表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZEROミッシングリンクⅣ【4】ZERO MISSING LINK 4  作者: タイニ
第二十九章 麒麟は駆け抜ける

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/104

39 シェダルVSサイコスを失った響



「麒麟は…?」


そっと目を開けたシェダルは、やっと意識を回復したようだった。こんなに長い時間を彷徨っていたのは、意識世界にいたからか。


「いますよ。でもちょっと待っててね。外で庭仕事をしていたから手を洗って着替えてくるって。」

白衣の女性スタッフが優しく言った。

SR社の第3ラボに滞在して3泊ほど。響は、シャプレーと約束した仕事がない時間は部屋に籠って論文を書くか、中庭の植物の管理を手伝ったり裏の森に入っていろいろ観察していた。



「ごめんなさい!入ります!」

少しして、認証式の扉を開けてもらい響が部屋に入ってくる。


「シェダルさん、元気?」

「…暇だ。」

彼が年上だと知って響は『さん』付けに変えた。自分は響と伝えたのにまた麒麟と呼ばれるが、名前で呼ばれるのも生々しいのでこれでいいという事にした。


「あれ?この前、手足付けたのにまた外したんだ。」

「………。」

返事をせずにブスッとしている。

「チコはね、2カ月近くその状態だったんだよ。」

「……」

その言葉に反応するように目を逸らすところを見ると、おそらく他人に対する共感性が全く欠如しているわけではないのだろう。



少し高齢で、でも身をきれいに整えた女性がベットの横で説明する。

「これから本格的にカウンセリングに入って、コーディネイトをどうしていくか考えますね。私もこのままコーディネーターの1人になるワンシアと申します。ただ、申し訳ないけれど、今度の義体は一般仕様に近いものになる計画で、ある程度の力は制御させてもらいます。」

女性スタッフが、丁寧に話をしていくのを黙って聞いている。以前に、カウンセラーやコーディネーターなどが細かい説明をしていたので質問もないようだ。シェダルは初めここに来た頃、相談やストレス、カウンセリングという言葉さえ知らなかった。


ただ、一般仕様と言っても、プログラムで管理できるものではある。



「…………」

黙っているシェダルに響は不満だ。

「何?不満なの?あんなことしたんだから当たり前だよ?私よりも弱くなればいいのに。」

「?!」

シェダルを不安にさせないように呼んだ女性が、なぜ煽っているのだとスタッフは気が気でない。怒らせたらどうするのだ。


「お前も弱くなっただろ。」

「あのね、それは黙っててって言ったでしょ。もうここに来ないよ?」

「……」

響の顔をジーと見つめる顔が、チコに似ていてなんだか不思議だ。似ていないのに輪郭や雰囲気がチコを思い出す。


「私、一度このラボを出ようと思うの。ずっとラボにいるわけにはいかないし。」

「…なんでだ?」

「やっぱりプー太郎のまま生活まで提供してもらって、あなたに対面なんて理由だけで雇われている訳にもいかないもの。気分がむずむずして無理だわ。なに、この極楽な仕事。」

「……」

意味が分からないらしい。結局家賃支払いは断られたので、対価ではあるが実質無料でこんなホテル住まいの様な生活をしているため心が痛い。SR社にサイコスのノウハウを伝えるわけでもないのだ。ただ、シェダルの様子を見るだけだ。介助するわけでもない。


「響さん、いいんですよ!こちらはスムーズにリノベーションが済めば問題ないですし。むしろこちらがお願いしているのに。」

「そんなわけにいきませんし、シェダルさんにはここにも慣れていただかないと。いつまでの施術になるか分からないから、早く独り立ちして下さい。」

シェダルは何もしない時は、映像で一般文化のことを延々と見ている。寝ても見ていても構わないスタンスで、取り敢えず気持ちの向いた時に世の中のことを勉強してもらっている。でも、まだ必要以外で自分から話し掛けるのは響へのみだ。


「それにね、人を不快にさせておいて、人の大切な人にまでひどいことした人に私だって会いたいわけないし。そこんとこ分かる?」

「…。」

「自分がされて不快なことは人にもしてはいけないの!」

「…なんでだ?」

「~っ」

嫌な相手だと思うが、響は理解した。


「…………」



大切な人がいた経験がないのかも、と。



苛立ちや無関心、人を貶める気味の良さは分かっても、尊いものを知らない。

そして、大切な人と執着とする人は違う。その違いも分かりきれない。


シェダルは自分やチコに執着はしているのかもしれない。もしかしてこの子はずっと一人で生きてきて…チコはたった数分でも個として対応し関心を持ってくれた相手だから気になるのかもしれない。



「私。サイコパスな人にもこれまで会ってきたけれどね、本人はあっけらかんとして気が付いていないけれど、とても悲しい事なんだよ。愛が分かり切れないから、違うものに代置して執着と愛を錯覚し、飢えを満たそうとするの。でも、そのままでは永遠に満たされないけれどね。


『人を愛する、人に愛される』という人間を構築するべき最も根本的な世界が分からないんだもの。それが本来の人間の根幹なのに。」


シェダルはまたもや「?」な顔をしている。


「愛ってね、あー、『愛』って、なんて例えよう。大切な…壊れないように優しくも強くも抱きしめたいような想いなんだけどね…。

そういうのってね、本当に経験すると、誰かが痛いとか苦しむとか、そんな姿なんて見たいって思わないから。

本当の愛は、人を痛めたり、支配する何億倍も、心が満たされるから。


でも、その感情は、マイナスからは掛け算で掛けても掛けても分からないんだけどね。ない物は無いもの。」


「なら俺には分からないな。他の話はないのか。」

既に無関心だ。

「うーん、でもね、人間の根幹には神の根が絶対にあるから、それが完全なゼロの人は1人もいないんだよ。だから、その微々でミクロな心を1億回くらい掛け合ったら分かって来るかも。」


「他の話って言っただろ?麒麟の言う事はよく分からないが、ミクロでもクォークの大きさでも、掛けて掛けていったらどっかで早々と宇宙より一気に大きくなるぞ。」

「…そういう話は分かるんだ…。」


「でもね、人間の価値は宇宙百個分より、千個分より億個分より大きいんだよ。

そんな大きな宇宙を、包括して眺めることのできる存在も人間だからね。宇宙も人間が好きなの。()()()()()()()()()()()()()()()から。」


「価値?人間に価値があるのか?」

「じゃあ、何に価値があると思っているの?」


「…何にもない………」

「何?おもしろくないこと言うんだね。あるよ。」


「まずシェダルさんでしょ?」

ちょっと無礼だが、ハッキリ言わないと分からなそうなので、ニコッと本人のおでこ近くを指で指す。

「………。」

「ふふ!クサい?クサくてもそういう事!シェダルさんにも価値があるの。

愛とか、大切という言葉より、「重要」や「価値」の様な業務とかで、よく使いそうな言葉の方が今は分かりやすいのかも。」

「………くさい?」

「くすぐったい、チンケな話ってこと!」

「?」

響の会話に追いつけない。けれど、全般的な心の知識はあるはずだ。以前の襲撃では言葉でファクトを煽っている。人の神経を逆撫でさせる知識はあるわけだ。



「…あ、そうだ!」

響は突然思い出す。


「ファクトを呼ぶっていうのはどうですか?」

スタッフが、え?という反応をする。

「ファクト…、えっと心星博士の息子さんの?」

「そう!男同士だし、義弟でしょ?お友達作りなよ。」

自分に無理なことは男ファクトに押し付ける。


シェダルも「…?」な反応だ。


「本当はしてあげたいことがあるんだけど、私はやめておいた方がいいから、チコが大丈夫ならいつかチコにも頼んであげる。ファクトでもここにいるスタッフさんたちでもいいんだけど。」

「…。」


「私はあまり男性と近くなりたくないし、ファクトなら誰とも仲良くなれそうだし!」

「あいつも俺が叩きつけて骨折ってたけど。怒ってた。」

「…ああ、そうか…。それはイヤだよね…ファクト。てか、なんでそんなひどいことをしたの?!!」

シェダルとしては、そういう風に生きてきたのでそれしか知らない。人と会って他に何をするんだという感じだ。


「最初は殺そうと思ったけれど、間接的な弟がいたとか、おもしろいからやめんだ。あいつ、()()()()にも入って行けるだろ。最初は、あの場で死んだらムカつくあの女が慌てるかとでも思って。けど、生きていた方がまた使えるだろ。」

「ほんと、ひどいこと言うんだね。」

「あの女も殺すつもりだったけど、生かしておいたし。」

あの女とはチコのことだろう。

「もし俺より強くても、甘い女だから直ぐ情に絆されるってっさ。本当は生け捕りにしろとか言われた。半殺しでも目さえ無事ならいいって感じで、とにかく連れてこいとか。」


近くで聞いているコーディネーターが、顔には出さないがギョッとしている。目が無事?


「そういう事は流暢に話すんだ…。それに仕事のことは秘密じゃないの?」

「俺は全部どうでもいい。仕事なのかもよく分からない。」

「……」


話してみると抑揚のない男だ。何と言うのだろう。

感情がないから抑揚がないというより、あっても当人である自分を第三者のように位置付けている感じだ。


響には分かった。シェダル側の管理者が失敗した点。シェダルの自立性や社会性を失わせることで孤独で四方を囲い込み自分たちの便利な兵にはしたが、シェダル自身のギュグニーへの執着も失わせたことだ。

強力な殺人兵器にはしたが、残念ながら駒としては性格が飄々とし過ぎていたのだ。


なら兵士に、執着できる女性や家族を当てがえばよかったのか。そうすれば人質になる。そういう方法もあるだろうが、おそらく他の兵士で、人格喪失の成功例がいろいろあったのだろう。下手に感性を付けて、自分たち以外の人間に操られたり、言うことを聞かなくなっても困る。



「まずその考えを変えないと。もう、そう。自分や人がどうでもいいと考えること自体が病気だから。

…やっぱり危険だからシェダルさんとは一緒にいれない。私も殺す気?私はすぐ死んじゃうよ?」

「麒麟になりたいからお前は殺さない。もうあの女も殺さない。それに病気?健康だぞ。」

「その肌やインプラント部分、痛いでしょ?心も病気になるんだよ?」

「…?」

ここは分かっていないようだ。そして、ファクトの名を出した失敗にも気が付く。


「あ、そういえば、お母様が心配するから…ファクトはムリだね……。」

ここはベガスではなくミザルのいるSR社だったことを思い出す。失言だ。

「ごめんなさい。」

と、スタッフに謝っておく。





響のいる前ではシェダルが今まで言わなかったことをあれこれ言い始めるので、SR社スタッフは黙って聞いているがもちろん全て録画録音している。


これで、シェダルの背景のいくつかの確証が取れる。



屋上の襲撃の主犯側に、かつて無言、無表情だった時代のチコの内面を知る者がいる。


チコがおそらく…弟がいたらとどめを刺さない性格であることを知っている人物が。そいう言ってシェダルを丸め込める者。



とても優しく、どこも見ていないようで、全て見据えているような、あの目そのままのチコの性格を知っていた者。


長くいたユラスの面々でなければ………このラボの出身者だ。チコがいたオミクロンの地方部隊で脱走兵の話も聞いていない。チコの目の色を知るのも、ユラス以外ではラボの人間である。


それから、非常にチコの外貌に粘着し、半死でいいと本人の心を考慮しない者。

この映像を見て後で博士たちは目星を出し、なんとなくその線が繋がる。



やはり逃亡したかつての仲間と、現東アジア外務省のアルゲニブだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ