44 美しく展開される織物
あくる日の朝、またユラスから新しい一陣が到着する。
週明けのミーティング兼朝礼を終えて出発しようとした、アーツやVEGAのベガス構築チームが息を飲んだ。
これまた、どこの美女なのか。
切りそろえた長い黒髪にぱっちりした目、民族衣装に身をまとった非常に美しい女性が、数人の他の女性やお付きと共にサラサと話していた。しかも、何か少し怒っている。
「おい!見たか?!!」
「めっちゃ美女!!!」
「あの服はユラス人だろ。サダル系だ。東アジア人みたいな感じだ。」
「そうか…?サダルというよりは…。」
「やっべー。次のソライカか?!チコさん逃げた方がいいだろっ。」
「チコさんに覚悟が無さ過ぎる…。」
「ユラス、マジ美女が多いな…。」
そう言っている間に、ユラスの方で朝礼を終えたチコが事務局側に来た。
が、チコはサラサの話し相手の黒髪美女を見ると、愛想笑いをして手だけ振り、Uターンしてしまうので、それに怒った美女が追いかけてくる。
「チコ様ーーー!!!なぜ逃げるのですか?!!!!」
おお!やっぱり次のソライカか!往復ビンタの次はなんだ?!
と、下町ズの男子中心に思ったとたん…。
ドン!と、サダルにぶつかったチコ。
「うっ…!」
「チコ、ちゃんと挨拶をしろ。」
「はあ…」
サダルに拘束されてしょうがなく黒髪美女に向き直る。いたのか、サダル。
その女性はサダルを見ると、議長夫婦に最上級の立礼をし、すぐに問い詰める。
「チコ様…なんですか?その髪は。男性かと思いました。」
ちょっと怖い笑顔で攻め寄り、チコは完全にたじたじである。
「ねえ、サラサさん、あれ誰?」
「また議長夫人席のスナイパー?また怒ってる?」
危険人物か下町ズが尋ねた。
「いえ。私たちの結婚式をユラスでしなったことに怒っていたんです…。彼女はカプルコルニー家のご夫人です。」
そこでモアが気が付く。カプルコルニーはカーフの家だ。
「は?夫人?既婚者?カーフのお姉さん?…でなくて、カプルコルニー夫人だから…。」
「そう、カーフのお母様です。」
「うおおおおっっ!!!」
「マジかっ?!」
「あのお母様はちょっとヤバい!」
いつもながら語録が乏しい下町ズは、20代にしか見えないと見た目東洋美女に朝から大盛り上がりであった。
***
「あ、いた!カーフっ!!」
藤湾の高校…と言っても特殊クラスの1つで、既に一般大学の域を超えている授業だが、ファクトはまたカーフの選択クラスに乗り込んだ。
「あ、ファクトおはよう。」
「おはよ!じゃない!いちいち俺の行動を報告すんなよ!土曜日めっちゃ怖かったつーの!」
「…。」
何のことかと頭の中を整理して、光が見えた話を報告したことかと思い出す。
「しょうがないだろ。ファクトが急に動き出したら連絡をするようにきつく言われている。」
「なんだよ?!ユラスに行くわけじゃないだろ?俺との友情の方を優先してくれ!」
友情は突発行動を黙っていることではないし、「光が見えた!青緑!」と言って、いきなり道場を出て行く小2を放っておくわけにはいかない。
そもそもそれでこの前、軍まで動くことになったのだ。
「…反省してないよね。ファクトは。」
「…いや。これから反省する…。」
心改めて少し反省する。
この教室にいるあまり事情を知らない他の生徒たちは、「あれが心星家の息子だ!遂に飛び級してきたのか?」と感動しているた。しかし知っている生徒は知っている。
道場通いで『勉強しないファクト君』だという事を。
正確には最近課題はきっちりこなすが、親の後を追えるほどの頭脳も勉学への意欲もないファクト君だ。
そんなわけで、いくらでも上の上がいるユラス人にはあまり高い評価は受けていないが、壁がなく話しやすいという事では生徒の間でそれなりの人気者になっている。
そこに連絡が入り、通話をしたカーフが落ち込んでいる。
「何?どうしたの?」
既にここの生徒のように着席し、頭のいい人たちは何を勉強しているのか教科書を眺めながら尋ねる、図々しいファクト。
「母が来た…。」
なぜか、がっくりしている。
「え?お母さん?ユラスから?…挨拶に行きなよ。」
「いい。授業始まるだろ。」
ユラス人の多くは親を敬称付けで敬うし、それに加えて忠誠と孝行の鑑みたいな男なのに、少し項垂れてなんだか意外だ。
「…大丈夫?もしかして、結婚させられる系?」
「…」
「当たり?それとも、カーフも勝手な行動してるから怒られそう?」
「……」
カーフは何で知っているんだという顔をする。理由は知らないが、ファクトは時々いなくなるカーフが何かしているのは気が付いていた。
その間に教授が入って来て、心星ファクトだと気が付き、なぜか大歓迎されてちょっと難し過ぎる授業を最後まで受けてしまったファクトであった。
***
「チコ様、なぜ勝手に髪を切ってしまわれたのですか?!これでは結えません。」
「…はあ…。」
「でも、次のサミットはアジアでよかったです。これで、出席できますね。」
「…。」
チコのマンションで鏡の前で髪を梳かされ、カーフ母にされたい放題である。周りには他に数名のユラス女性がいた。
美しい織物や染め物が、リビングやダイニングに広がっている。
赤や青、様々な刺繍。でも、チコには鮮やかな黄色が似合うとみんな思う。
「メインはやり黄色でしょうか?」
「カイファー様、つけ毛にされますか?」
「そうだね…。このショートだと目立ち過ぎるかな…。」
少年にも見え一瞬迷ってしまい、会場では悪目立ちしそうだ。
「その日はユラスで仕事はないのか?あったら行くけど。」
「ございません。」
あれだけユラスに行きたがらなかったのに、こんな時だけユラスに行きたいとは…誰も笑えない。
そう、今度のロイヤルサミットはアジアで行われるのだ。
しかも、アンタレス。世界情勢が大きく変わりそうな今、ロイヤルファミリーが、政治とは違う立ち位置で、どういう立ち形で世界に責任を果たしていくか現在、頻繁に討議が行われている。
「ウチはロイヤル一家ではないのだが。」
ユラスは王族を敢えて立てていない。天を親として王として、慕い忠義を尽くしているからだ。
「それを言ったら参加するほとんどが族長です。」
北半球は、大きな王族皇族以外、部族クラスが多い。ユラスは族長の中でもかなり大きい方であるためか、いつも世界を回り責任を持たされる立場にいる。
「今回はオミクロンが出たらいいんじゃないか?!」
カウスの伯父夫婦だ。
「オミクロンは、ナオス家サダルメリクに忠誠を捧げています。アジア現地に住んでいるチコ様方を横にそんなことできるわけありません。」
「…サダルの大叔父家族は?」
海外に亡命して一命をとりとめた一族である。男子直系なので本来ならそちらに席を譲ってもおかしくはない。
「大叔父ご家族は、まだユラス国内では力不足です。取り敢えず今回は、サダル議長ご夫婦が参席してください。」
「…。」
いろいいろなつけ毛をさせられ、服を当てられる。
「今回はずっと付いていますので、ご安心ください。」
「……。」
はあ?という顔で、カーフ母のカイファーを見るが、全くひるまない。つまり監視していますということだ。チコは女性たちにされたい放題である。
「もう、ショートにしちゃったし、どうでもいいんだけど。」
「こんなショートで出られたら、かえって周囲の印象に残りますよ。」
「え?そう?」
軍では男っぽければ、周囲の関心の半分はなくなると言われていたのに、サミットは逆らしい。
「こちらの人間ではチコ様のセットをすることもできないし、パイラルも一人では手に負えないと言っていましたので、私が参りました。メレナも事業の方が忙しくて時間が合わせられないとか。私どもがいるので、ご安心ください。もっと早くこればよかったですわ。」
悠長に話す女性たち。女性兵パイラルを見ると、今まで我が儘な議長夫人に散々苦労を掛けさせられたせいか、ニコッと笑っている。
「それから、議長とちゃんとされてください。この前のサミットでユラス内では一般にまで夫婦仲が危機と、一部でかなり騒ぎ立てられています。」
「なんで結婚継続を決意したのにそんなことになっているんだ?」
「前回のサミットに同行しなかったからです!解放後初で、どれほど注目されていたか…。何度も言っております。翻弄したい相手のいい煽り材料じゃないですか。」
「態度でご表明下さい。」
他の女性にも言われてしまう。
「同衾されてください…。」
「…。」
作業をしながらつぶやくカイファーに、固まってしまうチコ。
「…ほっといてほしいんだけど。サダルが夜に戻ってこれば一緒に寝ているし。」
「…もっと具体的に言いますか?!」
「あーっ!いい!何も言わなくていい!!!最初は終わったんだから、それ以降は夫婦の勝手だろ?」
「いつの話ですか?まさか最初だけとかではないですよねっ?」
「それはないけど…」
「…そんな風だから、横から女性たちが入ってくるのです。」
「…サダルの方がいやだと思うけど?」
「議長に直接お聞きしますか??」
「いい!何もしなくていい!!!」
ふう、と呆れてため息をついたカイファーは、ユラスの美しい衣装をどんどん出しながら、既に疲れ切ったチコに遠慮なく美しい布を当てていった。




