24 いつかの結界
「『前村工機』……」
ジェイがしゃがんだまま言う。
「は?そこ床だろ?」
キファやティガも近くに来てしゃがみこむ。
「ある…。この下に、大きな字で『前村工機』って…。」
「???」
みんな見るが分からない。
「赤く光る文字で…漢字で書いてある…。」
「霊視か…?」
ジェイはベガスに来てから一気に霊性が開けた一人だ。
「なんだ?もっと地下があるってことか?」
「ここ、設備以外は最下層だろ。」
キファもコアラを召喚した時を思い出し、念を送ってみるが何かありそうだという感覚さえない。
「前は愛があったからな…。」
愛がないと何も召喚できないらしい。
サルガスが気を引き締めた。
「……ファクト。電話は誰からだ?」
「シリウス……」
「っ?!」
「シリウス?!!」
全員が電話や周りに構える。
『ファクト?あるんだね?』
「あるけど…。どうしたら?」
『私が連絡したことは周りに人がいたら言わないで。』
「もう周りには言ってるけど。」
『その人たちには口止めして、後はチコたちか東アジア軍の本部に連絡して。』
一体だれが東アジア軍に連絡するというのか。そんな民間人いない。
「せめて警察に…。」
『警察は駄目。そこからだと河漢警察に繋がってしまう。』
「ダメと言われても。そもそも軍の本部って?アンタレスの?国防省?大統領?絶対に無理だよ。」
『………ベガス駐屯でいい。』
一番簡単である。
横を見ると、既にサルガスが河漢事務所に連絡していた。
仕事が速すぎる。
***
そして、アーツメンバーにとって、また恐ろしい光景が広がる。
ベガス駐屯にただの状況報告連絡しただけなのに、なぜか軍用車両数台に完全装備の軍人たちが来てしまったのだ。
何だこれは。映画か。
チコが出ないので、一応河漢事務所にいたユラス軍関係者に繋がった。
なお、チコの直接の連絡先を一部メンバーは知っているが、掛ける掛かってくる人間でデバイスのOS自体が瞬時に切り替り、軍や国の仕事とそれ以外ではOSが違う。ベガスやアーツなど一般の仕事関係だと、チコが出ない場合、番号によって事務局やカウス同僚たちに切り替わる。
ちなみにこの時代のデバイスは、電源を切っていても、可能な状況と権限があれば外部者が遠隔で再起動させられる。ベースバッテリーが空になることはほとんどないし、何かの時はモバイル会社の権限で、デフォルトで設置されている普段は動かない余力バッテリーを起動させることができる。事件などに対応するためだ。
地上に車両が何台来ているか見えないが、バイク数台と2機はロボットタイプのタンクでここまで一気に降りて来た。
完全武装の兵士たち。
おそらく、こんな風景をこ見たことがあるのはファクトだけである。そして、東アジア軍も数人いる。東アジア側の把握という意味と、ユラス軍だけだとこの管轄からいちゃもんが入るので、河漢警察に入られないようにだろう。
超高性能地下センサーを持った数人の軍人たちが何か調べている。
かわいそうなことに、ジェイは誰かも分からない軍人に連れて行かれ、霊視で見えた場所を確認させられていた。
アーツは少し端で武装兵数人に取り囲まれながら、各自聴き取りを受け見物している。
「ヤベーな。完全武装している人、初めて見た…。」
ユラス軍もさすがに普段はメットやゴーグルまでしていない。しかも硬化マスクまでしていて、誰が誰だか分からない。知っているいつもの人たちはいるのだろうか。
「これ、ベガス駐屯もなんか知ってただろ。でなきゃこんなに動かんと思うが。」
「シリウスからって伝えたからじゃないか?」
とりあえず見ていることしかできないのは確かである。シリウスから電話が掛かってきたことも、今回のことも全員口止めされた。
「タラゼド。こういうのって、近代でも地図に載っていない旧設備ってあるの?」
「ここまでデジタル化する前だとあり得るな。ただ、このレベルで軍が動くってなんだ?しかもこんな地下、何かあっても行政関係かインフラ以外にないと思うが…。企業だと完全デジタル化の過去90年は記録に残らないことは普通ないと思うし…。」
「普通じゃないってこと?」
「犯罪の巣窟跡が出てきたら怖いな…。」
「それなら公安か警察も動くだろ。」
「金持ちの核シェルターとか?政府も知らないってことは、行政関係じゃないだろ。知ってたらユラスを入れないだろうし…。」
「そもそも『前村工機』って…。…聞いたこともない。隠れ蓑?」
「…どうでもいいが、早く地上に行きたい…。」
ティガが落ち込む。
そして、ビビる。
もう一機の車両から地面に降りた人物。
今日は軍服を着た男が、長い黒髪をめんどくさそうに1つにまとめながらこっちに来る。
めっちゃ緊張するが、この人がいればとりあえず生き残れそうな安心感はある。チート感あふれて今はなんだか生還の象徴に見えるアーツ。
「ジェイ・グリーゼは誰だ?」
サダルメレクであった。怖そうな人とアセンブルスが後ろについている。
ホッとしつつも気を引き締めてみんな礼をすると礼を返され、アセンブルスはこっちに小さく手振った。
「議長。こちらです。」
ジェイの近くにいた兵士が直ぐにジェイを示す。
「……っ」
ジェイは緊張して返事ができない。
「彼です。ジェイ、大丈夫か?」
サルガスに言われてやっと動けた。これが、あの日ラムダが味わったドナドナか。ジェイにとっては生還云々の前に屠られる羊気分だ。
「す、すみません…。自分……です…。」
変な間をおいてやっと答えた。
「シリウスが言ったのが先か?自分で先に見つけたか?」
「あるって言うから、じっと見ていたら見えてきたと言うか……」
「……状況を説明しろ。」
ジェイが簡単に説明し、その後サダルがアーツの方を振り向く。
「ファクト。」
「…あ、はい。」
「シリウスは何を使って連絡してきた?」
「電話です。」
「何の電話だ?」
「デバイスです。」
「デバイスのなんだ?…何のアプリ?何を媒体にしてきた?」
めんどくさそうな顔をするサダル。
「普通の電話というか。アプリになるの?電話。普通の。電話番号で、普通に掛けて来て…もしもーし…って感じ?これ、着信記録。」
はぁ?という顔をされる。
自分もはあ?だ。高性能ニューロスが自身以外のデバイスを手で持って普通電話で掛けてくるのだ。わざわざファクトに。自分の中にそんなくらい機能あるだろうに。
「前くれたのと違う番号というところが、芸が細かいというか卑怯というか…。前の着信拒否にしたからだろうけど。」
「ちょっと掛けてみろ。」
サダルが言うので普通に先の番号にかけ直すと、繋がったとたんシリウスがた。
『もしもし!ファクト?!初めて掛けて来てくれたのね!!!』
超嬉しそうなシリウスであった。忙しいアンドロイドのはずなのに、即受けである。ファクトは、怖っ!と引いてしまった。
「………」
無言、無表情のサダル。
『ファクト?そっちにたくさん人がいるでしょ?ユラスね。それは任せて少しお話しましょ!困ったことは私に言って…。
ファクト…?どうしたの?ファクト?』
「………」
『また無視するの?掛けて来てくれたのに?もしかしてそれがヤンデレっていうの?あまのじゃく?』
「……。」
勝手に話を進めるシリウスに、かなり困っているサダル。ファクトにはなんとなくその会話が聴こえてはいて、ファクトも困る。変な話をしないでくれ。
「いつからこんなに仲がいいんだ。」
『………。』
シリウスも、電話先の人間がファクトでないことに気が付く。
『…ファクトじゃないの?誰?』
「私だ。分かるだろ。」
『………』
「サダルメレクだ。」
『……。』
「なぜこんな回りくどいことをする。」
会話が続いていなさそうな通話を見て、シリウスでもサダルは苦手なのかとアーツは思う。クルバトは、サダルのジョブ設定にますます困る。
『…それは電話の事?それともファクト伝いなことでしょうか?』
「どちらも知りたいが、今はファクト伝いなことが優先だ。なせ直で連絡をよこさない。」
『あなたは分かっているでしょ?私が直接動けないって。』
「いちいちファクトを使うな。チコに直接話せ。いろいろ間接的にさせてもどのみちどこかで必ず繋がる。分かっているだろ。」
『ファクトがいてくれた方が安心するんです。楽しいし。』
「…安全や効率より優先するのか?スーパーコンピューターが?シリウスチップの本人が?より多くの人間の安全を優先するべきだろ。」
え?俺、間に挟まれてる?囮?囮とかで死んでいい立ち位置?とファクトは不安になる。
『…彼は効率にも役立ちますわ。あなただって、現代のコンピュータでも時間のかかる世界に一瞬で行けるでしょ。デジタル世界は最後の気持ちまで補えない…。』
「……。」
サダルはため息をつく。
「ここで話す話じゃないな…。それに私は近距離は苦手だ。」
そう言って一旦会話をやめると、サダルはジェイが見えたと言った場所まで来て、そこに片膝をついて手を置いた。そして調査していた兵に聞く。
「やはり何かあったか?」
「何か図にはない金属部は当たります。どこかの年代で改築や整備をしたものかもしれませんが…。少しカーブしていますね。」
それを聴くと、サダルは目を閉じて床に置いた手に集中する。
すると大きな光があふれた。ジェイや一部メンバーにもに見えるのだろう。アーツメンバーは聴き取りが終わって、ジェイと付き添いのサルガス、ファクト以外はその場から離れることになり車両の方に向かっているが、少し離れてもその光が見え驚いている者もいた。ただ、霊性の光のため見えない者もいるが。
そして、光が下一点に集中し何かにぶつかって弾けた。
「あるな。」
サダルが立ち上がって手を払う。
「なんで今まで見つからなかったんだ。」
近くにいた来た東アジア軍の男がどうしたものか…という感じだ。顔は見えないが、声からして壮年以上なので上官だろう。
「結界が張ってある。」
サダルがゆっくり言った。
「結界?!」
「国家レベルの結界だ。」




