神学者や我々坊主ですらよく分かっていなかったから。」
教授は時計を見てから、生徒たちを見渡す。
「時間だね。今日は…えっと、君、この前おもしろいレポートを書いていたね。本当に9歳だとは思わなかったよ。今日は代表で君に祈祷を捧げよう。折角こんな話をしたから、今日は正道教の祈りをしようかな。」
そう言ってサダルを前に出すと、平和と祝福、そしてここにいる学生たちの精進の祈りをする。
そして静かにサダルだけに言った。
「アンタレスに来なさい。そして、時が過ぎるまでは……君が親になったつもりで見守るんだよ。」
「っ?」
ん?と驚くサダル。
教授はウインクをしてサダルの背を叩き、席に戻して「以上!」と挨拶をすると忙しそうに塾を出ていった。




