41 戻っておいで
GW期間は書けない日もあるかと思いますが、できるだけ頑張るのでよろしくお願いいたします…。
ユラス軍の1人があっという間に懐に入り、シェダルの顎を掴んだ。弱い右腕では外せない。
「うぐっ、グっ…。」
「やめて!」
響が止める。
「やめろ。」
サダルが指示を出すと、その軍人はシェダルを寝かし、手だけ押さえた。
「安心しろ。何もしない。ザークナイ、そいつの近くにいろ。」
「シャプレーは?!!」
慌ててシェダルが叫んだ。
「シャプレーが言ったわけではない。こっちで情報を掴んだので乗り込ませてもらった。シャプレーは今出張だ。」
それは横暴なとファクトは思うが助かった。自分もここに乗りこんだものの、何をしたらいいのか分からなかった。
「キョウ!お前か?!」
シェダルの怒りに、何でこんな時だけ「響」というのかと思うがそんなことは言ってられない。響だって知らない。騙しただろっと言われているようで、心外で少し泣ける気分だ。
「響は関係ない。別で探し当てた。」
チコと響は久々に目が合う。
「………こんな所にいたとはな。まあ無事でよかった。」
「…ごめん。」
そう言って、響を抱きしめ、何度もギュッとする。
「チコ、痛いよ。」
「気が付かなくてごめん…。」
その様子を全員が見つめる。このどうしようもないうちの夫人。
「…てか、なんで、どういう経由で、シェダルと…?!」
ガバっと両腕で懐から響を放し、心配そうになる。
「………。」
答えないし、サダルが遮る。
「後にしろ。シェダルと話したいがいいか?」
SR社のスタッフに聞くと、確認したのかOKを貰えた。
「私たちは退室します。外で待ってますので。」
「よろしく頼む。
それにシェダル、お前は東アジアとSR社の保護圏にいるから、お前が何もしなければ、我々も何もできない。」
シェダルが大人しくなったのを確認すると、ザークナイも放し、SR社スタッフも席を外した。
「じゃあ、私たちも行きましょか?」
響が、ファクトを引っ張って退出しようとするが、サダルに引き留められる。
「響、ファクトとどこに行くんだ?」
「ひっ!栃の実拾いに…。」
「とちの実?ここにいろ。」
「はあぁぃ…。」
がっくり肩を落とし、緊張気味に立っている。
サダルは、近くにあった背もたれのある椅子にドガっと座った。
「まず、チコに謝ってもらおうか。許すどうのこうのは別にして。」
「……」
無視するシェダルと、沈黙のチコ。
「東アジア内ベガスでそれをしたのは間違いだったが、お前の背景は考慮する。」
「……」
「それはひとまず置いておいて…」
チコが話さないシェダルを見て言うが、サダルは許さない。
「ダメだ。」
「ねえ、シェダルさん。悪いことをしたんだから、すみませんでしたでもごめんなさいでもいいから、チコに言ってあげて…。」
「………。」
「チコも煮え切らないし、話も進まないよ。」
響がそっと耳元で言うと、シェダルは意外にもチコの顔を見て言った。
「…悪かった。ごめん。」
それだけ言うと、すぐに向こうを向いてしまった。
底のない黒い瞳孔…。それを覆うグレーの世界。
「……。」
チコは思わず目を見開らくように驚く。
周りも戸惑っていた。
今までの経験からすると、こういう男はまず謝らない。
「…分かった。チコ次第で一旦受け入れよう。チコはどうする?」
「…いいよ。」
しかし、チコが言ったとたん、動ける右腕で響の手を取った。
「うわ!」
また何かする気か?思ったが、ただ手を繋いでいるだけだ。
右手が奥なので、響は少しバランスをくずしてベッドに座るように乗り上げた。ザークナイと言われた兵が構えるが、サダルが手を挙げて制する。そこでシェダルも大人しくなった。
「で、俺に何を言いに来た?」
「はあ?!響を放せ!」
チコ、やっぱり許せない…そんな思いがふつふつ湧き上がる。
「………。」
周りもどう反応していいのか。先、いつでも殺せるようなことをした相手側と、今度は普通に手を繋いでいる。
肉身の手と腕ではないが、シェダルの鼓動が速くなりユラスを前に緊張しているのが響には分かった。
は!そうか!響は気が付いた。
「ヒナだ!」
初めての下界に…下界と言っても特殊なSR社内だが、意識層という卵の中で出会った響に依存しているのだ。
母親代わりである。
「ヒナ?」
怪訝そうにサダルが響を見るが、似た脳内思考のファクトには一瞬にして分かった。
そうか!響さんはオカンみたいなもんか!また響にちょっかいを出す人間が増える、面倒な状況が増えたのか?と思ったけれど、彼は殻内でも生まれてからも、話せる相手として、この世の仲介として響を最初に見ているのだ。
先、自分が捻り殺せそうだった相手に今度は手をつなぐとか、人の恐怖感が全然分かっていない。それに普通の状況でも、許可なく女性の手を握るなどしてはいけないと、高校生のファクトでも考慮でき、あのアホのキファでも分かる距離感が全く持って分かっていない。
その上、人前で。世の中の云々を知らないからできる行動だ。
しかも、今まで経験したことのない、右腕しかない無力のまま……、これまでの敵陣といえるユラスのど真ん中に今いる。
おそらくシェダルは、東アジアが自由であり、義務を果たし法を守れば、怯えることのない法治圏内にいるという状況も把握していない。今の安全圏はSR社と響だけだと思っている。
全てが未経験なのだろう。
ただファクトは、歳も立場も自分より目上の面々ばかりなので、響にナイスアンサー!サインだけをして、静かにしていることにした。なにせサダルやその周りの怖そうな人たちがいる。こういう時は、聞かれたら模範解答だけして大人しくしているのが得策であると考える、そこは普通人ファクトなのだ。
「だから、何の用だ?」
シェダルはめんどくさそうに聞いた。
「こっちが聞きたい。アンタレスに何をしに来たんだ?」
「痛くて痒かったから、直してくれると言ったシャプレーのところに来ただけだ…」
「………。」
顔を見合わすサダルとアセンブルス。
「それだけか?」
「それだけだ。」
「…。」
響の手を放し、また向こうを向いてしまう。
「響、今ここに通っているのか?どこから?」
チコが気になっていた事を聞く。
「しばらくこのラボで過ごしていたんです…。」
「はっ?」
「あの、私…」
響は、サダルの方を見てから、目線をまたチコに戻す。
「もう、サイコスがありません…。」
「……!」
知らなかったユラス側全員が驚いて静まる。
「サイコスが全くないんです。」
「…」
「なので、DPサイコスターとしてもうお役に立てません…。」
「…響。」
「ちょっと成り行きで…、シャプレー社長は知ってしまいましたが…。」
「だからって、なんでここに?!その理由で?」
「このまま仕事はできないし…、かといってDPサイコスのことも人に話せないから、研究室を閉めたり…再開もできないし…インターンを断った説明もうまくできなくて………。もう、ベガスでは役に立てないし………アーツにはもともと顔を出しにくいし…。」
「でも、インターンできない理由にはならないだろ?」
「まあ、いろいろ…。」
響は、声を噛みしめてここで泣き出してしまった。
未来を掛けて自分のところに来てくれた学生たちを、ある意味放棄してまったのだ。何十もある研究室から自分を選んでくれた学生たちの大切な時間を1年も付き合わせて。
自分も何年も準備したことだった。お兄様たちに誇れるのは、自分の研究を仕事にできたことだったのに。
それを捨てて、そこまでして取り組もうと選んだ別の道にも行けない。
立ち上がって去ろうとした響の肩をチコが抱く。
「響、泣かないで。ベガスに帰ろう。」
「私、アンタレス以外のところで論文を進めながらインターンするから……」
「いい、それでも一度ベガスに帰ろう。」
「う、う…」
チコはそっと響の背中を叩いて落ち着かせる。
「う、うぅ…。」
それをシェダルも、サダルもじっと見ている。
「サダル、一旦ここを出てもいいか?」
「…ああ。」
二人は部屋を出て行った。




