32 自信喪失の逆転
目を覚ましそうです。と連絡を受け、SR社のラボの個室に入る響。
様々な機械が付いたベッドに寝かせられていたシェダルは、目を閉じているとチコに似ている。
チコの顔立ちはユラスや西洋系とは少し違う、アジアを感じさせる顔だ。二人がどことなく似ているのは、母親似なのだろうか。母親はアジア系?
後ろで、アンドロイドのナンシーズが見守る中、シェダルがそっと目を開けた。
「………」
「…。」
少し上を向いたままじっとしていて、しばらくすると首を動かして響を見る。
そして、また上を向いて口だけ動かした。「ここは?」と言ったのだろう。
「ここは、SR社。もう大丈夫?」
そこでシェダルは自身に四肢がない事に気が付き、ビックッと動く。
響はサッと、シェダルの肩に手を置いて説明する。
「大丈夫。連結部がどうなっているか見るために、一旦外したの。この後にもう一旦付けるから。それから相談役を付けて、新しい義体を作るらしいよ。」
「…あたら…しい?」
「もしかして義体が合っていないのかも。それで、アドバイザーを付けて全部やり直すから。」
「アドバイザー?」
普通、人に関わるメカニックやニューロス体には専門のアドバイザーやカウンセラーが必ず2人以上つく。希望や不安に対応していくためだ。それは法で決まっているが、シェダルにはこれまでそれもなかったようだった。
「麒麟………」
「麒麟じゃない。麒麟だけど…私は響。」
「キョウ?」
「響と呼んで。」
「…。キョウ……」
「もう少し寝ていて。ここのスタッフはあなたに悪いことはしないから安心して。外部からの事象にも対処してくれるから、ここにいる間は眠かったらたくさん休んで。」
スタッフが優しく言う。
「何か聞きたいことやしたいことあれば、私かそちらの介護アンドロイドにお話しお願いします。時々私は交代しますが、その時はまたスタッフを紹介しますので。」
「………」
どうしようと響は思う。
これで仕事が終わった。
シェダルは暴れることも怯えることもなく、ただ言う事を聞いている。だったら、自分の役目はない。
「あの、私…。午前中はここにいてもいいですか?」
スタッフに聞く。
「ええ、もちろん。お食事をされてもいいし…もしかして用事があります?そういえば大学の講師とお聞きしていましたが…。」
「いえ…何も。今は無職なんです…。」
「あ、申し訳ありません。」
「気にしないでください。」
「もし大丈夫でしたら、今、社長や先生たちが彼のことで話を詰めているので、そこれまでいてくださいますか。」
「はい…。」
響は部屋に戻って、論文を進めることにした。
***
南海の昼の時間。
実は、忙しくてまだデートもしたことがなかったサルガスとロディア。
デートと言えるのか、道すがら以外に二人で会ったのはあのレストランの個室で足のことを話した時だけだ。
そんな二人が初めて南海のカフェで二人で昼食をしている。
これが初デートなのだろうか。
サルガスはユンシーリとは流れで付き合い、デートとか形あることをハッキリするわけでもなく、惰性とまではいかないがお互い不規則な上、ユンシーリが忙しかったのでほぼアストロアーツか家で会う形だった。時々出掛けたり外で食事はするも、関係としてはほとんど下町ズの奴らと同じような雰囲気だったので、改めて付き合うという形が分からないのである。
ロディアとしては、あの陽烏のことが気になって仕方がない。
どう考えても浮かれた女子大生であった。あんな美女に浮かれられたら、自分でも浮かれてしまう。実際ロディアがあの可愛らしい頬に触りたかったぐらいだ。目の色もキレイでじっくり見つめてみたい。
やはり惚れられていたのだ。どう思うのか、とサルガスに聞こうと思ったロディアは逆にサルガスに言われてしまう。
「ねえ、ロディアさん。やっぱり早くおじさんに言おうよ。付き合っていること。」
「え?なんでですか?」
いきなり話が飛んで驚く。
「近くに暮らしてるし、隠すのもおかしいし…。」
「でも、父に知られたら何もかも急かされると思いますよ。」
「…俺はそれでもいい…。」
「…。」
「お付き合いどうのだけでなく、両家に挨拶で明日にも入籍…みたいなことになるかも…。私の年齢を気にしているし…。」
「いいよ。いい。」
「へ?どうしたんですか?」
そう、サルガスはあの日、ヴェネレ人と会ってかなり焦っていた。
どう考えても婚活おじさんは、彼らヴェネレ人を娘に紹介する気満々である。しかも、自分はどこかに彼女がいることになってしまっている。もう、おじさんの中でサルガスは範疇外になってしまった。
サルガスは、昨日改めてロディアが大手の娘であるという事を実感した。しかもバリバリ経営者一族の娘である。もし結婚式をするにも、大々的にする可能性も否めない。あのおじさんの部下たちも来るのだろうか。どんな顔をして立っていればいいのだろうか。まだ『カーティン・ロン』一族の全貌も知らないのだ。
「おじさんさ…。多分これからどんどんロディアさんの婚活を進めていくよ。おじさんが紹介した男性に勝てる気がしない…。」
「…。」
ロディアは「へ?」という顔をしてしまう。
「もしかして昨日のヴェネレからの一行ですか?大丈夫ですよ。私はヴェネレ人好みではないし、バカにされていたし。父も伯母たちに叱られて、そんな事はしてこないと思います。」
「…でも、おじさんはどこでも人脈を作ってしまうから…。それに、昔のことは分からないけれど、今のロディアさんは全然そんなことないよ。」
「………。」
「普通に彼らみたいな男性の結婚対象になるから。」
「…サルガスさんは、当時の私を知らないからそう言うんです。」
婚活おじさんはあのパイや陽キャ下町ズですら、すぐに仲良くなっていたのだ。おじさんの頭はロディアの数十倍の速度と複雑性で事を進めていることだろう。
「サルガスさん。私が心配しているんですよ?陽烏さんキレイだったでしょ?」
「…陽烏?…ああ、かわいかったよね。ヴェネレ人も気に入ってたの?」
「………」
「アーツに入るとなると、今なら、響さん並みの騒ぎになりそうであまり入れたくないんだよね…。まだ河漢の人間は分かってないことが多いし。」
「………。」
本当に彼女がサルガスの範疇にないんだと思うロディア。
「彼女、医療デザイン専攻だからアーツよりも藤湾の方がいいと思うし。なんか意見とかある?」
「……何もないです。…でも、まず父に紹介の前に、もう少し私たちが時間を取って、お互いや今後のことを話せるようにしましょう。」
「…でも…。」
結婚式のこともあるが、国や家の環境差の話もしなければいけない。それにサルガス一家と違って、ロディアの一存だけではすまないことの多い家系であろう。しかもおじさんは西アジア中央系。カーティン家だけでなく龍家側の結婚式も盛大である。
「…でもさ、一旦おじさんに話だけでも…。」
「何をそんなに急いでるんですか?」
「おじさんの周りは…」
「それは大丈夫だって言っています。」
「だから…自信がない…。」
「…自信?」
「ロディアさんはよくても、もうおじさんの中で自分は論外かもしれないし…」
「急にどうしたんですか?彼らが大手のエキスパートや役員たちだから?サルガスさんも、ちゃんとお仕事持っているじゃないですか。連合国認定組織の事務局長ですよ。誰でもなれるものではないでしょ?」
「…でも、俺の場合、流れで自分が長になったようなものだし…。それに…彼らのように…」
「自分を誇って下さい!」
「だから、おじさんに…」
「…。」
「…分かりました。ならもう一度二人できちんと話し合って、来週にでも…」
「もう、時間が取れたら今すぐにでも…」
「…サルガスさん!」
「……」
「どうしたんですか?!」
話が通じないサルガスに怒ってしまう。
もし、サルガスが大房風に大きな行事を望んでいないなら、父のことも止めないといけない。一気に話が広がって、ヴェネレの人間にあれこれ言われたくない。ヴェネレも西アジアに引けを取らないほど冠婚葬祭をきちっとする。いろいろと話を聞かないと、お互いに望んでいることだって分からない。ロディアも少し泣きたくなる。
「サルガスさん、落ち着いてください。」
「………」
「…。」
あの日以来の初めての食事なのに、二人はその後黙々と食べて、ロディアの休憩が終わるだいぶ前に席を立ち、言葉少なく別れた。




