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ZEROミッシングリンクⅣ【4】ZERO MISSING LINK 4  作者: タイニ
第二十九章 麒麟は駆け抜ける

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50 デジタルコカイン



北メンカルの最南。


リンことムギの一行は、呼ばれて来たのに話が違うと怪訝な空気になっていた。


民主寄りだったガーナイトはモーゼスの発表で気が変わったのか、何を思ったのか北メンカル、イェッド政権との再同盟を示唆し出した。ギュグニーがバックにいることを知りながら。


テニアは気を引き締める。向こうが『(あか)』を出せと言ってきたのだ。



ムギは大人たちを相手にひるまない。

「現段階で、自由国家側はギュグニーが経済を握るとは誰も思っていません。確かに今、ベージンはSR社をしのぐ勢いで売れていますが、性能や市場が転換することはまずありえません。紫綬の幅も違うし、博士勢も差があり過ぎるし、付いている企業や後援が違いすぎます。」

大型組織やお金のある企業はSR社からまず乗り換えない。小規模メカも耐久性や性能が違い過ぎる。そして、万が一情報が流れるにしてもメンカルやギュグニーよりは、SR社や東アジアの方がいい。いずれにしても、それなりの企業秘密は製造元に漏れるのだ。


一般層には手軽で安いベージンが良いのだろうが、市場がひっくり返ることはないだろう。

「廉価ニューロスアンドロイドという一面だけでは、SR社の基盤は揺るぎません。」

世の中を知らないのか。その他の精密機械、大型機械製造やその現場はSR社のほぼ独壇場である。他メーカーでも、根本部分にはSR社のシステムが入っている。



「SR社は保守過ぎる。」

「世の中が求めているものが、パートナーであるヒューマノイドなんだろ。」

「彼らが人間の隣人であることは否定しません。でも、一線を越えたら、それは必ず次の代に挽回できない禍根を残します。」

ムギははっきり言う。


これは、人間の、人間が守るべき倫理から見た話だ。


人間とそれ以外の万物の一線が分からなくなった人類は、次はもう滅ぶ。

その意味が分からない人間は、次の時代には進めないだろう。



「それに彼らには、未来への実質的な計画が何一つありません。」

「アンドロイドとの理想的な案を全て提示しているだろ。今、連合国はアンドロイドの個人所有を規制している。ひどい独占的な話だ。」

一定以上の機能を持つアンドロイドを個人所有することはできないのだ。少なくとも今の時代の人間は、その一線が分からないし、欲が出たら制御できないほどまだ途上だ。


「理想?絵物語な世界を?

そんな個々人が個々人で満足する世界を、地球中にバラまいたらもっと世界の分裂が進みます。絵物語に収めるべきです。」

「連合国はSR社中心に支配世界をもくろんでいると。」

「………。」

言う事がなくなるムギ。なぜこんな話に立ち戻ってしまったのだ。


だったらギュグニーに支配されたいのか。それとも、ギュグニーを支配できるとでも思っているのか。独裁政権に自分たちだけで逆らうことも、独裁政権になることもできない彼らに、自由があるとでも思っているのか。



少なくとも、シャプレー世代がいる間はそんなことは起こらないだろうし、霊性が発達している今、独自で人と争わず、的確な判断をしていく人間も増えていく。


それに、短絡的な考えは開け透けて見えるのだ。今後シャプレーがいなくとも、他勢力がそれを防ぐであろう。


少なくともユラスが仲間に付き、ヴェネレの一部との霊壁も撤廃されている。



けれど、自分たちが生きてきた時代感がある、大人になってしまった世代には、時代の変わり目が知性と感覚として分からない。


世界はただ統合統一されているわけではない。

人間の認識そのものが変わっているのだ。次の時代と、次の次元に。



聖典は語る。

新しい革袋には、新しい酒を入れるべきである。


それが、次の時代への通行手形であり、切符だということに気が付いていない。

惜しむ者は、肉身が生きていたとしても、その霊は時代と共に消えていく。




「今作るべきは、アンドロイドに心身を支配させる世代ではありません。いち世界は支配できるでしょうが非常に刹那です。今までの経験上、彼らは最後にアンドロイド虐待や違法量のデジタルマリファナから、デジタルコカイン、ヘロインに陥る可能性が高いです。一気に大きな破滅は起こらなくても、個々で弾けていきます。」



そう、なぜか改革派はアンドロイドを大切にしていたはずなのに、ある時突然、もしくは徐々にアンドロイドを支配しだす人が多いのだ。ただ部屋に閉じ込めるだけでなく、不気味な化粧をさせたり、人工皮膚をはがしてしまう者もいる。


最終的には、違法とされている解体、異形接合を行う者もおり、その心理も既に多く研究されている。


しかし、彼らはリンに怒りを表す。

「アンドロイドに心身を支配されているのは連合国だ!」

総合的な情報や知識が違うため、リンの話は通じない。違う切り口で説得の道を探すしかなかった。





ムギは、まさか自分がアンドロイドの話をしなければいけないのかと、予定外のことに呆然としてしまう。そこまで詳しくはないので理論的に説得ができない。

「すまなかった、ムギ。ベージンが動き出した時点で想定すべきことだった。」

ムギたちが長くいたために、治療を終えてガーナイトに入ったアリオトが頭を下げる。ガーナイトの議員クラスがまさか北メンカルに唆されていたとは。


アジアンラインの国々は、基本メカニック社会に疎く、経済も弱い。


そのため、一見楽に説明ができそうだが、世論を操作したい側の意図にも簡単に乗ってしまう。巫女として来ている子供のリンと、いかにも最もなことを言う社会強者の多勢の大人たちとではどうしてもリンの方が弱くなる。

ただ、北メンカルは情報規制統制ができていないので、良い悪いどんな意見も情報を得ることができ、救いはそこである。実際ガーナイト側も、意見が分かれ始めていた。




「リン、大丈夫か?」

テニアが心配そうにリンの顔を覗いた。非常に元気に活動しているが顔が完全にこけている。


テニアはファクトから、リンに関して2つの約束をお願いされている。


1つは絶対に人を殺させないこと。

もう1つは、健康的な安全の確保だ。


それがチコの望む事でもあるから。



リンはガーナイトとの会合の後、一度休息に入らせるつもりだったのに、本題にも入れないし帰らせてももらえない日々が続いている。もしかしてはめられたのか。

半分野戦地域の様なこの陣営。向こうもリンを気遣って牛血のスープや根菜などの栄養食を出しているが、喉の通りは悪い。この間もリンは居住地に出て住民の生活を見ていた。


主権がどっちつかずのガーナイトは、発展しているようで中身のない町々が点々と広がる。人々も非常にプライドが高く、説得には苦戦することもあるが、それが北メンカルやギュグニーにそのまま取り込まれることのなかった要因なのかもしれない。


時間がたくさんあるので、町人とボウフラの駆除をしながら視察をしていく。子供たちが興味深そうについて来ていた。子供を背負ったお婆さんや店の人々は明らかな警戒を示し遠巻きに見て、話し掛けられた時だけ慌てたように答える。


「ねえ?巫女様。この水飲んでいいの?」

「沸かせばね。壺や外にあった水は絶対にそのまま飲まないでね。こっちは()してから。」

子供たちは共通語が話せるので助かる。アジアライン共同体がずっと基本教育をしてきたからだ。これだけでも、この世代からは変われる可能性がある。

「水道いつ来るの?」

「もう少し掛かるかな。」

ムギは笑うしかない。実は5世代前から同じ話をしているのだ。


今までできなかった生活調査をして、持って来た医療薬を信頼できる指導側に渡す。街の薬局はいつの薬か分からないものばかりで、しかも包装が開けて置いてあり、本当に薬の種類が分かっているのかも疑問だった。熱帯に近い気候なので、看護資格もあった女性のメンバーが、温度調整庫に入れていない練り薬の状態を見て廃棄するか調べていった。


その他の時間は、学校から帰って来た子供たちに和道系の武道を教えた。



ムギは感じる。


町の雰囲気は悪くない。誰かを待っているのだ。希望と共に。



「リン、どうする?ユラスに繋いで一度帰った方がいい。」

「…待って。兄さん、もう少し。もう少しだけ待って、小さいコミュニティーごとに地域を回ろう。兄さんは、その腕であまり無理をしない方がいいから。」

ここは暑すぎる。銃創が膿んだら元も子もない。


しかし、周りはムギの方が心配だ。

健康的…とは言えないな…とみんな思っているが、


ムギの浮世離れしたその姿も、この地の一般人にはそれが威厳に見えた。



ムギは今動かない方がいいと感じる。ここを制されてしまったら、ギュグニーの後ろ盾を持っている北メンカルが自由南メンカルと一気に繋がってしまう。ガーナイトは北と南の間にある防波堤になっていた。




***




今日は小雨。一部エントランス以外全てが塞がっている第3ラボも、この棟は解放され外の風景が見える。



シェダルには結局、一般的な男性の手脚が付けられることになった。常時は一般形で、必要時のみ戦闘型にもなるため強度はある。なお、取り敢えずラボにいる間は脚は普通の義足だ。ベッドでは外すが今リハビリもしている。



退屈過ぎたシェダルは、図書室にあった様々な絵や写真集をベッド横に山積みにして見入っていた。ワゴンで運び、スタッフも手伝ってくれる。


SR社にいるアンドロイドたちの見た目がおもしろいと言っていたので、響がデザイン集などを持って来たのがきっかけだ。


さすが元がメイク会社というのか。あらゆるデザイン書籍が揃えてあった。


メイクから化粧品そのもののバリエーション、色、素材。

カラー表。色調見本。

人種学、衣装、装飾などの生活歴史、各地域の風俗。

家具、宗教、建築様式、植物、鉱物、宇宙、ミクロ世界。

装丁、梱包デザインから様々な本が置いてある。



それから伝説上の生き物。


そこに響の世界にあった、五色(ごしき)を見付ける。

五行思想の五色。青・赤・黄・白・黒。


あれ?でも響の世界は緑っぽいのも多かった。

「青?緑?」


そこで、また本を持って来た響が静かに答える。

「青は緑でもあるんだよ。東洋ではいくつかの国で植物の緑を『青』と言ったの。」

「?青は青だろ?」

「そう。でもね、『青々しい』とか、『青い葉』とか。感性の世界なのかな?若い、未熟なことも『青い』って言うの。でも、これは蒙古斑からもそういうのかな?あと、萌え出た葉も枯れるまでは青いからね。

まあね、そこで生きてみれば、意味の分からないその言葉がしっくりする瞬間(とき)もあるんだよ。」



「………?」

シェダルにはよく分からない。



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