3 『B・R』『R・B』
正道教はアジア式の名前なので、かっこよく英語名も付けたかったのですが、英語ができなさ過ぎて無難な名前が思いつかず、いつも正道教のままです。漢字名も単純ですみません。
「父親…?」
固まってそれ以外しばらく声の出ないチコ。
「『ボーティス』…」
チコはあの指輪に刻まれた文字を思い出す。
『B・R』
「もしかして結婚指輪を持っていますか?あったら見せてほしいのですが…。」
「…指輪は作ったけどない。レグルスに自分のもあげてしまったから。」
「指輪の文字は?」
上を向いて考えるテニア。
「……『R・B』?」
「…………」
「レグルスの方には『B・R』って彫ってある。確か。少しねじってあるプラチナゴールドの指輪だ。」
「失礼します!入室します!!」
そこに、今までになく慌てた勢いでエリスが駆けてくる。
「エリス?!」
「……あの、こちらがボーティス様で?」
「あ、そうです。私です。」
ほい!という感じで手をあげる。
「私、このアンタレス・ベガス自治区域をまとめています、正道代表教牧師参宿エリスと申します。」
そしてエリスはテニアに膝をつく形の最敬礼をする。
テニアも同じように膝をついて礼をし『ボーティス・ジアライト』を名乗った。
「でも、呼び名はテニアにしておいて。それで生活してるから。」
と軽い感じでだ。
「あ、テニア様は礼は控えて下さい。
カストル総師長よりお話は頂いております。」
「あのおじいさんね。」
「エリス、本当に父なのか?」
「総師長の霊視ではチコの完全な縦線です。」
直系系統という事だ。
「ユラス側の二人の遺伝子検査もそう出ました。」
アセンブルスやカウスも信じられない顔をしている。
「ただ、申し訳ありませんが、東アジアでも同じ検査をさせてもらいます。お手をよろしいでしょうか?」
テニアは何の疑いもなく手を差し出した。
エリスがテニアの右手を両手で挟むように包み、少し祈ると白い光があふれてくる。
しばらくそのままでそして目を開けた。
「……………」
そして、エリスも信じられない顔で目を開け、しばらく固まっている。
期待と、不安そうな顔を見せるチコ。
「…そうですね…。父親ですね。それに………」
少し考えこむ。
「……いや、この話は後にしましょう…。」
「…………」
「チコ、おめでとう。お父様が現れましたね。テニア様も…、間違いなく娘さんです。」
「……………。」
返し方が分からない。
「ただ、何度も申し訳ないのですが、こちらでも血液と腔内粘膜を採取させていただきます。念のための検査と、ベガス自体が特別自治区域ですのでこれから自由な出入りをする場合、いくつかの生体認証が必要になります。」
「…エリス…、あまりに急すぎて、どうしたらいいのか分からないのだけど…。」
困っているチコである。家族どころか親戚なんていないと思っていたのに、いきなり弟が現れ、そして父まで現れてしまった。
「………」
エリスも珍事過ぎて答えがない。
「身元も連合加盟国ジェラスタ国籍保有で、傭兵ではありますがどこかのスパイとかではありません。」
ワズンが付け加える。傭兵という時点であまり普通ではないのだが、ユラスでは珍しくない。
テニアはチコの方を見てニコッと笑った。
「今まですまなかった。セイガ大陸に近付けなかったんだ。チコと呼んでいいか?」
「…え、ええ。」
え?いいよね?と心の中で自問するチコ。セイガ大陸に入れない…って?
テニアは右手を差し出す。
握手だろう。チコもおずおずと手を差し出した。
お互い紫の目で向き合い、そして手を握る。ごつごつした大きな手と、ニューロス化したチコの義体。
「顔に触れてもいいか?」
「………はい…。」
テニアはそっとチコの頬に触れた。
「レグルスに似ているところもあるな。レグルスはアジア顔だ。」
「………?!」
「ありがとう…。あの中で、生き残っていてくれて…。」
「………。」
そう言ってテニアはチコを抱きしめた。
チコはテニア側にいるワズンと目が合うが、キョトンとした顔しかできない。
親子二人はしばらくそうしていた。
そしてテニアが話し出す。
「……でも、ウチの娘がこんなにかわいいとは思わなかった!」
「は?」
「めっちゃ可愛くないか?!マジ可愛い!」
「はああ?!」
いきなり可愛い連呼で、居た堪れないチコ。
「そうですね。お綺麗だとは思います…。」
ぬるく反応するカウス。
「……母は…アジア人なんですか?」
「いや。でも多分東洋系は入っているよ。茶髪で茶系の目だったが、顔は鳩みたいな顔立ちだった。」
「ハト?」
「ああ、ファイトな。」
「…ファクトです。」
「まさか、ナオス族長に嫁入りしていたとは…。バージンロード歩きたかったのにな!」
「…あ、はい…。」
「ドレスの写真ないのか?!」
チコは先から間抜けな返事しかできない。族長の嫁なのに、化粧もせずになぜかアーミー。そんな娘を見ても褒めまくる。
「ちゃんと成人して………仕事もしていて、ユラスでは大事にされていたようだな……。」
「……………」
それに関しては歯切れの悪い、ユラスの皆様。
正直、結婚式の話も申し訳なさ過ぎて、お父様にはお話しできない……。
「……チコもこの調子ですので、細かい話をまたしたいのですが、いつまでご滞在できますか?」
「次の仕事は1週間後の予定。」
「もう少し残っていただいても大丈夫でしょうか。」
「OK、OK!」
話してみると、軽い男である。
そこでノックがされる。
「チコ様、よろしいでしょうか?ファクトが来ています。」
扉の向こうで声がした。
「あ、いいぞ。」
「ワズンさん!!」
入室許可を与えた直後に叫ぶファクトに、いきなりワズンか?と思う一同。
「っと、エリスさん!皆さん…、あ!おじさん、おはようございます!」
「ああ。鳩、おはよう。」
「エリスさん、あの、処分とかの件は後にしてもらえますか?」
「処分?」
実は先、ファクトとしっかり通話ができなかったワズンは、処分に怯えるファクトを知らない。
「用事があって!」
「用事?ファクト、勝手な行動をするなよ。」
「しません。友達に会うだけです。おじさんが元気が確認したかっただけです!おじさん、あとで約束のクレープ奢りますね!俺にできなかったら誰かに頼みますから!」
「クレープ?」
チコとも目が合い、軽く礼だけする。
「じゃ!」
右手で敬礼だけして去って行くファクトにチコが叫ぶ。
「おい、ファクト!何しに来たんだ!!こっちも話がある!!」
「…どうしますか?止めますか?」
部下が迷う。
「はあ…。いい。後にしよう。」
「あいつ、おもしろいな!」
テニアはニカニカ笑っている。そして、生体採取に来たスタッフに、右腕がいい?左腕が好き?とか言って、困らせていた。
***
響の電話にたくさんの着信が入っているが、どれにも出ていない。
そこで呼び鈴が鳴る。
数回無視したが、重い腰を起こして立ち上がった。メインエントランスでなく響の家の玄関の前。ロディアであろう。
「響!」
ぼさぼさの頭。生気のない顔。元々の髪がストレートなので爆発まではしていないが、いつものようにサラッとはしていない。梳いていないのだろう。
「どうしたの?大丈夫?!」
「…ちょっと疲れて……。」
「風邪?」
「…そんなところかな……」
「ファクトが外で呼んでるんだけど…。」
「ファクト?」
「連絡に出ないから心配だって………」
「…うつったら困るからしばらく誰にも会わないでおく…。ファクトには何もないし大丈夫って言っておいて。」
「…病院行く?何か買ってくる?」
「いい。いらない…。寝る……」
「そう…。頼みたいことがあったら何でも連絡して。」
車椅子を動かして、外にいるファクトに話をしに行くロディア。
「ロディアさん、ごめんね。」
「ううん。大丈夫。」
「風邪…なのかな………。ひどいみたいで。」
「…そうなの?病院行かなくていいの?」
「寝てたいって……。何もないし大丈夫って伝えてって言ってたよ。」
「…そっか……。」
ファクト、あまりにも心配するが、何もないならシェダル関連は大丈夫と考えてよかったのか。おそらく面接必須なので、その時にサイコス関連で何かあったか詳細は聞き、今は見守るしかない。