40 誰かと、散策に行きたい
その週の土曜日。
そしてこの男は、なぜかやってくる。
「あれー?!響さん!!」
「…。」
「何してんの?!こんち!」
「こんちは…ってか、ファクトこそどうしたの?」
「いやいや、それは俺が聞きたい。なんでラボにいるの?しかもここ、知る中で一番ヤバいラボだし。」
実はここ以外にも一般公開されていない地下ラボがあるのだが、ファクトの中で一番需要なラボが第3ラボだ。一般人出入り禁止のラボである。
また裏の森に行こうとした響をファクトが見つけたのだ。
「みんな心配してるのに、こんな所にいたの?ていうか、なんで自宅みたいにここで寛いでるの?」
汚れてもいい長袖のスエットに首にタオルを巻いて帽子を被っている。
「ファクトこそ、なんでこんな奥に?ここは指定の人しか入れないんだよ?」
「受付で、お友達来てますかー?って聞いたら入れてくれた。」
受け付けはリストアップされている人間が来たら指示に従うように言われている。ファクトも訪れたら入れるようにと。しかも奥まで案内されたのだ。待っててくれと。
「友達って私?」
「違う、シェダル。」
「…。」
少し考えて状況把握ができる。
「えーーーー??!!
なんで分かったの?!!ここの社員に呼ばれたんじゃないよね?」
響は周りを見渡して、ファクトを人の少ないブレイクスペースに押し込む。
「サイコスじゃないよね??」
「うん、やっぱ響さんがいないとサイコロジーサイコスはあまり働かないみたい…。」
「もしかして、シェダルの方に誘導された?彼、確実にDPサイコスターだよ。」
「…それは分からない。
でも青緑の光が見えるんだ。もしかしてシェダルの色かなって…。これは霊性能力だと思う。前にシェダルがチコを襲撃した時に見た色と同じだったから。」
「…そんな事もあるんだ…。」
響はびっくりしている。
「で、響さんここで何してるの?」
「…私が彼を連れて来たの。」
「え??!!!」
今度はファクトが驚く。
「多分彼の方が、サイコスで私を見付けたんだよね。以前接触したサイコスのルートで。私が無反応だから、実世界で能力か頭を駆使して見付けたのかも。」
「…危なくない?」
「手首拘束で、首根っこ押さえつけられた。」
「……やめてほしい…。」
考えるだけで寒気がする。ヤツは簡単にへし折る。
「それで、今、彼の話役になってるから、顔だけ見て森に散策に行こうと…。」
「?SR社で何してるの?そんな事の為にSR社に滞在して、自然散策している人、初めて見た。森に散策って言う言葉も、物語以外で初めて聞いた。」
「ファクトこそ、会うつもりだったんでしょ?会ってどうするの?」
「ずっと光ってると気になるから…。高いところからこっちの方角見る度に光ってるからさ。」
「…でも、前にひどい目にあったんだよね?嫌こと思い出すんじゃ…」
「………チコが。前にチコと話したんだけどさ、……………チコはチコの件に関してシェダルの懲罰を望んでいないから。」
座りながらポケットに手を入れて嫌そうに足を延ばす。
「…。」
「あのさ、響さんのことこそチコが心配してたよ。いつの間にかいないって…。響さんも、サイコスが使えないことチコに話しなよ。知らないと何かの時に対処できないこともあるだろうし。」
「…そうだね。」
「ファクトはこれからどうするの?私は彼に会って、それから裏庭に行くけど。」
「俺もシェダルに会う。」
***
2人で部屋に行くと、スタッフはファクトも入れてくれた。
話しは通っていたのだろう。今は普通の成人男性ほどもない腕力だから安心してほしいと言われた。
「シェダルさん!」
「こんにちは。お義兄さん。」
二人で頭を下げ入室する。
シェダルは仮の右手を付けられていて、デバイスで何か聞きながら、無言のまま驚いた顔をする。
なんでこいつが?という感じだ。
「おっす!義兄さん。」
「……」
兄さんは何も答えずに反対を向いてしまう。
「シェダルさん。なんかよく分からないけど、ファクトがあなたの霊性を感知してここに来たみたい。」
「………。」
無視されるがそこで追及するのがこの男。
「…兄さん何でこんな所に来たの?」
「……」
「ここにいるの、チコも知らないでしょ?」
ファクトはけっこうしつこい。
「……。」
「今見たけど、やっぱりどことなくチコに似てるね。」
「………」
チラッとシェダルが振り向く。
「パーツパーツは似てないけど、全体の雰囲気は似てる。…誰だろ?どっかで見た気が…。あれ?」
「……」
「あれ?どこの誰だっけ?」
「シェダルさん。私は外に行くね。」
「…どこに?帰るのか?」
響には反応した。
「裏の山。栃の実がたくさんあるの。いつも灰汁抜きの作業が多すぎて、数過程ほどで疲れて沈没するから…売った方がいいかな?シェダルさんはナッツアレルギーとかないよね?」
「……。」
「えっ?」
こんなところでも商売をしようとする響に、ファクトやスタッフたちが異物でも見る目で見てしまう。
「あ、…違うの!?プーだからって、儲けようって訳じゃないよ!せっかく希少な実がいっぱいあるから、たくさん採ってできる人に任せた方がいいでしょ?採って使っていいって言われたし!」
誰も響が生活やお金の為に売るとは思っていない。
「と…る?行ってみたい…。」
その言葉に全員が振り向く。シェダルだった。
でも、みんなが注目しているのに気が付いて、また後ろを向いてしまった。
響は不思議な気持ちになる。
スタッフを見て外に出してもいいのか確認するが、この日部屋にいたスタッフは首を振った。
「今度許可が取れたら行きましょう。まだ足もありませんし。」
「………」
「お義兄さん…、今度裏庭に…」
ファクトも一緒に行こうと声を掛けようとした時…
瞬間、目の前を恐ろしい物が掠る。
ザっ!!と針がファクトの目の前に付きつけられた。
ファクトが近付くと同時に、急に敵意を向けて右手しか動かない手で点滴をテープごと2本とも外し、大振りで後ろ回しにファクトに向けたのだ。
「ひっ!」
サッと逸らすが、シェダルの方がバランスを崩し、うつ伏せになった。
「ううぅ…」
座っていたスタッフも思わず立ち上がる。
「?!」
「ファクト!!」
「心星君!」
「大丈夫ですっ。針には触っていません。」
「ちょっと!」
響が間に入った。急になんなのだ。
「こんな事したら、アジアでも一生自由に動けなくなるよ!みんなと接近禁止だよ!!」
「待って?自分に刺さってない?」
バランスを崩して針1本がシェダルの方に刺さっている。スタッフとファクトでどうにかあお向けて元の位置に戻すが、シェダルは息切れして目を覆った。ファクトの何かが癇に障ったのか。
「…何でこんなことするの?SR社と約束か何かしてるでしょ?!」
「響さん、いい。」
ファクトが止める。自分の存在に、サイコスに怯えたのかもしれない。よく考えれば、ファクトは自分が被害にあわせた人間だ。仕返しされると思ったのか。
「こんなことしていいわけがない!」
響は、目を覆っていたシェダルの右腕を掴む。
そしてドキッとして響は動けなくなった。
シェダルの目から涙が出ていたからだ。
キレイな………輝きはないのにどこまでも深く、暗く、
でも…ずっと奥底に何かを宿した目の端から。
キンッ!!
と、シェダルの世界が弾ける。
響は違和感を感じるが、そこには掠ることさえできない。
―――
『お前の姉はどこまでも優秀だったのに、使えない…。』
『姉弟でこの違いはなんなんだ?』
『所詮、鬼畜の子供だ…。』
広い部屋は怖い。向こうの壁も分からないほどの広い部屋でうずくまる小さな自分。
窓は?
ドアは?
壁はどこ?
小さな部屋がいい。うずくまって暗闇が去るのを待っても、また薄暗い闇しかない。
手は?
あの手でいい。
自分を引っ張て行ったあの無機質な、柔らかい女性の手。今思えば研究者だったのか。
あの手でもいい。あんなクソなのでもいい。
ここは怖い。
手…
ここには声も、手も、何もない。
いつの間にか流れてくる、女の声。
声?
気が付いたらすごい勢いで土と草むらの上を走っている。
誰が?自分が?
『さあ!逃げるの!!振り返っては駄目!この子だけを連れて!!』
小さな赤ん坊。その子は誰?血まみれの女が大きな赤ん坊を他の子供に預けると、さらに後ろで銃声がした。
敵の放ったレーザーはフェンスの辺りを派手に打ったが、操作が下手だったのかその周辺にも被害を与えた。でも、赤ん坊を受け取った子供は構わず走った。
あのフェンスを越えるまで。
自分が見た物?誰かの記憶?夢の中の産物?
あの先に…
でも、自分は行けない。
それを越えたのは、自分ではないから――――
キン!とまた何かが弾け、心臓がドグドグする。
ゆっくり目を開けると、心配気の響とファクトがいる。
自分の知っている怖さを。世の苦しみを知らなそうな顔。飄々としているこいつにムカついたのだが、なぜかその顔を見ると安心した。
そして感覚のない、シェダルのメカニックの仮の手の上から…響がシェダルの胸を押さえていた。
「兄さん…」
ファクトも構えつつ覗き込む。
「どこに行きたい?東アジア軍か?ムショか?それとも故郷に送り返すか?」
その時、また扉が開き、声が響いた。
「?!!」
「!!」
現れたのは、なんとチコと
…そしてサダル。
他、アセンブルス、その他数人のユラス軍や護衛がいた。
「チコ?!あっ」
響が声を出すと同時にシェダルがサッと目を拭い、響の首に腕を回し親指を首に深めに当てた。人質に取ったのか。
が、ファクトがあっという間にまたその腕をねじり外す。
「うグっ!」
響が少し咳き込んだ。
「クソ!嘘つきやがって!!」
シェダルはさらに武器になるものを掴もうとした。




