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ZEROミッシングリンクⅣ【4】ZERO MISSING LINK 4  作者: タイニ
第三十章 曼荼羅は描く

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64 死人の演説



協定会場はひどい熱気で、エアコンも効いてないない。


大型の送風機が数か所に置かれ、南メンカル企業がたくさんのペットボトル水を差し入れしている。


講演台しかない舞台の下にはプラスチック椅子が大量に置かれ、すべて埋まって立ち見もすごく、子供女性は危ないと成人男性しか入ることはできない。北メンカルの王族派や隠れたギュグニーらしき勢力だけでなく多くの人たちがいて、ガーナイト住民と取りらが多いのか分からないくらいだった。


(はん)』入りの数台の男性型ニューロスも、警備に当たっており人々の視線を集めていた。


前方に申し訳なさそうなほどに貴賓席があり、数人の各幹部が押し込められている。



「では、協定締結の場に移ります。」


司会が進めようとすると、ブーイングも歓声も起こる。暴動が起こらないのは武器を持っている抑止力だろうか。それも誰かの憤慨一つでどうなるか分からない。



「お待ちください!」


そこに入って来たのは、アクィラェの羽織を羽織り、腰ひもを巻いたムギであった。小さい拡張機でも、場に合わない女子の声に会場はざわめきを残しながらも静まる。出て来たのはガリガリの子供。

ムギことリンは、ガーナイトの現地長と北メンカルの議長の間に割って入った。


「どういうことだ。あいつらは壇上入りできないように警備をやったはずだ。」

幕裏には入れないようにしたはずなのにとガーナイトの一群が戸惑っているが、ムギとその裏に控えているテニアには正規の訓練をしていない兵を制するのは難しい事ではなかったし、統率が取れていないのか裏方はザルだった。お互い誰が誰かも分からず、相手も迂闊に手を出せない様子でそのまま入って行く。


会場がうるさいままなので、早く話しだけさせて退場させようと司会が聴衆を沈めた。いずれにせよ、外部人も含めれば締結賛成派の方が多い。

 

熱気と低い怒涛、男臭さ、世界が浮いている感じがするが、リンは気を引き締める。



「この締結は、まだ機が熟していません。」

リンが叫ぶと歓声も罵倒も飛ぶ。

「少なくとも、父王(ちちおう)の生誕祭まで待つべきです。私はアクィラェの最後の姉巫女です。今は星がよくありません。」

会場がさらに騒めく。父王とは現北メンカル王族派の王で誕生日は3日後だ。騒めく聴衆。



リンはガーナイトにとって困った人物であった。


一部の人間から見れば、アジアライン共同体はただの若造たちの集団だが、彼女のバックには『(あか)』の女がいてアジアやユラスが付いている。そして、神も仏もない、分裂し誰の言うことが正しいのか分からないガーナイトの少なくない人々にとって、心の拠り所にもなっていた。


命を呈してまで生かす気はないが、だからといって殺すこともできない。死なせるつもりはないが、万が一北メンカル側が手を掛けようとした時は、守らなくてはいけない。誰が呼んだのか、ガーナイト側が呼んだことになっている。


今までそれほど大きくは出なかったので、北メンカル側はそこまで気にしてはいなかったが、こんな場を邪魔されたらこの巫女を暗殺をする可能性もあった。


巫女らしく言い切るリン。

「父王の生誕祭が最も締結に良い日です。」


「何を言いますか!父王の生誕祭にこの締結書を献上することこそが最もよい献上品ではありませんか!」

「その通りです!皆様もどう思われますか!」

「しかし、3日くらいなら待ってもいいかもしれない…。」


様々な声が上がるその会場を、壇上の下手から見つめる男たちがいた。朝にガーナイト入りして二手に分かれた一群だ。同じ場所にいたテニアは構えるが、相手の1人があるものを示すとテニアは驚いてその一群を見入る。


「父王の今年の誕生祭は申し訳なくも、日の悪い時。その日の締結を変えることで運の変化あり、父王を良き変化に導くべきです。今日結ばれた締結は吉には転じません。」

会場が騒めきだすものの、ムギは星見などできない。ムギの姉巫女に習ったが、ムギにはあまり向いていなかったので用語を知っているくらいだ。



これはムギの勘だが、既にガーナイト真上には北メンカル軍が控えている。

懐柔という段階の前に、初めから軍を投入するほど北メンカルもバカではないと思いたいが、そのさらに南にはギュグニーがいて、彼らは北メンカル以上に常識がない。もう彼らも準備をしているのだ。



森向こうの動物の騒めき、川の変化、水の濁り。


中央の山岳と熱帯のここでは違う感覚も多く、それでも感じる空気の変化。

これまでの実質的情勢。


誰も信じてくれないだろうが、ムギの中では確信に近い感覚。



ガーナイト陣営の外に、既にギュグニーがいる。



「昔話をしましょう。


森の動物たちが騒めいています。彼らの寝床に客人がいるからでしょう。おそらく三狼の末弟の群れです。村に残された女手だけでは手に負える狼ではありませんでしたが、隣の隣街から、町には狩人たちがやってきました。郊外の畑をしばらく手伝って耕していたのですが、そろそろ狩りの為に出掛けたいのです。」


聴衆が疑問や不満をぶつけても、リンは手で制しながら話を続けた。話す少女の話が少し人離れして、ひどく不気味で。少しだけまた聴衆が釘付けになる。


「おい、大丈夫か?」

ムギの話を聞きながら、貴賓席の年配の長老が隣の補佐に耳打ちしている。

「何がでしょうか?」

「…あの子、死んでいないか…?」

「?」

「魂と体が既に離れていないか?」

「…は?」

補佐がアクィラェの巫女を見ると、その少女の目はどこに視点が定まっているのか分からない。


「あの体は、既に空だ。」

「?!」


テニアも異変に気が付いていた。霊と体が一致していない。

霊性を感じるテニアは分離しかけている霊を見分けるが、体そのものの異常までは下手(しもて)から見える横姿だけでは見分けられない。

だが、今ここで、リンを下げれば協定を締結させてしまうだろう。


リンは虚ろに続ける。

「もう少しお話を続けますか?星が見ています。」


「…?」

「下がれー!!!」

「何をほざいているんだ?!!」

熱気と興奮、埃や雑多な声に紛れた多くの聴衆たちに、昔話など何のことだと考える余裕はなかった。

メンカルに狼はいない。



でも、一部の人々にはそれがギュグニーの一派だと分かった。隣りの隣街…西アジアのテレスコピィだ。狩人…ユラス軍が駐在している。


周りが疑問と興奮に溢れて締結が進まない。

一人の少女が、女性が耐えられるような熱気でも罵声でもない場所にムギは立っている。



ムギはまた視界が揺らぐ。いや、既に視力では見ていない。

ムギに霊性師の様な霊感はないが感じる。誰かが引っ張っている。


自分の意識を。


この森で、小さなジャングルで亡くなった人々の亡霊か。あの人の霊か。


でも、軽くなり過ぎた体と踏ん張りの効かない足が、もうそれに対抗できない。

そもそも足を感じない。体を感じない。

そのことすらもう意識になく、それでもリンは話しづける。ただ機械のように。


締結を伸ばせられればいい。一秒でも。




誰か、


手綱を握って。



この締結を切る最後の紐を。



もう切れたら終わりだ――――



だから―――





「どくんだ。」

北メンカルの議長の側近が、少しだけムギをずらし、そのままサインを求めようとした時だった。ほんの少しの力でムギの体が後ろに傾く。



そのまま、後頭部から後ろに倒れこんだ。




***




ユラスは、テニアの話を出せないまま、午後の族長総会議のミーティングが始まる。


少なくとも、バベッジ族には話すべきか。休憩時間に控室に付いた時だった。



腹心がサダルに耳打ちした。

「テニア・キーリバルが見付かりました。」

「?!」

誰もが驚く。


「ムギといます。」

「ムギ?!」

チコが戸惑う。

「アジアライン共同体か?!」

だとしたら今、ガーナイトだ。カストルたちが南メンカルにいる。


サダルが聞く。

「どうやって分かった?」

「カーフが連絡を取りました。」

「カーフ?」

「なぜカーフが?」

カーフが学生や教育繋がりでアジアラインの仕事をしているのは知っていたが、なぜテニアを?

「連絡したらそこにいたのか?」

普通、連絡くらいでおそらく雇いの護衛であろうテニアのことまで知れるものなのか。


「ファクトが知っていました。」

「…??」

目を丸くするチコとその周り。なぜまたファクトが?

テニアも仕事なら、しかも危険国家である北メンカルに関わることなら一般人に知らせることはあるまい。ムギも言わないであろう。


「とにかく行こう!」

チコが一気に顔を引きしめドレスを舞い上げ立ち上がるが、サダルが止める。

「チコ。チコはダメだ。総会議優先だ。」

「…でも…」

「それはチコの役目ではない。」

納得いかなそうに座るが、その意味は分かる。今はこの場を取り仕切る立場だ。アセンブルスがチコに説明する。

「カウスを行かせています。」


口元に手をやって考えていたチコは、ふとその言葉に顔を上げる。

「カウスを行かせたのか?」

オミクロン族が別室にいる。兄と弟が亡くなったのもアジアラインとその付近だ。行かせたくなかったが、カウスはテニアと面識があるため本人も望んだ。


「何かあっても、カウスを前面に立てないように。」

チコはそれだけは言い聞かせた。



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