30 パーティーはヴェネレの襲撃
SR社の朝は昨夜の騒めきに比べれば、静かなものだった。
2機の一般警備アンドロイドと、SSクラスアンドロイドの護衛、そして常に1人以上のスタッフを置いていたが、シェダルは起きなかった。
与えられた自室でハッと目が覚める響。
知らない香り。知らない布団の感触。そして色。
一瞬ここがどこか分からなくて、ガバっと起き上がった。
あ、そうかSR社で………。
自分の置かれている位置に不安になる。私はここで何をして、どこに行くのだろう。最終的にはSR社にも、シェダルの力になれるものもない。
「あ…。」
顔も洗っていないし、歯も磨いていなかった。時間はまだ朝の5時15分。
もう一度寝転ぶが、仕方なしに身支度をすることにした。
***
その日の藤湾アーツ寮の周りは、よく分からないスーツ集団であふれる。
「ねえ?あんたたちはなんでスーツを着ても、団体職員っぽくならないの?!」
呆れているのはファイ。
「知るかよ。」
「ビジネスマンになりなさいよ!」
「団体職員ってビジネスマンじゃねーし。俺らほぼ公務員だよ。真逆の存在だからいーよ。」
「どっちにもなってないよ!」
今日はベガスで大型の懇親会があるため、リーダー格は全員参加。それ以外も任意参加となり、基本スーツ着用である。
しかし大房アーツ。
前にも何度かこんなことがあったが、なぜかこいつらはスーツを着てもビジネスマンにも公務員にも見えない。どっかのバンド、もしくはガードマン…というかヤバい組織の幹部である。
「はあ…、もういいや。行っといで。頑張ってね。」
そう言ってファイは女性の準備の方に向かった。
開発、経済人懇親会と言われたその集会は、河漢のあの酒と色臭い懇親会とは全然違った。
現在ベガスで最も整備されたホテルの500人収容可能な宴会場。
料理もユラス、ヴェネレから東、西アジアが揃い、刺身やデザートもたくさんある。お酒もグラスに少なめのワインやノンアルコールカクテルを中心に出され、好きに飲みたい濃い酒は直接バーで注文しないと出ない。
「今、ベガスには、西アジア人他、主にユラス人4万人、ヴェネレ人2000人ほどが住んでいます。そして………」
暫く説明の挨拶があり、それから乾杯に入る。乾杯はシャンパンかシャンパン風ドリンクだ。
「えー、では皆様、お手元にグラスはあるでしょうか!」
「え?え?」
ラムダが迷っていると、近くの配膳さんが直ぐにオレンジジュースを渡してくれた。ノンアルコールもあるのに完全に子供だと思われている。せめて炭酸水にしてほしい。
「それでは、アンタレスと連合国の繁栄、ベガス構築、河漢事業の成功を願って…
かんぱーい!!」
全員がグラスを掲げ、周りにもグラスをあげた。
「俺ら何してたらいいの?」
とりあえずすることの分からない、アーツの普通人なメンバー。
「チコさんには誰かと交流してもいいし、好きに飯食ってろって言われたけど。あと、参入してくるヴェネレ人の顔を覚えとけってさ。」
「そんなん交流しなきゃ分かんないだろ。」
「ヴェネレ人は彫りが深くて顔が濃いがくどさはない。男は短髪であご髭がある場合が多い。ユラス人は、アジアとヴェネレ人以外だ。」
「…そう言われたところでなあ…。」
ゼオナスやイオニア、サルガスやタウたちはもう多くの人に囲まれて、何か話をしている。
話のうまいソアもおじさんや婦人たちの中に入っていた。
「おー!サルガス君!」
「あ、おじさん。こんばんは。」
婚活おじさんことロディア父が、数人の若者を連れて来ていた。
「サルガス君。彼らだけどね、ウチの会社の有望株で、2人はこっちに送ろうと思うんだよね。河漢とベガスにそれぞれ。
バーチ、ファイドル挨拶してくれる?VEGA傘下の団体でアーツのサルガス君。で、こっちはゼオナス君。…あれ?君は?初めて?」
「サイファーから来たミツファと申します。サイファークリア株式会社の専務を務めております。」
響のお兄様も来ていた。
「えっと、もしかしてミツファ響さんのお兄様?」
「あ、はい。妹をご存じですか?」
「ご存じも何もうちの娘の親友だよ!!うちの実家、サイファーの近く!
アディオス!アディオス!!」
戸惑うお兄様を無視して、熱く抱擁している。
「もう結婚してる?」
しかも営業が速い。
サルガスはおじさんの部下たちと挨拶をする。
「私、バーチ・ルベンゾンと申します。以前アジアとの商社の方を担当していまして、こっちではそれを生かして系列のマートをまとめたいと思っています。」
手を出されるので、サルガスは握手をした。30代半ばくらいだろうか。非常に余裕な雰囲気を醸し出している。
「アーツベガス、大房の事務局長ドラゴ・サルガスと申します。」
「私も同じく向こうで本社専務の補佐をしていましたファイドル・ラーキです。」
お互い何人かと握手をし、電子コードをかざす。
ここでは関係を持ちたい人物とはデータを送る以外に、電子コードをかざし合えば勝手に個人名刺が行く。
今までヴェネレ人と言えば、楽しい婚活おじさんに数人いる皆さんといった感じだったのに、ここに来て分かる。かなり強者たちが集まって来ていた。
ヴェネレ人は若者もあご髭を生やした者が多く、体格はユラス人の方が少しいいが、スーツを着慣れ非常に世慣れしている感じだ。
そして気が付く。
会話の大枠は分かるが、世の中や商売の数値まで出てくるようなあまり深い話をされると、サルガスは付いて行けない。代わりに元々経営者やビジネスマンだったゼオナスやイオニア、タウたちが話を進めてくれている。
「サルガス君、ロディア見てない?」
「どこかにいると思いますけど。」
「彼ら紹介しておこうと思って。ロディアが子供の頃からの親友の息子たちもいるんだ。」
「…そうですか。」
少し考えて、え?と気が付くサルガス。紹介?
「どうした?何固まってんの?」
タウにツッコまれる。
「……あ、ロディアさん見た?おじさんが挨拶してあげたいって。」
「リーブラたちといたけど。」
「リーブラ。ロディアさんといる?一緒にこっち来て。」
タウがデバイスで場所を伝えると、ほどなくしてフォーマルなスタイルのリーブラとロディアが来た。
ファイやライたちにしてもらったのか薄化粧をして髪をセットしたロディアが、サルガスに気が付いてニッコリ笑って手を振る。
「………。」
サルガスもそれに気が付いて笑った。いろんなことに自信がついて来たロディアはとてもきれいで利発的に見える。
「ロディア~!」
「………。」
ロディアは父を見て少し引く。
「どうしたんだ!ディナイにいる時よりキレイじゃないか!誰にセットしてもらったんだ?!」
「……やめて下さい。」
娘に冷たく言われる。
「あ、ウチのロディアだ。今、ベガスの藤湾大で数学や経理の講師をしているんだ。
こっちに来て挨拶を。今、向こうで叔父さんの手伝いをしているメンバーだよ。」
ロディアはそこにいる青年たちと一通り挨拶をしていた。ヴェネレ人との社交を避けてきたのに、今は堂々としていて、握手にも躊躇なく手を出していた。
一方、リゲル、ファクト、ラムダ、サレト他妄想チーム寄りメンバーは、婚活おじさんの片腕たちに引っ張られて行ったジェイを憐れみながら、おいしく飯を食っていた。
「ジェイ大丈夫かな?」
「ジェイもこれからこういう場を乗り越えて行かないといけないからな。」
「ベガスに来る前まで話さない系コミュ障だったのに………かわいそう…。人生何があるか分からないね。」
「ここでもただのコンビニバイトだったのに。」
「要所要所頑張るけど、ジェイは今も基本コミュ障だよ。」
「ジェイ死んじゃわないかな…。」
最近コミュニケーションをとり過ぎている。しかも陽キャどころか国家級の要人やビジネスマンとだ。ジェイでなくても死ぬ。
心配するラムダの横でレサトが余裕の顔だ。
「おじさんも、親に結婚の報告もしないつもりだった男の面倒をよく見るよな。別にケンカとかしてもないのに親を無視するとか。俺ならそんな男に姉妹も娘もやらん。」
ジェイは仲が良くもないが悪くもない両親に、何も言わずに結婚をしようとしていた男で、婚活おじさんは世紀の驚きの顔を見せていた。
「レサト、けっこう先の先まで考えてるんだね。」
ラムダが感心する。リアルな結婚や家庭なんて想像もできない。しかも嫁にいく娘を見送る親なんて。娘が嫁になるどころか、俺の嫁はいるのか。
「レサトたちは行かなくていいの?他の藤湾学生たち、いろいろな人にあいさつ回りしているよ。」
ラムダが聞いてみる。
「いいよ。俺はチコ様に来いって言われただけだから。」
「仕事しろってことじゃないの?」
「俺がここで何すんの?」
「…そうだね。レサトは一体何をするんだろうね。」
答えのないラムダはこれ以上の質問はやめた。無駄である。来いと言われ、指示がないから本当にいるだけとはジェイよりひどい。
「それにしてもさ、ベガス、大きくなったな…。」
ファクトは不思議な感じがする。
最初に来た時は、南海と藤湾以外はほとんど空きで、業者が延々と建築物のメンテをしているだけだった。自分たちまで、まさかここに住居を移すとも思ってもいなかった。
ただ、心残りは幼馴染のラスである。
何を掛け違えて、ラスと自分たちには距離ができてしまったのだろう。
前回、少し内容を変更しています。




