37 婚活おじさんは置いてかれる
「サルガス、ロディアさん、おめでとう!」
手狭いタウの家で祝杯を挙げているのは、既婚者を中心としたアーツメンバー。
「サルガス君おめでとー!」
あの日に連絡して、結局その3日後に二人はエリスから結婚の祝福を貰った。
二人とも指輪をしないので、タウたちと同じバングルを準備。家庭を持つのは両家の親に挨拶をしてからにするよう言われたが、教会の祝福は役所の書類にも記載されるほど重要なので、実質結婚済みである。
「ありがとうございます…。」
ロディアは恥ずかしそうに乾杯したジュースを飲む。サルガスもみんなに煽られて少し照れている。
「マジ、感慨深い!」
と、半泣きなのは最初に河漢でロディアと関わったアーツの普通人タチアナ。あの日からこんなことに発展するとは。
「ロディアさーん!」
イータが抱き着く。
「わ、わ、ジュースこぼれちゃう!」
サルガスがロディアのカップを受け取る。
「ありがとう…。」
それだけで赤くなるロディア。
「ロディアさん、好きー!」
飲んでいないのに酔っているのか、ソアのテンションが高い。
「おじさんにはまだ言ってないって…。」
自分の親に報告する気のなかった最低ジェイが、またボソッと言っている。ある意味、おじさんは地雷だ。
「一番ジェイに言われたくないことだよね。でも、おじさんが関わるとロディアさんのペースで何もできないのは確かだ。」
リーブラの意見にみんな納得するが、おじさんも結婚の祝福に出たかったであろう。
「まあ、おじさん必死にロディアさんの相手を見繕っていたからね…。これでいいとは思うけど、ロディアさんに本気の人が出る前に早めに報告した方がいいよ。」
「…まさに。」
存在は目立たないのに、言う事は注目されるジェイである。おじさんが活性期に入る前に、婚活ログアウトをしておいた方がいい。
やはりロディア父は娘の婚活に勤しんでいたのだ。なにせ婚活おじさんだから。
「ファクトも気を付けた方がいいよ。」
大人チームの外で、ラムダとリゲルと一緒に暴れん坊ターボ君の面倒を見ていたファクトが、なんで?という顔をする。
他のメンバーもさらにジェイに注目。
「心星家のご子息には、ウチの姪っ子を紹介するか、それとも親友の娘を紹介するかとか言ってたよ…。」
「…。」
やはり婚活おじさん、恐ろしすぎる…。ロディアが心の底からイヤそうな顔だ。でも、先進地域は未婚も多く結婚が遅いので、そのくらいの勢いの人がいて丁度いいのかもしれない。なぜか対決している婚活オバさんとの相乗効果でまだまだ結婚が進みそうである。
「はは!大丈夫。ファクトは頭が小2だから真面目そうなヴェネレ人は合わないよ。ファーコックの身の上を延々と聞いてくれる人じゃないと。時間の無駄過ぎて多分相手にされない!」
ファーコックはオンラインゲームのマイキャラである。ラムダが真理をいいながら、ターボ君に顎をキックされた。
ただ、世の中思い通りにいかないのも恐ろしいところである。
「響さんも狙われている…。」
「…。」
それは笑えない…。
「…響もいたらよかったのにな…。」
ロディアが思い出して少し寂しそうにつぶやいた。夜に戻って来たらしいのに挨拶もなかった。何があったのか心配である。
「まあ、これで遂に本当の『双龍』ですね!おめでとう!」
どこにでも現れるクルバト書記官が、中二なことを言って場を変えた。
「ソウリュウ?ソウリュウって雙龍の事?」
ロディアは何のことだか分からない。
「…え?それって言うべきことなの?」
サルガスは戸惑ってしまうし、タウたちでさえ答えがない。言葉の意味は知っていそうだが、ロディアは細かい事情は知らないようだ。
基本形態が普通人のサルガスは、もういいだろその設定…と思う。
ただ、後で聞いたところによると、ベガスはロディア父に『前村工機』の話はしたらしい。おじさんは直系子孫だ。
そう言えば…。ジェイは思い出す。
婚活おじさんに詳細を聞いて、カーティン・ロンの『ロン』が西の赤龍、サルガスの『ドラゴ』がやや東に位置する青龍系というのは分かった。でも、ファクトとサダルも青く光っていたが、それはなんだ?と、ふと思うのであった。少なくとも調べた限り、ファクトの家系にマフィアなどの系列はいない。では、それはマフィアなどを表すわけではなさそうだ。
サダルとサルガスとファクト。似てるのは…身長と、黒目黒髪に奥二重のスッキリ顔って言う事くらいかな…と、眺めながら考えた。
***
そんなわけで、婚活おじさんの家のセンターテーブルでご対面する父とロディア。そしてロディア横のサルガス。
「へ?結婚しちゃたの?」
信じられない顔すらできずに、およ?という感じで見ているおじさん。
「はい、よろしくお願いいたします。ロディアさんを大切にします。」
「お父さん…よろしくお願いします。」
二人で頭を下げる。
「…。え?そう?」
「…。」
「…あっ、そう?」
常に万事を動かしていそうなおじさんが混乱している。
「…。」
「…。」
「ええええーーーーーーーー!!!!!!」
やっと飲み込めたらしい。
「…なんかすみません。」
「なんかじゃない!!!勝手に結婚するな!!!!」
ああ、やはりロディア父の中で自分はもう婚活範疇外だったのかと、少し落ち込む。あれだけハイスペックな男性を部下や知り合いに持ち、東アジアにまで連れて来たのに、今更大房サルガスとか自分でも笑えない。
「ロディア!どういうことだ!!」
「お父さん!」
「サルガス君!どういうことだ!!!」
「先手を取って申し訳ありません。」
「あああ!!!!!」
お父さん大混乱である。
「…うう、メイリアル…。ウチのロディアと、サルガス君はそういう事をするんだよ…。」
メイリアルはロディア母だ。かなり落ち込んでいる。
「おじさん…、あ、お義父さんでしょうか。」
「なんだ!!?」
「私で申し訳なかったんですけど、でもロディアさんと一緒にいい家庭を作っていきたいので…。」
「は?サルガス君でいいんだよ!もう!!!
でもね…私も婚礼の祝福に参列したかったんだ!!!」
「あ、それはごめんなさい。正道教の式なのでいいかなと…。それにヴェネレの式はきちんとしますので。」
フォーチュンズファミリーの出揃う披露宴は正直したくないが、ヴェネレ教の式もきちんと上げるつもりだ。
「ちがうーーー!私もベガスで見たかったーーー!!!正道教ならウチらもいいだろ?言ってくれれば超きれいなウエディングドレスを準備したのに~!!」
「お父さん、ごめんなさい。だからそれはヴェネレで。」
その日もボリュームのないスレンダーラインの白いワンピースを着ただけだ。
「…二人とも、いつそういう事になったんだ…。なんで言ってくれなかったんだ…。」
「お父さんがそうやって騒ぐから、私がイヤだって言ったの!」
「うう…。」
「だいたい、サルガス君に全然その気がない感じだったから、ウチのロディアをあっさり断ったことを後悔させてやろうと、良さ気な面々をたくさん見付けて来たのに…。あ、どっちにしても人材集めるのは仕事だし…。
結婚式にも参席させて、後悔一本!しようかと…」
なんだその復讐、と呆れるロディアとサルガス。しかし、やはり婚活始動していたようだ。
「お父さん…。私の立場を分かってます?まず選んでくれる人がいるかが先ですよ…。」
頭が痛い。
「サルガスさんだって、私じゃなくても…」
と言いかけたところで、本人に止められる。
「ロディアさんがよかったんだってば。」
「…。」
顔を見合わせると、サルガスが笑った。
「なんだ!!それは!!勝手に盛り上がるな!私を仲間外れにしておいて!!エリス!彼も許さん!!!」
ただこれは、サルガスと結婚させたかったと考えてもいいだろう。ロディアは少し安心した。
役所の入籍がまだなこと、サルガス側への紹介もまだなこと、両家顔合わせなど全てが済んでから一緒に住むことを説明した。そして、足のことで考えていることも。
「おとーさん。こっちに来て。」
昔の呼び方でそっと父を呼ぶ。
近付いて来た父を抱きしめる。
「お父さん、ありがとう。今度お母さんにも一緒に挨拶に行こう。」
「うう…、…ああ。」
二人で抱き合ったまま、母の写真に向いて報告し祈っている。それから、ベイドが撮影してくれた祝福の動画を見せるとおじさんは泣いてしまった。その場に呼ばなかったことが、なんだか申し訳なくなってしまう。
妻がいなくなって、ヴェネレ社会やその親族間で途方に暮れていたロディア父。
ロディア父の祖母の代でヴェネレに来たロン一族。
ヴェネレに来た親戚に他国籍との結婚はあったが、自分まではまだヴェネレとの婚姻関係はなかった。祖母の代では、フォーチュンズは各地に広がる小型のアジアンスーパーでしかなかった。
そこでヴェネレの華だった美しいメイリアルを掴まえ、妻より背が低かったロディア父はアジアの商人が金で女を釣ったと、散々笑われ罵られた。
美女を娶り、事業も日に日に大きくなる彼への嫉妬もあったが、メイリアルの父が娘を気に入った男やその一族に商才があるのを見抜いて、自分の傾いた事業を復帰させたかっためにあてがった事情を周りは知っていたからだ。
初めはロディア父は妻メイリアルにも好意を向けられなかった。でも、メイリアルの父が娘を思って自分にまかせたことをロディア父は知っていたし、メイリアルも親想いで内心はとても真面目で優しい女性だった。
結婚前後は完全にロディア父が妻の機嫌を取っている感じだった。メイリアルも結婚後は散々周りに嫌味を言われ、生まれた娘にも障害があってさらにあれこれ言われひどく落ち込んだ。塞ぎ込みそうだった妻に当て付けの言葉を言われても、ロディア父はそれでも献身的に尽くし、やっとメイリアルが心を開き始めた数年後に、
メイリアルはこの世から去った。
「ロディア…。」
「お父さん、ずっとありがとう。でももうしばらく迷惑を掛けるかも。」
「いくらでも。お前のことならいくらでも…。」
サルガスは、しばらくそんな二人を見ていた。




