23 河漢の地下に
どこから会話を聞いていたのか。サダル一行が入って来る。
「バカで申し訳なかったな。」
ベガス駐屯に来た長に、全員立ち上がって敬礼をする。サダルと5人ほどのユラス陣が入室してきた。
「…アセン………」
またもや、来ることを報告しなかったアセンブルスをチコは睨んでおくが、何食わぬ顔をしている。
「それにしても、楽しそうだな。」
サダルが、チコも見ずに言い放った。
微妙な時期に報告してアセンブルスの結婚式をベガスでしてしまったことや、チコがユラスに帰らないことなどユラス側が怒っていると聞いた時、「あいつら好きなだけ騒ぐがいい。こっちにいれば、何も影響はない」とチコが言い放ったのも、伝心で聴いている。
チコが自分の座っていた少しお高いオフィスチェアを譲ろうとするが、いいと断って議長は隣りの折り畳み椅子に座った。チコとしては気まずいが、わざわざまたそのお高い椅子に座らされた。
「すぐ会議に入る。上官と家長に当たる者以外は持ち場に。」
この場にいた全員がそれぞれ動くと、ユラス陣とアセンブルス、カウス、女性兵パイラル、マイラや他数人の家長も残る。そこに礼をしてカーフも入って来る。
「チコ、父親が見付かったな。おめでとう。」
DNA検査も完全に父であった。
「え?」
驚きのカーフやマイラたち。
「…あ、はい。」
チコは小さくなったままである。
「で?御父上は今どこに?」
「…知りません。」
「……。」
サダルはアセンブルスから聞いてその事情を知ってはいるが、一応言っておく。
「…間抜けか。引き留めるか連絡ぐらいとれるようにしておけ。」
「すみません。」
数日前から連絡も取れなくなる。職は護衛と聞いたが、連絡が取れなくなるような仕事なのか。位置を知られたくないのか。
「そして…」
サダルは立ち上がる。
それから、チコの方に向かって片膝を折って最敬礼をした。
一緒に来たユラス陣も同じように礼を尽くした。
「は?」
意味が分からない。やめてほしい。なんだこれは。国内行事やサミットを逃げまくった最上級の嫌味だろうか。
チコは卒倒しそうなほどおののいている。
それからサダルは立ち上がりチコの両手をそれぞれの手で握った。
「あ、う、い。…ごめん。そのうち頑張るから…。」
新手の嫌がらせに完全に委縮している。国内で相当嫌味を言われたのか、また女性をけしかけられたのか。
「……チコ。」
目を逸らしてしまう。
「君の御父上は…
バベッジ族の血統的族長の長兄家系だ。」
「へ?」
「テニア・リキーバルの本名は『ボーティス・ジアライト・バベッジ』だ。正しくは元だがな。」
「……?」
カウスもアセンブルスも知らなかったらしく、ベガス陣は全員呆けている。
「は?」
バベッジ族族長直系家系は長兄がギュグニーで新覇権を作ってから、事実上ユラス民族としては消滅している。
「え?あのギュグニーの人ですか?ある意味国際指名手配な人物ではないですか?生きているかも知りませんが。」
ギュグニーは裏切りに裏切りの中で、そこにいる国民、役職のある人間ですら、自分たちの今の中心か誰か知らない場合もある。公式に確実に生きていることが分かっているのは、4覇権のうち1人だけだ。現在一派がもたなくなり、そこに吸収されたと聞いているが、それすらどこまで続くのか。
「バベッジの次男が生きていた。」
「?!」
「当時の族長が亡くなり次官の動きが怪しくなって、叔父に小さな長男を完全に奪われる結果になった。生まれてくる次男まで取り込まれる前に、母親が死産という事にして乳母を付けてヴェネレに逃したらしい。その時の名が『ボーティス・ジアライト』だ。」
「難民申請をして、乳母の紛争中の拾い子にして隣のヴェネレの傭兵の街で育っている。ヴェネレに調べてもらったところ、乳母がまだ生きていて教えてくれた。その乳母のことを当時のナオス首相も知っていた。」
「…その方は?」
「貧しい地域だったが、歳だからもう動きたくないと来てはくれなかった。この話も、現在ユラス国内の情勢は安定していること、ボーティスの娘がいることが判明したと伝えてやっと教えてくれた。両親や長男の髪や冷凍生体を持っているらしい。その内もう一度挨拶に行こう。」
「サダルは………行ったのか?」
「ああ。」
「……。」
信じられない顔でサダルを見るチコ。
「チコはナオスを抜けても、今度はバベッジの元族長一家に戻るだけだ。」
「…出戻って族長一族……」
そこだけゲッソリしている。先まで気ままな大房もいいなと楽しい妄想をしていたのに。しかも、今の族長一家と争いになるかもしれないし、組み込まれるかもしれない。
チコの考えが最近手に取るように分かる、ベガスの皆さんが呆れている。
ただ、バベッジはナオスのようにあまり一部族で集まらない。人数もそこまで増えず、ナオスやオミクロン、海外などどこかに取り込まれる、取り込む形でここまで来た氏族も多い。元々多くはなかったが、前時代の近代化に伴い一気に数が減り、純粋に家系としてバベッジ族と名乗る人口は200万人もないと言われている。ナオスの一都市にも及ばない。
頭がいい人間が多く、非常に個性が強い個人型の民族性で、ナオス、オミクロンの様な統一民族性も強くない。現在、国としてはユラス内に「プロクテスタス」と「ロージアス」という小さな国があり、族長に近い親族の首相がプロクテスタスを、族長がロージアスをまとめていた。
サダルもここにいる何人かもバベッジの血を引いている。
「あの人が族長という感じには見えないのですが……。我が父ながら…。」
テニアはすごく気ままな感じであった。
「もう族長という責務はないからな。…こちらもそういう深みでは捉えていない。いきなり直系長男家系が戻って来たと知ってもバベッジも困るだろう。」
「プロクテスタスには?」
「まだ伝えてはいないし、先に私とナオスの首相でボーティス氏と話し合う必要もある。公にするべきことか、このまま内々に収めるべきことか。」
内戦修了前後からのナオスとバベッジとの関係は悪くはない。バベッジ自体が研究肌で、他人の評価よりしたいことをしたいタイプのため、自分たちに心地いい環境があれば、総じて一般的な権威欲があまりない場合も多い。一般的と付けたのは、極めたい分野には各々どん欲だからだ。
なお、ナオス、オミクロン、バベッジはそれぞれ軍の力はあるが、最終的には共同体としてユラス軍となり、世界最強軍の1つで、個々の兵力は世界トップクラスが結構な数いる。だからこそ大房民は、この人たちアンタレスにいることないのに…と思っているのである。東アジア軍もいるし、もっと辺境など危ないところを守ってほしい。もう軍人ではないらしいが、カウスとか兵力の無駄使いである。
幾つか相談をし、家長たちの意見を聞き、一通り話が終わると、チコも考える。
生きている家族なんて誰もいないと思っていた。なのになぜ、今になって…。
こうなってくると、遠戚がたくさん出てくるかもしれない。
「…まあ、すぐに変わることは何もない。まずは、チコはテニア氏の娘ということだ。」
サダルが横で付け足す。家を継ぐか血統を継ぐかでは、長兄が相当ふさわしくなかったり跡取がいない場合を除いて基本ユラスは血統を継ぐ。チコが男だったらまた少し話も変わっていただろう。
「……。」
「あと…」
「…え?まだ何か?」
「…あって悪いのか?」
「いえ…。」
「部下の結婚式は必ずユラスでもするように。私にまで不満が届いている。」
「…アセンブルスは普通の一般家庭ですし………」
笑ってごまかす。
「最終的な愚痴を聞きまくったのは私だ…。」
こんな時にしかユラス軍もアセンブルスにいろいろ言えないのに、アーツに全て取られてしまった。ただ、普段動揺もなくからかってもおもしろくない相手ではある。サラサはかわいかったが。
「あ、すみません…。みんなに言っておきます。アセン~。聞いたか~?」
「……。」
「ユラスで行う場合は、チコ様も出席という事で。」
側近が抜かりなく伝えておく。
「………」
南海でのお祭り騒ぎの結婚式なら、私服でもいいし目立たないのに…。絶対にユラスには行きたくないチコであった。
***
その日の午後4時。ファクトとリゲルはアーツメンバーと河漢に来ていた。
巨大スラム、河漢の様子見だ。
普段仕事に没頭しているタラゼド、ヴァーゴ、ティガ、ジェイ、学生のソイドなども呼ばれ、全体を把握するように言わた。響の研究室が閉まって、キファも正職員ではないが今は河漢の方に力を入れている。サルガスが説明しながら、吹き抜けの広場まで来た。クルバトは位置情報を見ている。
「今まで生体の反応は見ていないな?」
この地域は地盤が不安定と分かって、優先的に住民を移動させた箇所の1つだ。周辺にはまだ集落や市場があるがこの吹き抜けにはいないはずである。
河漢事業に関わっている人間は河漢に入る時、必ずデジタル認証を付ける。それは河漢以外のアンタレス行政の人間にも徹底してある。見回りをしている軍人や警察、警備などにとっても人を識別するうえで重要なものだ。
その反応がなければ行政に管理されていない民間人か、侵入者という事になる。
時々勝手に移動してきて、また住み着いてしまう住民もいるのだ。すぐ何かが起こるわけでもないため、危険なので移動しなさいという指示が理解できない住民も多い。ただ、犯罪に巻き込まれることもあるので、とにかく状況確認をしながら移動は進める。
「…誰も…いないですね。」
「こっちはどうなるんですか?」
ここは地下に穴を開け過ぎた、まさにカオスな場所である。
「ここまで穴開けてると、建物や高架線は無理かな…。」
「基礎も地下から作っちゃうとか?」
「公園とかになるのかな…。なんかのインフラ施設とか?」
「この後は、行政に任せるしかないよな。」
「さすがにこの辺は、東アジアだよね?ジョアさんことゼネコンだけど…。」
みんなが話しながら歩いていると、ファクトの着信が鳴る。何も考えずに取ってしまったファクト。
「もしもーし。今取り込み中でーす。」
『もしもし?ファクト?』
「………」
このクセになるきれいな、優しい声。
シリウスである。
『ファクト?声が遠いよ。』
「…。」
『待って!切らないで!』
ご丁寧に普通の電話機能で掛けてくる。しかも声が遠いとが絶対にない。小さい音でも拾っているだろう。
『どこにいるの?ベガス?』
「知ってるくせに。」
『…河漢の艾葉の2地区…。』
「お?!何?ファクトにも女?」
ティガが楽しそうだ。
『皆さんそこにいるんだね?ラムダ君は?』
「ラムダはいない。」
寄って来るお兄様どもをしっし!と追いやる。
「で、どうしたの?」
『うれしい!聞いてくれるの?』
「用があるんだろ?」
『用がなくても電話していいの?』
「…。早く要件を……。」
「おお!」
ファクトが女にじらされていると、騒いでいる。
『ファクト、その地区、旧前村工機の場所?』
なんだそれ?と、クルバトを見る。
「…ねえ、クルバト。ここって昔、前村工機ってあった?」
「ちょっと待って。『前村工機』関連ってある?』」
AIに聞いても出てこない。
「…ないけど…。誰?サラサさん?工機って、工場の『工』字でいいよね?
あ、これ?菓子屋?『前村幸喜菓子』ってあるけど。」
皆少し辺りを見渡す。
「この辺のシャッター街のどれかだろ。」
「もう、看板も分からない店もいっぱいあるから…。」
少し日も陰り、ここに入って来る日の光は少ない。薄暗いシャッター街も見え、気味が悪くなってくる。
しばらくそこで彷徨って、ジェイが目を見開く。
「ある…」
「は?」
「『前村工機』……」




