11 中庭の宇宙
あっという間に西アジアに入り、広い山林や田園地帯を抜けていく。
高速道路と車があれば自動運転付きの一般車は170キロまで出せるので、一同は数時間で蛍惑に入っていく。
タラゼドとファイ以外は殆どアンタレスを出たことのないメンバーばかり。ファクトは海外に行ったことはあっても、アジアの地方地域はあまり知らなかった。
「わー!すごいきれいだね!」
「あれ何?森?公園?!」
「リンゴ畑じゃない?」
「そうなの?すっごい広いから国立公園かと思った!」
「…国立公園って、別に整備してある公園の事じゃねーぞ。」
「リーブラって、鳥の足は2本あるって思ってる系?」
「そんなわけないし!」
「見てー!あれが海?」
「内陸なのに海があるわけないだろ。」
「あー!電車が走ってる!!サンエクスプレス?!」
「どー見ても鈍行じゃない?」
落ち込んでいたファイも、リーブラの無知さに目が覚める。ジェイも冷めた目だ。
「リーブラはバカなの?」
推しのためなら大陸も海も越える女、ファイは実は地方に強い。一部地名や施設名、路線など偏った知識ではあるが。
「私はね。かわいいの境地。『ライズラリー』のボーカル陸君の為に、高3の全てを注いだの!スカイウェーブもサンエクスプレスも乗りこなしてんの!バイト代全部注いだ…。懐かしい。今思い出してもあの顔尊い…………。」
「……………」
誰も何も言わない。
そして、一気に工場が点在する農業地帯に抜けていく。
アンタレスと違って、牛丼屋やファーストフードの店がとにかくデカい。カフェも一軒一軒戸建てである。コンビニも大型トラック数台止められそうな広さの駐車場。お馴染みのドラックストアは体育館並みの大きさ。もう総合スーパーである。
その周りに田んぼもあり、所々ビニールハウスも点在している。さらにその先の方に、3か所くらいに別れてビル群があった。ただし高層ビルは一部マンション群を除いて数棟しかない。
「どっかで飯食って行くか?そのままシンシーさんに会いに行くか?」
「食べておかないと気ぃ遣われそうだよね。軽く食べる?」
「先サービスエリアで食べてお腹空いてない…。」
しかし、近場まで来たとメールを入れておいたからか、向こうから電話が来たので県庁のある街まで行って一旦カフェで合流した。
「という訳でね。響は実家にはいないみたい…。」
「え?」
「マジっすか?」
「うそ……………」
「ならずっと一人旅してるの?」
「一応実家には別の用事で行って確認って感じで見て来たけれど、部屋も戻って来てる風じゃなかったよね。後は、以前お世話になっていた他の地域の漢方医院とか…。でも住所まで分からないし。」
「…。」
全員黙ってしまう。
「うぅ…。」
ファイはうつ伏せてしまう。
「みんな、今日泊まれるの?日帰りだと帰りは日にち回っちゃうでしょ。」
「タラゼド………」
「まあ大丈夫だけど。」
「ウチの別宅のゲストルーム使う?ゲストルーム4つあるから、男女で別れようよ。」
別宅?ゲストルーム?何この金持ち?と思う一同である。
ただ、まだ時間はある。観光でもする?というが、ファイはそんな気分ではない。
「みんなで行って来て…。」
「ファイ……」
「……あ。そうだ。一つ心当たりがある。」
みんながシンシーに注目した。
***
そこは蛍惑の街からさらに田舎に行き、山を2つ超えていく。所々小さな集落やペンション、旅館、寺院などあるがもっと奥に行く。
「義実家や旦那さんはいいんすか?」
「夫は1週間出張だし、1日くらい大丈夫。そこ、右に曲がって。」
助手席のシンシーが案内したのは、山奥の少し開けた場所にある寺だった。でも、ここでは止まらずさらにもう少し奥に行く。
と、そこには数棟に別れた燻瓦が美しい平屋の邸宅が広がっていた。
「これはこれはシンシー様!ようこそ。ご連絡くださればよかったのに!」
門番のおじさんが出てきて慌てて礼をした。
「おじさんこんにちは。響はここ?」
「え?あの………。お嬢様はここには……」
「おじい様はいらっしゃるの?」
「旦那様もご不在です。」
門番が連絡をしようとして止める。
「いいわ。おじさん、誰にも連絡しないで。」
お嬢様とかおじい様とか、ユラスかよ!とツッコみたい。
「ちょっと待ってて。」
そう言うと、シンシーは勝手に門を開けてズカズカ建物に入って行ってしまった。
「シンシー様!」
門番は慌てるが、シンシーは全く気にしないようだ。
一同、見ているしかない。
木の香りが漂う空間。
シンシーは邸宅の部屋をいくつか歩き、おじい様の個室や重要な部屋以外をザッと見ていく。それでも、そこには誰もないない。
そして向きを変え、またズカズカ歩き、中庭に来た。
その中には箱庭の美しい庭園が広がっており、自然風の池ではなく、プールの様な水色の水場が循環していた。周りには色とりどりの木々が植えてあり、部分部分苔も茂る。
そんな、小さな世界が廻っている。
完全な和中空間ではなく、現代的で、でも冷たくなく温かい色合いの空間だった。
「…………」
「いた。」
その大きな中庭のバカンスタイプの寝椅子で、庭を向いた響は横になっていた。
「響!!」
シンシーの声に一瞬ビクッとなって、起き上がる。そしてゆっくり後ろのシンシーに振り向くが、無表情だ。
そして、何も言わずにまた向きを戻して横になってしまった。
「響!」
シンシーは響の前に来てもう一度呼びかけた。
「響、何してるの?」
「………」
ゆり起こすが目に生気がない。そして直ぐに下を向いてしまう。
「………何があったの?」
「…………」
「響さん!!」
少し時間が経って、おばさんに案内されたファイが歩いて来た。シンシーと響を見かけるなり中庭に駆け込んでくる。
「………ファイ?」
「響さん!」
目の前に来て手を握る。その感覚に、響はハッと、目を覚ます。
「先生!」
リーブラも驚いて飛びつく。
「リーブラ?」
やっとモサッと起き上がる響。
「響さんごめんね……。私あの時、自分のことしか考えられなくて、吐き気もして気持ちがコントロールできなくて……。でも、でも…………」
ファイがボロボロ泣いている。
響はまだ生気のない顔だが、優しくファイを撫で、涙を拭う。
「………ファイは何も悪くないよ。」
その後、遅れてファクト、タラゼド、ジェイが来るが、3人は中庭には入らず、一面のガラス戸から外を見ていた。
「…はあ………。」
シンシーは、立ったまま顎を突いてため息をする。
「ねえ、響。そんな恰好して、ファクト君たちも来てるんだよ。」
「?!」
椅子の上からガバっと後ろを見みると、ガラス越しに男性陣、ファクトとジェイが手を振っている。そしてタラゼドも礼をした。
タラゼドさん………
「…………。」
響は簡単な長Tシャツに、7分丈のスエット。髪はしばらずにぼさぼさだった。
まだ目は虚ろだったが、椅子の横に足を降ろす。
「なんで分かったの…?」
「そういえばここがあったなーって思ただっけ。もしかしておじ様たちも知らないの?」
「おじい様と、山根のおじさんたちしか知らない…。」
山根のおじさんは先の夫婦である。
「どうして?ただの骨休み?」
「分からない………。」
「ベガスにはいつ戻るの?」
「…………分からない。でも、もう時長に行こうかなって思ってて………でも…。」
ファイの顔が歪む。
「時長?キロンたちのいるとこ?」
「……うん。」
「なんで?」
「もう私、倉鍵でインターンもできないし、ベガスにいる必要もないから………」
「……なんで!響さん!?私…ごめんなさい…。」
「ファイのせいじゃないってば。」
ガラスドアはメインが開けてあるので、家にいる男子にも所々聴こえる。
そこで、響が少しフラッとする。
「……あ。」
リーブラとシンシーが支えて寝かせた。
「1週間寝てたから…立ち眩みかな………。」
「もう!運動するよ!」
***
その頃ベガス駐屯では、様々なことに答えを出せずに迷っていた。
チコの父親にはどういう対応をしていくのか。どこまでに話すのか。
シリウスは今回の件になぜ関与したのか。
でも、おそらくこの前の高速で襲撃したのは………チコはまだみんなに言えないでいるが…東アジアのあの官僚の男だ。アジアに来る前後からやけにチコは執着されていた。
いくつか依頼を多重に掛け、大元を隠しているつもりでいるが、あれだけのお金を動かしニューロスを捨て駒にできる男。珍しい身なりの女に執着する男。若い男ではない。
チコはねちっこく触られた数度の面会を思い出して顔をしかめた。
そして、SR社の本山である東アジアを敵に回してもいいという襲撃犯。ただ、ハッキリ東アジアで言うのには気が引ける人物。
「………」
「アセンはどう思う?」
「まあ、そうでしょうね。」
「あいつをぶっ叩けるんですか?」
笑っているが、カウスはちょっと怒り気味だ。
結局あの後から、チコの深夜の警備はもっと厳重に。もちろん例外なく門限は撤廃されることはなかったのである。




