31 無自覚の初恋と失恋
また一方で、友人たちと会場入りした女性に、一斉に視線が向かった。
淡いクリーム色のサラサラの髪をサイドで編み込んだ、天使の様なハイエルフの様な美しさの女性、現ベガス総長エリスの娘陽烏であった。
陽烏は、アーツのリーダーたちを見付けるとサーと優雅にそちらに向かう。
「サルガスさん。おめでとうございます。」
サルガスやタウたちの前で礼をする。
「おめでとう?」
「この会もこれまでの活動の賜物です。」
陽烏は赤くなって嬉しそうに笑う。
「…そういう事ね。お互い様だよ。藤湾大の方もいい評価を貰っているみたいでお疲れ様。」
サルガスが笑うと、陽烏も赤くなるのでみんな悟る。もうバレバレやん。婚活おじさんとロディアもじっと見てしまう。
「あの………」
「…ん?」
「あの!私……今度私もアーツでベガス構築のお手伝いをしたいです!」
そこでサルガスは、すぐ仕事モードになる。
「陽烏さん医療関係でしょ?こっちでも話し合ったんだけど、藤湾学生は藤湾OBと現役で医療関係の団体が立つからそっちの方がいいかもよ。こっちは………正直柄が悪いし…、あまり陽烏さんのスペックには合わない。」
「でも、…それで、あの……私、…小さい頃習っていた空手をもう一回始めたんです!」
健気だ。周りで聞いているみんなは泣けてくる。
一緒に仕事をしたいがために、自分の身を下げてアーツに来たいとは………。
「そうなんだ…今度ソアかイータと話してみるといいよ。ウチの事務局員。でも、せっかく第2、3弾で中和されたアウトロー感が、また河漢でヤバい感じに復活してきて…。」
あまり褒められた面子ではない。
とくに第1弾と河漢。河漢なんて汚い言葉が飛び交い女性にとって非常に危険地域である。外部要員である大房のおじさんたちなんて、因縁の常若と変な対立までしている。仕事の割り振りでどうにでもなるが、そんな男の多いアーツに陽烏など入れられない。
「…そうですか…。でも………」
「あ、待って。シャム!こっち来い!」
食べ物を取りに来た藤湾学生シャムがいたので、サルガスは藤湾の方で立ちあがっている団体を説明してあげてほしいとシャムに陽烏を預ける。
「…あの…、私………。」
チコやサルガスの下で働きたいのにかわいそうな陽烏である。
そこでロディアに気が付いたシャムが、この輪の中でこっそり言う。
「あ、サルガスさん………あっちに彼女さんいらっしゃるじゃないですか!楽しくお話ししてくださいね!じゃ、行こ、陽烏さん。」
それを聞いた陽烏が固まってしまう。
え?彼女?どこ?
「なに何?サルガス君彼女できたの??紹介してよ!ひどいなあ!」
目ざとい婚活おじさんも過剰な反応をして、ロディアが嫌そうだ。こんな人の多いところでお披露目は確実にイヤであろう。
「陽烏さん…。藤湾とアーツ、VEGAでは基礎もすることがそれぞれ違うからさ、いろいろ検討して、それでもアーツがよかったらまた来なよ。」
サルガスが笑って手を振るが、陽烏の顔は硬直気味だ。
ああ、かわいそうな陽烏…と知る人は思う。
おそらく無自覚の初恋が、無自覚の失恋となってしまった。敢えて無自覚にしてきたのに…。
「おー!レサト~!」
「シャムか。くんな。陽烏さんはいいけど。」
「つうか、お前。今地雷を踏んだな。」
クルバトがシャムに怒る。
「は?なんで?」
「わざとじゃなくて、もしかしてそれも無自覚?最悪だな。」
まだ硬直する陽烏を、一旦レサトのいるファクトたちのところに連れて行くシャムなのだ。まだ話を広げたくないロディアの気持ちと事情を知らないKY男のシャムある。
「…………」
「あれ、どうしたの?」
「………どうしたんでしょう…。なんだか…。」
超かわいく、超きれいな女性が口をへの字にしてしかめ顔をし、もう話もしない。
陽烏はそのまま下を向いてしまった。
「………。」
「陽烏ちゃん、どうしたの?」
「うわっ。最悪。なにあの男ども。」
あんな鈍感そうな男ばかりのところに連れて行くとはアホか、とソアとリーブラが悟り、陽烏救出に向かった。さすがにロディアは連れて行けないので2人は挨拶をしてヴェネレ人の輪を離れる。
そして、女子による陽烏慰めの会が始まるのであった。
***
昨夜の懇親会は、飯だけ食っていたアーツメンバーも驚きが止まらない。
あの懇親会に、こんな意味があったのか!
自分たちはこんなんなのに、懇親会は一般のニュースにもなり一部界隈を騒がせ、アンタレスを大きく動かすことになったのだ。
これまで移民ベガス触れたくない、無法地域河漢関わりたくないだった東アジアに大きな衝撃をもたらしたらしい。
そんな触れず触らずで、一部以外トップ企業が関わってこなかったベガス。
しかし、昨日はユラスのジョア率いるのザルニアス家、ヴェネレのフォーチュンズファミリー。フォーチュンズの元会長は西アジア出身。そして知る人は知る、サイファークリアの婿、響のお兄様は蛍惑物流の孫だ。加えて、実は遅れてセラミックリーバス、シンシーの夫たちいくつかの蛍惑企業も来ていた。つまり、ユラスや西アジアが先にベガスに入ってしまったのだ。
小売り、流通、商社、建設、メンテ、病院、イノベーションなど公共インフラ以外、どんどん外堀が埋められていく。警備関係もユラス企業が強かった。そして、教育関連も、藤湾学校によって独自のモデルが生まれている。東アジアは好奇心旺盛な中小企業が、既に一部の分野を占領していた。
本国に見捨てられた、ほとんど未亡人状態の議長夫人が、見るのもはばかれるような様で頭を下げて、どうにか繋いできた自治区域。ユラスを繋いだカストルも当時のユラスで酷評を受けていた。
そんな異邦人や変わり種中心に作られたベガス。
本人たちは、新規参入組を主役にするために昨夜のパーティーは欠席をし、別で面会の席を設けていた。
誰も、この10年で本当に自立した大学が作れるとも、大型移住が始まると信じていなかった。
夫も不在、後ろ盾をなくした異国人のユラス女性自治6年で、スラム河漢が動き出すとも思ってもいなかったのだ。
民族対立をしていたユラスとヴェネレが、同じ土俵で仕事を始めるとは考えすらなかった。
だからこそ、触れたくなかった東アジアは移民であり外部の人間にベガスを投げたのだ。
そこで足掻いてくれていれば、自分たちは市民から真っ先に批判も受けず、何かあれば責任も遠回りできる。年間予算も使われ「一応移民関係の政策はしましたよ」という証にもなり、成功を求めていたわけではなかったのだ。程よい天下り先にもなり、それなりに管理もして、完全な無法地帯になることだけ避けられればいいと。
しかし結果は違った。
ベガスがこんなに一気に大きくなると思っておらず、様子見を決めていた東アジア大手が焦って動き出したのだった。




