33 心を決める時
「ふーん。サルガスがねえ。」
ロディアはタウの家で、既婚組ソアとイータ、それからリーブラにこの前のことを相談する。
ターボ君は今日はタウに連れて行かれた。相変わらず不愛想で、でも暴れまくって父親にパンチした上にキックまで食らわせていた。この前生まれたばかりなのに、子供の成長は早いものである。
「サルガスさん、急にどうしてそんなに焦っているのか……。」
「事情は分かったけれど…」
ソアが言う。
「焦るでしょ!」
「え?そうですか?!」
ロディアには分からない。
「…サルガスはね、1年と3、4カ月前までは、ただの食堂の店長だったんだよ!高級店とかじゃないよ。あいつらのたまり場!店員が客と飯食ってるような店!一応経営者ではあるけれど。」
「でも、ふさわしいと判断されたからチコやエリスさん、VEGA職員さんたちが認めたんですよね?堂々としたお仕事じゃないですか。」
「あのね、ロディアさん…。大房民はね、大学にも縁のない人もいっぱいいるの。大房の奴らだけ面倒見てればいいと思ったのに、なぜか後半に藤湾が出てきて、2弾3弾で国立大や昴星女子まで関わって…。」
昴星はアンタレストップのミッション系女子大である。それにユラスもよくよく見ればエリート集団である。あのチコの周りのとぼけた人たちも、本国では超エリートなのだ。
「響先生が教授じゃないって聞いて、え?何?大学の先生を一括して教授って言うんじゃないの?
学士、修士、博士とかって何?どれなら食べれるのレベルなの?状態で、こっそり検索したくらいだから!」
要するに藤湾と関わった時、出てくる単語すら知らなかったのだ。これが大房レベルである。みんながそうなわけではないが、そんな大房民がアジア、ユラス、ヴェネレのエリートど真ん中に関わってしまった。
「まさにバイトから成り行きで店長になって、ポテト揚げてたところから、いきなり連合国からお給料の出る組織の事務局長だよ?ファクトにポテト食わせてた男がだよ?
しかも蓋を開けてみれば、自分より優秀な人たちが部下やパートナーになっているって…。」
「そこにヴェネレの経済人たちだからね…。」
イータは会場には行かなかったが、ネットでフォーチュンズのスタッフに関する写真を見てため息をつく。いかにも頭もよく、スーツをビシッと決め身なりもよく、お金一からでも儲けて行けそうな顔をしている。
「私……ヴェネレでの嫌われ方は本当にひどかったんです…。彼らには相手にされません…。」
「でも、彼らはおじさんの部下の息子たちや新規の人で、昔の顔見知りではないんでしょ?」
「………そうです。でも、ヴェネレで…ずっとずっと目や口がデカくて、不細工で、みっともなくて、人前に出られる顔じゃないと言われていました…。」
「…。」
ひどすぎる。全員黙ってしまう。
おそらく東アジアで出会った人たちは、アーツもユラス人もロディアにそんなことを思う者はいないだろう。自分のくどい顔が嫌いらしいが、比べられた対象である美人だった母親も知らないし、ロディアより濃い顔の面子はベガスにいくらでもいる。ヴェネレ人自体も十分濃いのに。
「父が外国人で一気に首都で力を付けて来て…私が混血だったのも、もしかしていじめの原因にあったのかな…と今なら思いますが…。」
それにしも、昔の子供たちはロディアの何がそんなに気に入らなかったのだろう。ただのからかいの対象だったのか。
大房はもう、元が分からないくらいの混血、人種混在地域なので、あまり差別や対立はない。
「でも、今のロディアさんをそう思う人はいないよ。人それぞれ好みはあるだろうけど、それを言ったら私だって大した顔じゃないし。」
美人とかでなく、街にいる普通のお姉さんだ。
「そうだよ。今頃そいつら後悔してるよ。ヤバいことしたって。」
「…。」
ソアたちとしては、サルガスの心配も分かる。
まず、父親が一線を引いたとはいえ、ロディアはフォーチュンズ一族の令嬢。
過去はどうあれ、今のロディアは今を生きていて、話を聞かなければいじめにあっていたと分からないほどしっかりしている。何かのトップに立つ感じではないが、結婚したら幸せな家庭を築いていけそうな、いい雰囲気の女性だ。
それに、大房やベガスでも障害を持つ人と結婚している者は多い。お互い思い合っていれば、足のことなら気にしない、共に越えて行こうと思う男性はいくらでもいるであろう。世界は広いのだ。
そう考えると、今、ロディアの世界は開けてきている。
「もしかして、気弱なサルガスがイヤになった?会場でもっといい人見付けちゃったとか?」
「え?そんなわけありません!」
「もうちょっと堂々として頼りある男だと思ってた?」
「ええ??」
控えめに聞いてくるイータ。
「…情けないこと言い出したもんね。結婚前に自信がないとか言うって…。」
「マリッジブルーって男もなるんかい、みたいな?」
「取るに足らずって感じ?」
「所詮、大房だしね。ちょっと底が見えたとか?」
リーブラやソアも付け足す。
「?!」
ロディアは赤くなって、ぶんぶん首を振る。
「そんなひどいこと言わないで!」
びっくりして庇うロディア。
しかし、やたら老け込んだ感じで大房3人組は言う。
「いいんだよ。ロディアさん…。マジで所詮、大房だから。ウチも大房だけど、言いたいことはいくらでも言っていいから。私も言ってるし。」
「ウチら、こんなもんだし…。」
「大房の悪口はいつでも言いに来て。」
サルガスの話なのに、なぜか大房に拡大している。
「いえいえいえ…。そんな風に思っていないです!」
「それにね。前の話を出すのも申し訳ないんだけどさ、サルガスは一回逃げられているからね…。結婚するつもりだった相手に…。」
ユンシーリのことであろう。
「それもあって、焦っているのかも。あの後、しばらく死人みたいな顔して仕事の事以外喋らなかったし。」
しみじみ思い出すリーブラ。あの頃のサルガスは、マンボウみたいに触っただけで死にそうな抱きしめてあげたい対象だった。パイが執着していた気持ちが分かる。触ったら死ぬから触らなかったけれど。
ただ、マンボウは思ったより強く、いくらでも胸で甘えさせてくれるパイに甘えることもなく、逆にご飯を作って甘やかしていたが。しかも最後の最後にキスを迫られ追い出していた。
…めっちゃ強いやん。マンボウもそんなに簡単には死なないらしい。
「でも、ユンシーリさん、わざわざ会いに戻って来たんですよね。勇気のいったことだと思いますが…。」
「まあ、二股したようなもんだしね。よく顔を出せるよ!」
リーブラとしては許せない過去だ。せめてきちんとお互い別れてからにしてほしい。当時デイスターズに電話で追及したら、もうサルガスとは別れていたつもりだったとか言ったのだ。当人は何も知らなかったのに。
サルガスキープされてたんじゃん!
「パイさんにも陽烏さんにもあんなに好かれて、サルガスさんが女性に焦る気持ちが分かりません…。結婚を急ぐ歳でもないのに…。」
「ヤツは女性単位じゃなくて、ロディアさん単位で考えてるんだよ。モテるとか関係ないんだってば。だから焦ってるの!根が真面目だし…。」
「………?」
一瞬言っていることが分からないも、少し頭で整理して赤面してしまう。
「…っ!」
「モテるのに、不器用なんですね…。」
「…そうだね。ヤツは器用そうで不器用だよね。ガキンチョどもの扱いはうまいけど。」
「器用だったら、私なんて相手にされないでしょうか…。」
落ち込むロディア。
いやいやいやいや、と思う3人組。なぜそうなる。
「ベガスでモテる人たちは、みんなモテることを全然人生に生かしていませんね…。」
「何、その真理。」
感心する。響といい、チコといい、陽烏といい、時々来るサダルといい、本当にそのとおりである。ロディアでもそんなことを考えるのか。無双状態なのに無双しないのか。
「この際さっ。」
イータが勢い付く。
「もうサルガスを貰ってあげなよ!」
「は?!」
「そうだよ。もう早く結婚しちゃいなって!」
ソアも言ってしまう。
「男と女では、決まってから待つっていう感覚も全然違うしね…。」
「そうなんですか?」
「そうだよ。ここで結婚する限り貞操で待つでしょ?」
「はあ。」
「はあじゃない!男にとっては大事なことなの!とくに信心もない大房民なのに!!」
「……」
そういうことは今一つ、ロディアは理解に乏しい。
「これからまだまだベガスに人が入って来るのに、不安にさせるだけだよ。それにまだ大房に行ったことないでしょ?今週中に、サルガスの家に挨拶に行っちゃいな。」
「ああ…これからまだ素敵な人が来たら、もう敵わないし…。」
「違うって。」
「…でも、足のことも、家のことも、式のことも…何にも…っ。」
「そんなの後でいいよ!二人ともしっかりしているし性格はいいんだからさ、ちゃんと足場を固めてからじっくり話し合えば。」
「でも、ヴェネレでは結婚式とかは親族で話し合うし…あらかじめ話しておかないと、またサルガスさん混乱しそうで…。」
「もういい、いいよ!
だって、サルガスはロディアさんがそういう立場の人だって分かって、逃げていったわけじゃないんでしょ?きちんと関係を確立させたいと思ったわけでしょ?それでいいじゃん!」
リーブラがなぜか泣きそうだ。なんといっても、サルガスとは腐れ縁。また失敗してほしくないし、リーブラ的に思う。あの婚活おじさんは娘の前では大人しいふりをして、これからも新手をどんどん連れてくることであろう。サルガスのその焦りも分かるのだ。
「………。」
ロディアはキョトンとしてしまう。
サルガスは、ロディアの立場を知って付き合うのはやめようと思ったことはあったけれど、心に決めてからは逃げたわけではない。
ストンと、リーブラの最後の言葉が胸に染み入った。




