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ZEROミッシングリンクⅣ【4】ZERO MISSING LINK 4  作者: タイニ
第三十章 曼荼羅は描く

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65 現れた三男




――――あの人の声がする。



大好きだったあの声なのに、もう自分の中では薄れて失ってしまった。



『ムギ、絶対にアジアに行くんだ。』


『ここもアジアだよ。一応。』


『屁理屈はおしまい!

どこがいい?観甲(みこう)貝御岐(かいおき)?テレスコピィ?それとも東に行くか?兄たちも僕も尊敬する人がアンタレスにいるんだ。そこから、アクィラェ(ここ)を守るんだよ。方法は1つじゃない。』


『………。』

『不満そうだな。』

ニッコリと笑うその人はムギが初めて仲良くなった外国人だった。


『…シュルタンさんなんて大嫌い。私のことなんて何も知らないくせに。』

『知ってるよ。アクィラェのかわいい巫女さんだ。頭もいい。』

『巫女なんて年齢さえ合えば誰でもなれる。それに…トゥルスでもできるのに、私だけもう算数が分からない…。都会に行ったらもっとビリだ。』


小さな宮の周辺を掃き掃除しながらふくれっ面をするムギを、姉巫女も笑って見ている。地域長だったムギ父の家に、年齢の合うムギがいたので選ばれただけだ。



『アンタレスに行ったら、実菜さんと一緒においしいものを食べに行こう。他に女の子は何が好きかな?ワンピースとか買ってあげるよ!この前テレスコピィに行ったら、すっごく派手で果物柄のワンピースが流行ってたんだ!きれいな服のことだよ。』

実菜さんはお兄さんと同じスタッフだ。でも、ムギは寒い目で見る。いくらムギでもこのネット社会。街の風景や都会の人の着ている物くらい見たことがある。そんなの着るのはチビッ子だけだろうと呆れた。



『乳と塩に漬けた干し肉だけで生きていくからいい。ワンピースもいらない。何もいらない。先祖の土地を守りたい…。』


『……でもね、きっと周りは変わっていくから、そういうことを知っておくこともこの土地を守ることに繋がるんだよ。議事堂や国際センターもあるし、ランチをしながら案内するよ。』



初めて見た外国人のお兄さん。最初は嫌いだったけれど、今は少し………かっこいとムギは思う。


遥か遠く昔なのに…笑った顔が昨日のことのようだ。






――嘘つき



そして、あの人は嘘つきだった。


買い物するって言ったのに。案内するって言ったのに。追い駆けてくるって言ったのに。







「リンー-ーー!」



誰かの声が響くのに、ムギはもうそこにはいない。






協定締結会場は、静まり返る。


「リンっ!」

テニアは下手幕から飛び出し。どうにかムギの後ろに回って、頭と背中を打ち付けないように倒れ込む体をギリギリで支えた。


焦った北メンカルの議員はサインを促す。

「早く。ここにサインを!」

会場は全て録画されているのに、サインの入った証書だけでも持っていけばいいと急ぐ。


「うわああああああーーー!!!!!!」

また怒涛が響く。決議を誰にも邪魔されるなという声と、人が倒れた…死んだかもしれない横で締結など不吉過ぎる、非人間的だとも、たくさんの言葉や意識が渦巻く。


横で人が倒れたのに、ほしいのはサインだけだ。




「さあ!」

北メンカルが急かした時だった。



「待て!!」



先の裏に入って来た一行に守られて、褐色肌でストールを首に巻いた男が武装兵たちと舞台に出て来くる。

その姿に驚く現地長。

「議長?!」

「その協定は聞いてない。」

会場中が議長と呼ばれた男の登場に静まりながらも騒めく。倒れ込んだムギを支えるテニアも足元で様子を見る。


「まずは、巫女殿を安全な場所に。安心して下さい。何もしません。」

テニアは迷うが舞台下でアリオトの同志たちがOKサインを出していたので、担架を持ってくる男たちにムギを任せる。

「…議長…、この子………。心停止しています………。」

一瞬顔をこわばらせるが、行けと冷静に指示を出す。


「長老は治療に。」

「は!」

舞台下の貴賓席の年配が立ちあがって、舞台上の男に引き上げてもらい付き人と舞台裏に回る。ムギとテニアは数人の男と控室に戻った。一気に応急処置体勢になる。




会場では褐色肌の男が現地長を問いただした。

「現地長。これはどういうことだ。ガーナイトの最終決定権は私にあるはずだ。」

「…議長っ………」

舞台に緊張が走る。


現地長に全ての権限があるわけでないが、代理できるものもあるし、彼の許可によって一時的にでも北メンカルが侵入する言い訳になる。


「仕掛けたのは父か?次兄か?」

「王父のご命令で、フェルガド王子が………」

フェルガドは王父についている兄のことだ。

「………。」

褐色肌の男は演説台にドン!と縦に銃を打ち付けると全員を注目させて、北メンカル王族派の議員に向いて続ける。

「南と西の中立地帯に軍が配備されているが?経済協力などの協定会議に必要か?」

「…っ!」

会場がさらに騒めく。


「ヴェガ山脈下のビオの森にも現在軍がいる。こっちは特殊部隊だな。」

「…っ?!」

そのことを議員たちは知らなかったのかかなり動揺し始めた。メンカルの最北、ギュクニーの部隊であろう。

「両方とも密林や森で衛星からも確認しづらかったがビーが捉えている。南メンカルを動かすのに時間がかかった。」

ビーは小型の飛行型ロボで、迷彩を施した軍の動きを撮影していた。

 

「協定は決裂だ。」

「タイイー王子っ!北メンカルのためです!!」

「………腐った王族のな。まあ、自由圏も腐ってはいるがここよりは…ましだ。いずれにせよ、一旦会議に回す。」


褐色肌の男は北メンカルの王族で、自由圏寄りの現王の三男タイイーだった。




***




アジアライン共同体のメンバー数人がムギの元に来ていた。既にいくつかの蘇生を行っているが、体は動き出さない。


「心臓が止まって何分になる?!」

「もし立っていた時点で既になら…10分15分は経っているかと…」

「瞳孔は?深冬眠の可能性は?!」

深冬眠は、危機に際し一時的に自身を仮死状態にする体の特性だ。ただ、蘇生や生命維持をしなければ早々に死ぬ可能性もある。


「分かりませんが、こんな暑い場所で体が冷えすぎています。」

「断食をしたせいか?」

「断食する前からかなり痩せていたからな………。」

同行した女性メンバーも泣きそうな顔で見ている。

「長老。霊線は?!」

「…まだ本体は見当たらないが、線は繋がっている。」

周りはホッとするが、体まで蘇生するかは分からない。死んでも霊線は数日繋がっている。

「祭司の代わりになって、断食を終える祈祷を捧げよう。彼女の決めた期間は?」


同志が代わりに答えた。

「協定が破棄されるまでです。」

「分かった…。」


決意を込めたように言うと、長老は昔の言葉で天への感謝と永遠のこの身の献上の祈りを捧げた。そして今度は、また感謝と共に新しい息吹を貰う言葉を紡ぎ、ムギの額に手を当て代身の祈りを捧げる。清めた数粒の塩と水を近くにあった紙コップに入れ、少しだけ口に流した。


すっかり霊性や神性をなくしていたメンカルの若者たちが怪奇な目で見ている。

「複雑なことじゃない。ただ、生命の全てに感謝をささげただけだ。」


「ここに他に霊性師はいるか?」

長老が聞くとテニアがムギの手を握る。

「私が少しなら…。霊性を送り込みます。」


「鳩…。約束を守れるか…………」

テニアはなぜムギを止めなかったのかと思うが、同時に後悔はしていない。多分止めることはできなかったし、警護だけで本人の仕事には関与しない約束である。



ムギは知らないが、ガーナイトにも昔の僧たちの足跡がまだ残っていたのか。数人がムギと共に(がん)を掛けて一部の好物断ちや断食をしていた。



彼らの家族たちが、今回亡命していたガーナイトの長タイイー議長を秘密裏に陣営に戻したのであった。


そして、彼らは南メンカルを説得し、西アジア軍も共同で動く約束を取り付け、南側にも南メンカル軍を配備し締結直前に戻って来たのであった。タイイーは事前に南メンカルの仲間たちも会場に送り、ムギの演説の時間に陣営に到着した。




***




ユラスの夜は、流れる雲と月明かりの輝く日だった。



一旦テニアのことは保留になったまま総議会は進んでいく。


今後の話、そしてベガスの事、外国であるアンタレスと拠点としているチコのことも話し合った。テニアは大きな仕事があって、明日の早朝に連絡が来ることになっている。



そんな夜中、既に人々が寝静まる時間。



東南の空を思いながら、深夜までチコは祈っていた。

議会に差し障ると、チコにはメンカルでの出来事は詳しく知らされていない。



それから従事に声を掛けられてサダルの元に行って焦る。


ベッドで呼吸不全を起こしていたのだ。

チコはサダルの背中をそっと擦る。

「ハッハッハッハ…ッ」

「大丈夫落ち着いて………横にいるから………」

それだけ言って、身をかがめているサダルを見守る。


主治医と、生活面を見ている従事もこの状態が収まるまで静かに見ていた。

「はぁ、はぁ…」


しばらくして症状が落ち着くと、チコはサダルに聞く。

「水飲む?」

サダルは目を閉じたまま首だけ振って、チコの手を握ってまた寝てしまった。大量の汗を簡単にふき取る。眉間にも皺が寄っているので、チコはそっとそこも擦った。


この強化メカニックの手にも、シリウスの様な人間っぽい温かさがあればいいのにと思うことが、少しだけ皮肉で笑える。今のいつ怪我をするか分からない生活で、生物性に完璧を求めても仕方ないので、チコのメカニック部分のコーティングは内部まではヒトらしさを保ってはいない。



そっと手を外して、寝室の外に出る3人と護衛の1人。チコは軽いガウンを服の上にまとい、主治医はこれまでの症状を話して薬を置くと先に私室を出て帰っていった。


「いつから?ベガスにいた時はこんなことはなかったけれど、そんな頻繁にあったなんて…。」

主治医が2、3日おきに起きていたと言っていたのでチコが従事に尋ねる。

「そうなんですか?こちらでは議長職を復帰されて、数か月ほどしてからこんな感じです。最近は少し落ち着いていたのですが……」

「私と………ユラスにいるせいかな…。」


散々だったユラスでの新婚期を思い出す。好かれないを越えて、明らかに嫌悪されていた。生理的に受け付けないとかいうレベルだ。


「…いえ、多分御母上のことではと…。」

「サダルの?」

「ええ。お聞きしていませんか?」

「ナオスの生き残りだったって言う事?」

一族が虐殺にあったことのせいかと思うが、サダルが経験した訳ではない。知らないのか……と、従事は護衛と顔を合わせる。


「何だ?言え。」

「サダル議長はあまりこの話をされるのを好まれないので、ご本人から確認いただいた方が…。」

「いい、言え。命令だ。私が責任を持つ。サダルは話したくないんだろ?」

「…。」

「今、目の前でパニックを起こしていたのに、後もくそもない。」



今日も夜空が明るい。暗い闇がそれでも光となってチコたちを上から照らす。


少し困ったように、でも少しだけ気持ちを落ち着ける時間を持って、従事は話し出した。




「目撃者が多かったので有名と言えば有名な話なのですが、少し昔の事ですので…。


議長の御母上は、議長のいた目の前の建物の中で焼死されています――」






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