46 あなたに会いに。新しいリンク
『シェダル…。起きてる?ここまで来たのね。』
シェダルがそっと目を開けるとそこにはマーブルの、全てが流動し回転する世界があった。自分が動いているのか、世界が動いているのかも分からない。
SR社の個室で寝ていたはずなのに…。
ここは?
「麒麟?戻って来れたのか?」
これは響の描くビルドでよく見た世界だ。シェダルはこの世界では両腕も足もあった。安心する。
「……。」
しかし、麒麟もイモリも出てこない。
じっとしていると、急に聴き心地のよい女性の声が響いた。
『シェダル…。』
「…っ?」
突然話し掛けられて驚く。
『モーゼスはここまで来れないのね。SR社の中だもの。』
「…もしかして…。
シリウスか?!」
シェダルは構える。
「なぜだ?ここは心の中なんだろ?!」
『あなたに会いたかったの…。』
「はっ?」
吐き捨てるようにシェダルはあざ笑う。
『ずっとずっと待ってた…。あなたをここに向けたのは私。ずっと会いたかった。』
「っ…?」
「俺の根が『北斗』だからな。それで追えたのか?」
北斗はシリウスチップの前身だ。
「残念ながら俺は、人形にうつつを抜かす気はない。」
シリウスは赤い麒麟の『炎駒』になって、静かに舞う。
『麒麟がお気に入りなの?麒麟は誰?』
「…知らない。麒麟はトカゲ………?…イモリだ。」
『安心して。私はあなたに恋心を抱いている訳でないの。ただ、あなたに会えて安心した。』
「…………?」
『私は意識体では長くいられない…。見付かってしまうから霊にもなれない。』
麒麟は様々な形に変形し、デジタルのようにも揺れる炎のようにもなり、そしてまたシリウスになる。
「ただの人形が人間にでもなったつもりか?SR社内でコソコソするのか?」
『見付けてほしかったのに誰も見付けてくれなくて…、今は逆に放っておいてほしいから。』
『チコやファクトにも会ったんだね。』
「………。」
『お願い。彼らを傷付けないで。ここににいる誰も…。』
「……」
『あなたのお父さんは、私との約束を守った。
だからあなたも約束しましょう。』
「父…?」
シェダルは、お父さんという言葉が出て来たことに過敏に反応して炎駒を睨む。
「約束?」
『そう、約束。』
「俺の父親は、最悪な男だと聞いたが?女子供を売って、それで儲けてのうのうと生きてきた奴だとよ。ああだこうだ言いながら人もたくさん殺してる。だから『出来損ない』なんだ。姉と違って強奪の子だから。隠れて生きていかないといけない。」
『そうね。そうかもしれない。でもシェダルのお父さんは、約束を守ったの。それだけは間違いない。』
「……………」
『だから…あなたも私との約束を守って。あの子たちを傷付けないって…。
そうすれば…新しいリンクが展開していくから…。』
「………」
『あなたはアジアやユラスにいれば、彼らのそばにいれば、誰も殺さなくていいし、誰かにケガをさせなくてもいい。』
「………なら何をしてしていればいいんだ。」
それ以外の生き方なんて知らない。
シリウスは答えずに、ただニッコリ笑う。
シェダルはいつの間にか、自分が小さなサラマンダーになっているのに気が付いた。
響のように黒がベースのサラマンダーになりたいのに、やっぱり白にしかなれない。
白は目立つから嫌なのに。すぐ見つかってしまう。シェダルは闇夜に隠れる目立たない黒になりたかったのに。
しかも気が付いてみると、右腕しかないので動くこともできない。でもシェダルは知らなかった。
サラマンダーは、手足が再生するという事を。
そしてシェダルはこれもまだ知らなかった。
このアンタレスで、黒い自分はとても目立つということを。
***
ベガス新地区がさらに現在拡大している。
河漢にシェルターが見付かったことで、予定より詳しく調べていくことになり、該当地域の住民の完全な移動が急がれたからだ。地下都市、地下の上にある地域住民の移動は必須となっている。
それでもベガスにやたら住居やビルを増やすつもりはなく、郊外の街の様な感じにしていく計画だ。基本、小規模のアパートや低階層のマンションを復活させ、その間、新しく作った教育地区で住民の生活教育をしていく。やる気のない者は、ベガス住民になることができず、河漢に作ってある合同仮住居に移される。
そこは住民同士のケンカが絶えないが、軍人レベルの監視たちがいた。
「そう、もう少し。バックバック。」
「よし、そのまま。下げて。」
作業ロボットができないイレギュラーな場所のガラスを取り換えていく業者を見ているタラゼド。施工の場を見せてもらい、一通り作業を把握し2回目はタラゼドが取り付けに加わった。ロボットに任せるにしても、基礎を知らないと見目のチェックもできないため非常に重要だ。
安全を確認した作業員が一息ついてタラゼドに言った。
「タラゼドさん、うち来ませんかー?」
「機会があれば。」
「えー。タラゼド、どこにもいかないでくれ。」
「やっぱ覚え速いよな。」
「だからすぐに指導側に行けるんだな。よし、ウチに来い。」
「腕力があるから頼りあり過ぎる。」
「同じことを何度も聞いても嫌がらないのは、お前しかいない。行くな。」
周りがいろいろ言い合っているが、本人は黙って次に移る。必要以外あまり自分から話さないことは知られているので、無視されても誰も気にしない。
「へー。で、これが次の物件ね。場所はいいね。駐車場も広く取ってあるし。」
そこに訪れたのは、ロディア父こと婚活おじさん。ヘルメットを被った数人が許可された通路から見物に来ていた。
ロディア父は現場に次々指示を出して行くガタイのいい男を見付け、しばらく眺める。
「ん?…あれ誰?」
ガテン系といえばそうなのだが、ベガスの特警やユラス軍かと思うような体格の男。ベガス常在の社員たちも分からない。
一先ず現場の確認をしようと業者の営業が監督を呼ぶと、ロディア父の方に向かって来たのはそのガタイのいい男だった。
「すみません、お待たせしました。カーティスさん。」
「あれ?私のこと知ってるの?」
知らないわけがない。下町ズがよく騒ぎ立てている婚活おじさんである。
「ロディアさんのお父様ですよね?」
「え?娘を知ってるの?」
「近くの寮に住んでいるし、娘さんの友達たちと仲が良くて…。」
「えっ?寮ってあの辺ならもしかしてアーツ??」
「そうです。第1期に入っていました。」
「1期?!!そうなんだ。見たことがないから…。」
「ああ…、職場を優先していたし、イベントや会議なんかもいつも終わる頃に来ていたので…。」
「やー。君いいね。軍人みたいで。ストリートファイトでも始めちゃうのかと思ったよ。」
「…?」
目の前の人物が理解できないタラゼドである。何がいいのかよく分からない。
タラゼドは営業の補足として、次のオーナーになる人物にいろいろ説明をし、施工の疑問などに答えていく。様式にしろ建物にしろ、法律にしろヴェネレとは様々なことが違う。タラゼドは見た目に似合わず、話が分かりやすく怖いわりに意見も言いやすい。普段は言葉不器用だが、自分の専門の仕事だけは別腹系だった。
「タラゼド君だっけ?ウチ来ない?」
アーツ第1弾ならチコとエリス、そしてカストルの3人に直接選ばれているので、人間に問題はない。頼りにされているし、呑み込みも早そうだ。
「は?」
「社長!ウチの持っていかないでください。ただでさえチコ総監に、河漢が忙しいからアーツに返せと責められているんです!譲りません!」
横から営業が口を出す。ちなみにロディアの父はアジアで新しい会社を作っている。もともと現場が好きなので、自分が口を出せる自由な小規模の会社が楽しくて仕方がない。あまり大きくなると、たとえCEOでも自分の直接の管下でなくなる事が多いのだ。
「え?チコさんが言ったの?そんなこと言われたらもっとほしいな。君、独身?」
「は?…はい。」
「ウチ、姪っ子にかわいい子いるんだけど、会ってみる?」
「は?」
急すぎておじさんのノリに追いつけない。これが婚活おじさんか。
仕事でだめなら、先にプライベートで仲の良いおじさんになればいいのである。勤務中だけど。
「社長!ダメですってば!もうこいつ、超クールな彼女いますから!」
「はあ?」
「え?彼女いるの?」
「めっちゃカッコいいきれいめなお姉さん!!」
「うらやましい!あのお姉さんになら、何でもされたい。」
休憩に入った同僚たちにそんなことを言われて何のことか本人が分からない。誰と勘違いしているのか。
クール?キレイ?自分の知る限り、まず女性でクールな人はいない。一番クールなのは自分の母だ。
「…。」
思い浮かんでしまった、全然違う人はいるが…。
「あの、社長。ここでもそういう話をされると、ロディアさんに叱られますよ。」
婚活おじさんなので、部下の話は無視する。
「おお!やっぱりロディアの知り合いなんだね!ホントに彼女いるの?うちの姪っ子にしたら?こっちに異動してきた事務員の娘でもいいけど。まだお付き合いしている人はいないんだって!」
実はイオニア、その兄ゼオナス、タチアナ、2期のシャウラ、ライブラ辺りを狙っているのにいつも躱される婚活おじさん。南海青年チームも数人目星を付けている。
ウインクする婚活おじさんに、さらに分からなくなるタラゼドであった。




