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ZEROミッシングリンクⅣ【4】ZERO MISSING LINK 4  作者: タイニ
第二十九章 麒麟は駆け抜ける

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43 昼過ぎの、あの日の時間



個室はまだ最悪な雰囲気であった。


シェダルは警戒心を解いていないし、サダルは笑いもしない。


ファクトは、控えめにお願いする。

「あの、重要な話な感じで、一般人は聞かない方がいいと思いますので、退出させてもらいます。」

「機密にすべきことは、シェダルがしばらくいるなら後でも話せる。いればいいだろ?」

「滅相もございません。大切な議題をお話下さい。」


「お前いろ。なんでこいつと対で話さないといけないんだ。」

シェダルが我が儘を言い出すし、誰も話さないので空気が重い。話さないのに何のためにここにいるんだ。

はー、もう嫌だ。と思った時だった。



今日の空気ブロークンが現れる。


「あー!ごめんね~!倉鍵の方が長引いちゃって。」

「父さん!!」

いつも楽しい男、ファクト父のポラリスであった。初めて父が世界の救世主に見える。


「あれ?なんでファクトもいるの?」

「遅い。」

「サダル君、怒らないで。今度奢るから。」

「チコは?」

「外で響と話している。」

「えー、2人に一番に会いたかったのに!僕もそっちに行こうかな?」

「父さん!」


そこでアセンブルスが気が付く。

「考えてみたら、義息子義兄弟が揃っていますね。」


「は?」

サダル、シェダル、ファクトの3人がお互いを見渡す。


そう言えばそうだ。血縁と婚姻などで繋がっている。心星家は養子繋がりでチコの除籍も心星家からだ。サダルとシェダルも義息子になる。


「おお!2人とも義息子か!そんなこともあるのか!」

全然楽しくないのに、1人だけ楽しそうなポラリスである。


チコも含めると何かしら家族親族が5人集まったことになるが、ファクトは思った。

「でもさ、この辺。他にもいろいろいない?

なんかもっとワラワラいる感じがするんだけど。」

なんだかざわめきが収まらない。


「……?」

みんな周囲を見るが、分からない。

「ん?ご先祖様でも集まっているのか?ファクトも曽じいちゃん似か?お前の曽おじいちゃんは『霊追い』ができたからな。でも、ラボは結界が多重に張ってある。基本外部の霊は入っていないはずだが……。」

霊追いは霊線を追いかけて遡っていく力だ。カストルやエリスが使える先祖や親などを探る力である。

「後で調べてもらおう。」


「どうします?被害者のファクトもいることですし、ここで東アジアに提示するシェダルの処遇を少し詰めますか?」



シェダルが怪訝な目を向けたまま、少し話し合いになった。




***




次の日。またファクトはSR社に来ていた。今日も天を貫くような青天だ。まだ日差しが少し暑いが、高く伸びた木々の緑がそれをやわらげれくれる。



「そんなわけで、俺は行動の前に報告するように叱られた上に、約束させられた。」


(とち)の実を拾いながら響に昨日のことを説明する。

栃の実は、表面が凸凹ながらも、パンパンに張れた栗の様な皮を持つ実で、そのままでは食べられず加工がいる。コクがあってお菓子などに多用されるが、あく抜きの処理が面倒なため一般家庭では出回りにくい。


「ふーん。」

「それから…シェダル兄さんも誰にも手を出さないように誓約書まで書かされた。ねー?」

「……。」

SR社からも様々な誓約書を書かされたが、昨日来たユラスとも幾つかの取り決めをした。ただ、身元を預かるのは東アジアだ。



少し後ろで車椅子に乗っているシェダルが、ファクトを無視する。まだ右手しか着けてもらえないが、ラボ入りして初めて外に出ていた。昨日と同じく、アンドロイドのナンシーズが見ている。


シェダルは非常に器用で、多機能変形性のある手動のスポーツ用車椅子をすぐに使いこなし、取り付けてある右腕だけ少し強化したのでトイレも自分で行けるらしい。ただし、いつどこにもSクラス以上のニューロスと、警備が付く。



農薬は撒いていないという事で、殻が開いた栃の実をたくさん拾い、響は構わずシェダルの膝に容器ごと置いた。

「……」

栃の実をじっと眺めている。

「剥いてないの、シェダルさんがこの帽子みたいな殻を取っておいて。片手でもできる?足で踏むのが楽なんだけど。」

厚いめの茶色い丸い殻に、丸い栗のような実が入っている。殻はコツを掴めば比較的簡単に取れた。


「これね、灰汁抜きしないと食べられないの。

栃の実の灰汁抜きはすっごい面倒でね…。1、2カ月掛かるの。あー!めんどい。栗の方がいいじゃん!」

…よく分からないのか、シェダルは響に言われた言葉をすぐに検索して調べていた。でも調べても、例えば「調理」という言葉自体が呑み込めていないようだ。参考画像の、台所や庭でみんなが作業している風景が写真を見てもよく分からないらしい。知識はあるが、自身に投影すると飲み込めない。


「それは、食べるのか?」

「うん。お茶でしょ。お餅に入れたり、お煎餅にしたり…。デザートも作れるし…。私はお菓子はあまり得意じゃないんだけど。マロングラッセ…もある。これも注文しておこ。」

シェダルはお餅もお煎餅も分からなくて調べている。まともな生活をしていなかったというだけでなく、アジアラインの人間だから東アジアの食文化も分からないのだろうか。栃の実自体は似た物が比較的世界中で食べられている。



「こんな面倒な加工がいるのに、よく食べる気になったな。というか、よく食べられると見付けたな。」

「…ホントそうだよね。考えてみれば。大量の水もいるし、栃の実が食べられる場所は水のきれいな所だったんだよ。お餅やお煎餅買ったから、今度持ってくるね。」

「…」


「肌にもいいから…。」

栗の様な実を見つめながら言う響は、とても綺麗だった。

「…。」



「ラムダやトゥルス連れてきてあげたかったな…。こういうの喜びそう。なんか、この実かわいいし。」

周りの物を採り終えて、ファクトが地面に座った。


「響さん、タニアのレプシロン研究所にも行けたらいいよね。」

「タニア?名前は知ってるけど。」

「すっごくいいところだよ。馬にも乗れるし、セイガ大陸では見ない植物も多いし、滝もキレイなんだ。多分大好きになるよ。」

「へー。」

「栃の実って知らなかったけど、タニアにも(ふもと)に似たようなのがあるから。これの変形バージョン。トゲトゲしてた。」

「マロニエかな。いっぱい木があるんだね。行きたいな…。」




「はあ。やっぱり響さんうちにお嫁にほしいな。」

研究員のチュラと、少し遠くのベンチで見ていたポラリスは、思わずそう漏らしてしまう。


「姉さん女房になりますよ。」

「…今の時代、そこまでかわらんだろ。」

「ファクトの話によると、すごくモテるそうです。」

「……。」

チュラの顔をジトッと見る。


「…シェダルとはどこかで距離を置かせた方がいいな。」

ポラリスも、ここは自分の感情とは分別して話す。

「それでファクトを間に入れたんですけどね。」


今は右も左も分からなくて響を頼っているが、年頃の男女が一緒にいれば、まあ、あまりよろしくはない。シェダルにとっては一対一の唯一の女性だ。


「この前のシェダル資料を見たか?」

「はい。」

「完全に途上地域の手法じゃないな。情操教育を放棄された割には、クスリもさせていないし歯の管理とかしっかりさせている。ミクライたちだろう。」

まあ、SR社の機体と似た様式なので、そうではあるだろう。

「せっかくお金を掛けた被験体ですから、ぞんざいにはしないでしょう。」

歯の管理が悪いと研究体に影響も出るし、寿命や疾患にも繋がる。ただでさえお金が掛かるだけでなく、数が少ないパイロットだ。そういう意味では大事に扱う。

「潔癖症だったからな。ミクライは。」


ただ、肌の疾患など放置したのはなぜだろうか。

おそらく、サダルが言うように、ギュグニーや北メンカル側では十分な素材が使えなかったからだ。



ミクライは、過去にSR社から情報を持って逃亡した研究者たちの中でもリーダーだった者だ。



「響さん。サイコス、なくなっちゃったて聞きましたが?」

響のサイコスを欲しがっていた博士陣のポラリスに、チュラが言ってみた。

「今でも十分仕事をしている。返したくないな…。」

「…チコに怒られますよ。今日、研究室を整理しに帰るそうです。」

「…。」



ぺちゃくちゃ喋っている響とファクト。それを見て、文句を言いながら時々言われたことをしている、偉そうで不愛想な男。


鮮やかな髪と目を持つチコと違って、黒いシルバーブロンドの何と表現したらいいのか分からないような髪に、黒の様な、グレーの様な目の弟は、それでも同じ(いろ)を感じさせる。



シェダルの内心はまだ見えない。

モヤがあるにはあるが、それは誰にでもある程度はあるものだ。


彼の心はどこにも執着していなかった。


あえて言うならサイコロジーの中だが、そこにもう麒麟はいない。


もっともっと心理の戸口を開ければ、彼の中の他のものに行き着くのだろうか。

けれど今、もうそれを知れる者もいない。



「どうしますかね。一般人としてニューロス化しない義体を与えるか。

ギュグニーとの事が終焉するまで、戦闘用機体にするか。」

「難しいところだな。」

「あえて手脚を着けないのに、大騒ぎしないだけでも助かります。」

「そうだな…。普通非人道的だと大騒ぎするぞ。」

「早く付けてあげたいとは思うが、あんな手であれだけ器用に動くなら、ノーマルな手を付けただけで簡単に逃亡しそうだしな。」

「…。」



昼過ぎの少しの時間、三人とSR社の見物人たちはそんなゆっくりした時を過ごした。



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