38 このまま普通街道を次へと突っ切る
今回の参考。
曽祖父---アジアンマフィア青龍から足を洗った優秀な人物。
祖父----何でも反対教育の煽りを受けた世代。
父-----口下手なサラリーマン。普通人。
サルガス--アーツのサルガス。
です。
サルガス、ロディアはこのままの勢いで、次の日サルガスの家に挨拶に行ってしまうことにした。
ロディア父に車を借りて、初めての大房に向かう。
両親はサルガスが小4の時に離婚しているが、お互い再婚もせずお付き合いしている相手もいないため、育った母のマンションで一緒に会うことになった。
「よろしくお願いいたします。ロディア・カーティンと申します。」
室内用の車椅子に切り替えたロディアは、両親挨拶の後、深く礼をして挨拶をした。
「いや…、結婚したことも驚きなのだが…」
呆然唖然とした顔で続ける。
「お前はウチの息子?」
母も似たようなことを言う。
「ツィー???」
ツィーはサルガスの元々の名前である。
父が最後に会った時は、高校卒業後の普通の人なら入れなさそうな剃り込みの入ったほぼ坊主。こだわりはないので知り合いの美容師が勝手に入れたのだ。母が最後に会った時は、経営を引き継いだ際一度だけサルガス妹とアストロアーツに食べに行った時で、後ろで短く結んだロン毛。
そして…今はアップバング気味のショート。短い前髪をアップにしてあり爽やかである。今日は髭も剃ってあった。
普通人である父と母は、普通になってしまっている息子に戸惑いを隠せない。
「それで、こんな普通に良くて、先生をしていらして、いいとこの娘さんそうなお嬢様を貰ってしまったの?」
うちの息子は、パンチの効いていそうな肉食系女子と結婚させられそうだと思っていたのに…。ちなみにそれを知っているのは、妹が時々アストロアーツに顔を出していたからである。
恐る恐るもよく分からないことを言っている母に真面目に答えるロディア。
「あの、そうは言っても、もうすぐ31ですし、サルガスさんよりそれなりに年上で、足も不自由でご迷惑おかけしそうなのですが…。」
「いやいやいやいや…。ウチのツィーをよろしくお願いいたします。」
お父さん、むしろ申し訳ない。
「あー?!お兄なの??久しぶり!」
「…。」
そこに妹が乱入。なんでこいつがっ?という顔で見るサルガス。
「えー!!普通の人がいて分かんなかった!」
妹の知る兄も短いロン毛に髭。過去は…とにかく厳つかった。
「ちょっと!!大事な日だから夕飯は外で食べなさいってお小遣い渡したでしょ?ロディアさん、ごめんなさい…。」
「構いません、ご家族になる方ですし。」
お互い挨拶をし合う。少し賑やかでいい子そうだ。
「はあ、家族顔合わせは今度にしたかったのに。」
母は申し訳なさそうだが、妹はかわいい素振りで母の横に座った。
「でさ、ちゃんと言っておかないといけないんだけど、ヴェネレ側でも式はするからできれば来てほしくって。どっちか一人でもいいし。ロディアさんのお父さんが西アジア系だから、首都ディナイでなくてヴェネレの親族をもしかしてこっちに呼ぶかもしれないけれど。」
「…。そう…。」
離婚しているのでどうしたものかと、母が元夫の顔を見るが何も答えない。
「私は行きたいけど!」
妹が答える。
「で、今第一線は引いているけれど、ロディアさんのお父さんがフォーチュンズ系列の元会長で、それなりの親族が来るかもしれないけれどよろしく。」
というところで、
「ブっーーーーー-ー!!!!!」
と、お茶を吹き出すサルガス父。
「フォーチュンズ????!!!??」
「何それ?」
母と妹が尋ねる。
「スーパーのフォーチュンズ??!!?」
「そうだけど。」
「ブっ!!
…セイガ大陸中央西で一番大きいマートだ…。他の大陸でも輸出商品を扱っている…。西アジアの南でもそれなりに店舗がある…。俺も少し株持ってるぞ。」
「え??!!」
真っ青になる母。
「…。」
「…お前…。そんな仕事できるのか…?そんな家系に入れるのか?」
底辺大房だ。しかも、貧困層でもない中途半端で、落ちぶれることすら微妙な大房。金持ちにもド貧乏にもなれない大房である。
とりあえず微笑みのロディア。
「大丈夫です。そちらは伯父一家が継いでいますので、サルガスさんにはアーツの事務局長としてベガスで頑張っていただければ…。」
「アーツ?ベガス?大房に今いないのか??あのレストランは???」
「…。」
ロディアは無言で驚いてしまう。え?親に今の所在も仕事も伝えていなかったの??
実はサルガス家。家族揃うこともあまりないし、結婚のことがなければ会って話したいとも思わなかった。
「ああ。今、寮だし…。流れでそうなったから、その内また移るだろうから引っ越してからでいいかなと。」
そう言って1年以上過ぎている。
「…そうか…。」
父は寮ってなんだ?と思いながらも、言葉はそれだけだ。男の会話は短い。
「あとさ、役所に入籍の際に名前変えるから。ベガス教会の牧師に名前を貰ったから。電話で言ったサルガスって言うの。これまでの名前に加えてもいいって言われたけど、ツィーは残しておいた方がいい?」
「…。」
遂に怪訝な目で、サルガスを見出す家族3人。
「え?教会?いつからそんな信仰者になったんだ?新教か?正道教?」
大房は住民運動までして霊性教育を排除した地域で、込み入った宗教イコールオカルト、カルト思想が強い。
でも南や東洋系住民も多いせいか、やたら縁起は気にする変な土地柄でもある。結婚式に「分かれる、去る、離れる、終わる、切る」とか言っただけでも大騒ぎな場合もある。大雑把なくせに細かい、という面倒な土地柄だ。
お墓も結婚も仏教か新教正道教がほとんどなのに、がんばるとカルト。とにかく、無意識で住民の基本的宗教性をなくしてきた土地である。
「星見ができるカストル牧師が付けてくれた。なんかツィーよりその方がいいってさ。」
「カストル??!!!あの?」
アーツってなんだと検索しながら聞いていた父がまたまた驚く。宗教総師長の名はセイガ大陸サラリーマンなら仕事上知っている人が多い。教皇や最高僧の様な立場の上に、それをまとめるリーダーで世の中の常識の範囲だからだ。
そして、「アーツ、ベガス、事務総長」で調べてさらに吹いてしまう。立派なホームページはなくてもよく読むと、VEGA後援の連合国認定組織だ。
「…ツィー。お前何をしていたんだ?」
ちょっと父は疲れてくる。うちの子はそんなに立派ではないはず。
その前に、そんな立派な志はないはず…。
どこまでも平凡で、どこまでも普通な幸せがあればいいと思っていたのに…。風貌以外は普通人だったはずなのに。ちょっとムショにはお世話になって、シャバの空気の良さを堪能する経験もしたけれど…底辺大房と言っても普通高を普通の成績で出たのに…。
見た目は普通になったのに、その後の経歴が普通じゃないのはなぜ?
反比例なのはなぜ。
「あの、ロディアさんのご家族の出身が西アジアと聞きましたが、アジア名とかあるのでしょうか?」
話しを切り替える父。
「私はアジアでは姓を先に持ってくるぐらいですが、父たちはカーティン・ロンです。『龍』ですよね。漢字は。カーティンは母の性です。」
「ぶフーーーーーーーー!!!!!!!!!」
また無理に飲んだお茶をまた吹いてしまう父。
「うぐっ!ぐふ!ロ…ロン?西のロ…ン??」
「…。」
母妹は、「何?今日のうちの父。」という顔で見る。
「お義父様!大丈夫ですか?!」
ロディアだけが心配そうにタオルかティッシュを探すが、すぐに取れないのでサルガスがティッシュ箱を渡した。これは何か知っていそうだと思うサルガスだが、深入りする気もなく流す。何も大事にしたくないつまらない男なのである。
嫁に緊張していると思ったのか、妹がとりあえず励ましてくれた。
「お父さん、どうしたの?ロディアさんがいるんだからしっかり!照れてるの?」
挨拶した日から嫁に嫌われても困る。
「…ああ、悪い。」
「…カーティン・ロンは西アジアではけっこう…というか知る人ぞ知る家系だ…。
フォーチュンズの上に…」
「上に…?」
「赤……」
「セキ…?」
「最近アジアのコンビニにも手を出しているんじゃないか?サルガス、結婚したし赤飯焚くか?!」
絶対に話をすり替えた父。
父は面倒事が嫌なのではなく、単に自分脳内完結型の無口男子であった。
「あっ!そっか!すごい!逆玉?!」
「コラ!あなたも何言ってるの?失礼でしょ?」
父と妹は母に叱られ、ロディアに謝った。そういえば逆玉である。
「それどころじゃないでしょ?どんな格好でご挨拶すればいいの?!」
少々状況が分かり、混乱母をロディアが宥めた。
「普段私も父もアンタレスにいますので、そんなにそんなに気を遣わないで下さい。今のところ結婚式も少ない身内で収めるつもりです。」
その身内が怖いのだが。身内とは親戚だけか、フォーチュンズファミリーも来るのか。
「あの、ロディアさんはウチの兄のどこがよかったんですか?お話は兄からですか?」
妹が興味津々だ。
「…。サルガスさんからですけど…」
チラッと、サルガスを見ると戸惑っている。家族の前で言われると、サルガスも恥ずかしいらしい。
「でも…」
決意!という感じではあったが、最終的には自分も告白した感じだ。ロディアは少し照れる。
「わ~!ウチの兄からなんて…変な感じ!決め手はなんですか?」
「優しいので…。」
「分かる!サルガス兄は何気に優しいよね!ライズ兄は背が高いだけで気が利かないけど。」
サルガス弟のことであろう。
「そういえば、奴は今何をしているんだ…。」
全然連絡がないので、大学卒業後の下の息子の消息を何も知らない父である。
仲が悪くもないがそのくらいサルガス家は交流がなかった。まず父に、仕事は出来ても家族の統率能力というか…まとめて行こうとする意思がない。というのか、それで家が成り立っていると思っているのだ。ただ単に口下手だ。
今、家族4人集まっていることが奇跡である。
***
近くの中華で食事をしてから車に乗って家族たちと別れ、ベガスに戻って来た二人。
「サルガスさん、今日はありがとうございます。」
嬉しそうに言われるが、妹もいるとは思わずサルガスは疲れてしまった。
「こちらこそ。付き合ってくれてありがとう。」
親族顔合わせはもう少し後にする予定だ。
「でも…あまり言っていい話ではないけれど、ご両親離婚しているように見えませんね…。今でも普通のご夫婦に見えました。」
「…。そういえばなんで離婚したんだっけ?」
浮気した訳でもないし、ずっとお互い独り身だ。あの、言葉少なく気が回らない父の性格に愛想をつかしたのだろうか。父は仕事はそれなりにできるが、家庭のことは細かく言わないと何もできないし、気も回せない。
実際はと言うと、サルガスが知るのは後の事だが、義祖父がマフィアだったと大房の奥様伝いに知ったサルガス母は、夫人たちに煽られ非常に慌ててしまうという出来事があった。
マフィアの時代から篤い仏教徒で保守だったサルガスの曽祖父と、その後生まれた息子は、息子世代で大房の自治と教育を占領した人々に嫌われるどころか敵視されてしまった。息子は一番の直撃を食らい、その流れに逆らえなかったため大人しく過ごし、さらにその息子であるサルガス父はもっと大人しく普通に過ごしていた。
そして、サルガス父は長男が生まれた時に「女性でも通じる名前にしたら普通に過ごせます」とお寺で言われて長男をツィーにしたのであった。
親からハッキリした昔の話を聞いていていなかったサルガス父は、性格もあって元マフィアであった祖父のことを妻にうまく説明も説得もできず、話がこじれて別れてしまったのだった。地元議員にも警察にもまっとうな意味で頼られるような人物であったのに。
「今夜も夜空がきれいですね。」
いつか、このベガスももっともっと人口が増えたら、不夜城になって星が見えなくなってしまうのだろうか。
「…ファクトに、宇宙が近くなる方法を聞いたんだ。」
「空が?」
「すごく星がきれいに見えるんだって。ずっと遠くの星もすごく近くに。近いと思ったら何億もの星も見えて。」
「へー!想像できないですね。」
「その内教えてもらおうよ。俺にはできないかもしれないけど、少し見るくらいならどうかな…。」
「…サイコスですか?霊視?」
「もう一度聞かないと分からない…。」
「楽しみにしています。」
でもきっと、中央区ほど建物は入り組んでいないので、人が増えてもこの先もこの夜空を眺めることができるだろう。




