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ZEROミッシングリンクⅣ【4】ZERO MISSING LINK 4  作者: タイニ
第三十一章 はためく翼

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70 いびつな家族



「ぅぅ…うわあああああああ!!!!!」


と、サーライは揺れた声の後に突然叫び出した。


「ぅうう…うう…」


重くなった男の服を掴み、地団太を踏むように体に拳を叩きつける。

「お父様!お父様ぁ!」

そうして、地面に伏して動かなくなった母にそれでもサダルはつかまった。



しばらく時が過ぎると、そこからか泣き声が聞こえて来た。

小さな、まだ赤ちゃんの様な声。


「う、うぎゃ。うぎゃあ!」

「っ?」


声は先の女から聞こえて来た。駆け戻って声の聴こえる胸元を開けると、胸元のルバの中に離乳食を食べられるかどうかくらいの赤ちゃんがいたのだ。女やあの男の特徴も備えた。


「…お…ね……が……」

「っ!?」

まだ喋れるのか。女は顔の向きも変えることができず、サーライにすがる。

「お………願い…。慈…悲を………御…慈悲を………」

「………」

「最期の………お願い、です……。この子を……」

「……。」

信じられないという顔でサーライは見る。この女がそれを言うのか。少し待ってもそれっきり女は動かない。


「バカ!クソ!勝手に死ぬな!もっと苦しめ!!」

サーライは怒りの形相で立ち上がりサダルを引っ張りそこを後にする。


「うぎゃぁ、うぎゃっ」

でも耳の底に聴こえてくる、ヘタクソで、懸命な泣き声。



サーライは振り返ると、その女の血だらけのルバから子供を抱き上げ無言でギュッと胸に包み込む。そして、ルバのきれいな部分で拭い、腕の傷になっていたところに気が付いてペットボトルの水で洗い、ボトルの蓋で口に水を含ませた。不思議そうにサダルは見ている。


それからサダルに子供を任せて、女の周りに子供の物がないか見てから、抱き上げて自分のルバを抱っこ紐に変え歩き出した。

「サダル。帰ろう。」

「うん。」

本当のことを言うと帰り方なんて分からない。もうバス停の位置も分からないし、どのバスにどう乗ればいいのかも分からない。いつの間にかサダルが引っ張る感じになって、死体の転がる道を抜けて三人でトボトボ進む。




「おい、女!」


突然目の前に変な男が現れた。

「……?」


「…お前も生き残ったのか?」

「………」

「大丈夫だ!俺はあいつらの仲間じゃない。通りすがりで巻き込まれそうになったから隠れていただけだ!あいつら仲間割れだか何だか、ギュグニーの残党どもだ!どうだ?一緒に行かないか?」

「…。」

男を無視して歩き出すが、その男がまとわりつく。


「おい!その赤ん坊も連れて行くのか?」

「……」

「やめとけ!そいつは忌まわしい子だ!虐殺を繰り返した両親の子供だ!」

「…………」


「その子供がお前に不幸をもたらすぞ!」


「虐殺の怨みの子だ!」


それでもサーライは男を無視してサダルの手を強く握って歩く。


「おっ?お前美人だな。」

「…。」

「真っ直ぐな黒髪にも驚いたが目が綺麗だ。どうだ、街でいい暮らしをさせてやるぞ?」

でもその男はひ弱で狡猾そうで金持ちにも見えない。ズボンもだらしなくシミがたくさんあり尿臭い。


サダルが構え、サーライも走り出そうとした時だった。



少しだけ湿った朝の荒野にエンジン音がして、ユラス軍が現場に到着した。




***






商店街の心配をよそに、もう一人子供を連れて戻って来たルイブ。



あれからまた3年経ってもルイブは同じ暮らしをしていた。

ただ、後ろをつけてくる淡い髪色の子供が加わったことと、前のようにうるさく活発ではなくなってしまったこと以外。



9歳になったサダル少年はやはり頭がよかった。


ある時一気に周りを追い越し、小学校に行きながらもこの町で既に大学を出入りし、その大学ではもうすることもなくなってしまった。母より料理もするようになり、この家に潰れた目玉焼き以外のメニューが加わったのはだいぶ前だ。炊飯器も使えるし、それで煮込み料理もする。

首都の大学に行かないかと言われたが、ルイブは今まで生き残れたこの町を離れるのが怖く、サダルは母の気持ちを優先する。その代わり、時々都市部の大学から教授たちが来て優秀な子たちに教える授業に参加していた。



「ルイブ。新しい香油だよ。」

ユラス産の、この町では少々上等な化粧油だ。サダルが生まれる前からルブイの面倒を見てくれたばあさんやタイヤンの母が、乾燥したこの地で綺麗な肌と髪を保てるようにと、時々香油やバラ水などを持って来てくれていた。

「あんたは(おさ)の娘だからね。いつも気品と美しさを保たなきゃ。」


この地域では、既にルイブが族長の娘と信じている者がたくさんいた。


高貴な出と言い触れ回っていたルイブが、どう考えても圧倒的に美しかったからだ。見た目だけでなく毅然とした態度、姿勢。口は悪いが黙っていれば異国の女神のよう。

ナオス家系の遠縁から広まった、末娘が先祖返りの『バイラ』で美しい黒髪を持っていたという話。

ユラスは家系で同じ墓に入るが、末娘の名だけ墓石にない事実。


そして、容姿も性格も雰囲気も、似ていないようで似ているサダルは、人をあまり構わず言葉も少ない。でも、そこには気高さを感じさせる何かがあった。


息子を見て周りは様々な憶測を立てる。


バイラには本来なら霊性の高い者が多い。サダルは今はそれなりだが、それでもこの町では高い部類にいた。頭もよく、バイラで、町の者にはない気品がある。そして、自分は高貴な出だと豪語する母親。




でも当の息子は母親の揺らぎにどう接していいのか分からない。


連れてきた息子にはクレバーと名付け、ルイブは実におかしな接し方をした。


この子を拾った時に身元確認をされ、赤ん坊はユラス軍が引き取ろうとしたが、自分がまかせられたとクレバーを譲らなかった。ルイブの素性を知った軍はサーライごとこの家族をかくまおうとしたが、夫が戻るのを待っているから家に帰ると言ってそれも聞かない。

首都は怖い。首都でもナオス家暗殺があったことを知っている。それに…たくさんのものに怯えている。ルイブは一度、与えられた都市の生活に順応できずに逃げ出してもいた。


そして、この家庭の経過観察がなくなっているのをユラスが知り、また監視対象にされながらこの町に戻ったのだ。ただ、ユラス全体が揺れ、各地で若者や統治者をなくしたりたくさんの不安や憎悪が生まれ、国自体が管理能力を失っていた。



その上、ルイブの行動はおかしかった。


移動の時はサダルの手を繋いで歩いて行き、クレバーは放っておく。

クレバーはその後を文句も言わずにヨチヨチ走っている。


ご飯もクレバーだけ少し離れた横で食べさせられる。


寝る時もルイブはサダルを抱き寄せ、小さなクレバーを部屋の隅っこに寝させた。寝入るまで毎日すすり泣く声が家に響く。


サダルは母がクレバーを嫌っていると知っていた。母はよく頭を抱えて呻きながらおかしくなっていた。だから母が苦しむこの原因の子は、サダルが嫌悪すべきものであった。



でもさらに理解できない行動を母は取る。


毛嫌いするのに、母親が寝入ってから隅っこから這い出てクレバーがくっ付いてくる分には文句を言わない。朝起きると小さなクルバーは母か自分の足や腰に必ずくっ付いていているのだが、それを見てもルイブは無視するだけだ。


「かーた、かーた」

と舌っ足らずの子が追いかけてくると、無視するのに少し足を緩めて待っている。どこか遠くで戦いがあった話を聞けば、脈絡もなくクレバーにお前たちが悪いと怒鳴りつけるのに、最後に泣くように身をかがめて怯えているのはクレバーではなくて母であった。


そして、怯えた原因かもしれないクレバーが背中に抱き着いて慰めていても……甘えているだけかもしれないが、させるがままにしていた。先まで「来るな!あっちに行け!」と追い払っていたのに…、嫌なのかどうなのか。



そして保育園にも行かせず、勝手に出ていく分には放置するのに、基本外には出さなかった。


まだ9歳のサダルは、混乱していた。



そして、そんなクレバーはもうすぐ4歳になるが、少し発達が遅れているのではと母よりも先にサダルの感覚が気が付く。


環境のせいか、先天的なものか。


叱られても怒鳴られても「かーた、にーた」と言いながらいつも自分たちの後を追い、そしてニコニコ笑っている。人が殺し合った現場で拾ってきた子とは思えないほど穏やかで怒らない子で、不器用なのにいつも何かを懸命にしている。

今日も学校から帰ってくると、内職をする母の横でずっと色鉛筆で線を引いていたようで、ノートにはたくさんの弱々しくくねくねした線が重なり何色か分からなくなっていた。自分の機嫌を取っているのか、それを見せつけに来るので、サダルは無視をする。母と同じで、この子供も理解しがたい。4歳ならもう塾に通う子もいるのに。



「にーた、かっか。かっか。」

そうやって「かっか、かっか」と言うのはお菓子のことだ。


好き嫌いが多く、ほとんどの野菜も嫌いでパンも白パンしか食べないのに、お菓子をねだるので頭にくる。母は固めの黒パンが好きなので本当はそれを買いたいし、野菜は内職業者が余りや形崩れをくれるのに、高いオリーブ油を使ったドレッシングを掛けたトマトしか食べないのだ。塩でいいだろと思う。


お菓子に関しては、商人がくれた東アジアの子供のお菓子を気に入って、駄菓子とは思えないほど高いのにいつもくれと言ってくる。それは口の中で消える、薄っすら色の付いたラムネだった。

似たお菓子はユラスにもあるのだが、貰ったお菓子は動物のプリントで梱包され、ラムネの形も車や星や動物で色合いも香りも上品。なので、それを貰ってからお菓子に関しては我が儘しか言わない。そして、そのビニール梱包を大事そうに集めている。


極めつけは母ルブイで、内職のお金をもらってくると、アジアのお金で100円もしなさそうなそのお菓子を10倍の値段で買ってくる。


これではお菓子の為に内職をしているようなもので、食事中クレバーを無視し皿も投げつけるように渡すくせに、こっそりお菓子をあげている母はなんなのだと思う。

こんな紛争中にそんなものを仕入れに持ってくる商人にも頭に来るし、家計が把握できず計算もできない地元で有名な母にそれを売る店にもイラついた。


言い聞かせても母は同じことをするし、商店の人たちも保育園に行かせてもらえないクレバーにかわいそうだと、またお菓子をあげる。保育園は補助金で運営されており、多少いいお菓子も入る。そして、余計なことに保育園はクレバーにお菓子や教材、教科書をあれこれ持ってくるのだ。そしてまた贅沢を覚えていく。


クレバーは機嫌取りでなく、純粋に笑顔で「かーた、にいに。」と、貰ったお菓子を口に入れてくるのだが、サダルはこれだけ冷たくしているのに懐いてくるクレバーの心理が分からない。自分ならこんな扱いをされたら、兄であろうが足蹴にして永遠に嫌うであろう。


お菓子は嫌いではないが、なんだかバカバカかしくなる。そしてイライラが収まらない。




少年サダルは感覚だけで気が付いていた。


母も、この子供も、正直自分の感性に合わない。



お菓子や食べ物だけでない。そういうことが多々あるのだ。


「サダル。弟にはもっと優しくしろよ。」

頭にくるので、そう言ってくるタイヤンも無視するがしつこく声を掛けてくる。

「サダル…。俺の家に住もうぜ。一気にじいちゃんおばあちゃんもできるぞ。ひいばあちゃんまで!」

「僕に言わないでよ。」

「…お前のオカンが頷かないとな…。はあ…。」


そうやってサダルの少年期は、一家庭のイライラ立ちだけで過ぎていくと思っていた頃だった。




タイヤンやその家族たちは、この一家をどうにかしないといけないと思っていた。


ルイブだけでなく、サダルもバイラで目立つ綺麗な顔立ちをしている。今までみんなが巡回してこの家族に変な虫がつかないようにしてきたが、商店外れのこの地域にも、紛争で家をなくしたり逃げて来た人々が前より多く住み着くようになってきた。素性を知られたくないのか不法に滞在するものも多い。知らない者が多く流入し、誰が誰かも分からない。


町自体が苛立っていた。





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