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ギュグニーの子、シェダルは2か月の拘禁の後、さらに2カ月の特殊教育を受け、監視条件の下アジア国籍を取得する。
未成年、もしくは強制的な国家規模研究機関での治験は、連合国では全て生涯保護の対象になる。シェダルは連合国家内の治験体ではないが『北斗』ベースを持っているため、保護範囲に入るとされた。
そして、国籍を持たないシェダルをギュグニー勢力に返さず、アジアに収めるための方便でもあった。
「じゃあ太郎君はどこで過ごすの?」
「は?知らん。取り敢えずSR社の指示で大人しくしてろと言われたから、ひったすら大人しくしている。」
出所祝いにシェダルに焼肉を奢ってあげるのはファクトとシリウス。
「一旦SR社の学習研究施設に入ります。警備も整っていますし。」
「何それ。名目上少年の家な監禁施設?」
「まあ、ファクトは私たちを何だと思っているの?特殊な事情がある人々の学校施設です。」
「………」
シェダルはそれには何も言わないが、じっとしている横顔がキレイだ。
「体ももう完璧らしいし、おめでとう!肌もほとんど直ったね。」
「……。」
いつも通り3人とも地味な変装をして、シェダルの髪は黒だ。学習期間優秀だったためか、護衛は男性用ニューロスが1機ずつ内外に控えるだけだ。シリウスは水だけ飲みながら、2人の間でニコニコしている。
やはり部品アレルギーだったのか、今のシェダルからはアトピーの様な肌荒れは消えている。一部黒ずんではいるが、普通に見る分にはそこまで目立たない。
無表情に、不思議そうに自分の頬を撫でたり引っ張る。引っ張っても弾力があり、前のような違和感や細胞が分断しているようなモサモサしたスポンジ感もない。皺や細胞が開いてそこから皮膚が割れてリンパ液や血、肉が見えるような感じも消えた。皺に沿って割れていた手の皮膚もきれいになっていた。
ファクトは素直によかったと思う。ニューロス施術でも拘禁でも、もしかしてシェダルにとっては生活に何の心配もいらない、初めての落ち着く場所だったのではないだろうか。
「………。」
シェダルはまだ自分の肌を触って何か考えていた。
でも、何も見ていないような不思議な黒い目は、どこの世界を憧憬しているのだろう。
「あの、それで……」
ここでシリウスがニコッと話し出す。
「これ!」
太郎君の前にプレゼントを差し出す。
「?」
『太郎さんには出所祝い!国籍取得もおめでとう!』
ちょっと小声で言う。受け取ってはみるが、プレゼントの袋の意味がシェダルはよく分かっていないようだった。
「くれるのか?」
「そう。おめでとう!」
嬉しそうにシリウスは太郎を見ている。
初めてプレゼントを買ってあげた親みたいな顔で。ただ、貰った子供は何も考えていなさそうだが、それでも優しい顔で見つめていた。
「ファクト…あなたには…」
さらに大きな包みを出す。
「卒業おめでとう!そして、大学進学だね!!それから正成人おめでとう!!」
満面の笑みのシリウス。
実はもう、3月。
高校は卒業。ファクトは完全な成人になった。
「…。」
呆気に取られているファクトにシリウスはダメ押し。
「おめでとう!成人だよ!!」
統一アジアでは満18歳で成人。一年度が終わる高校など在学中は基本学校の指示に従い、飲酒や路上運転はできず親の保証なども必要だ。でも、もうファクトも成人。
「…ありがと。」
一番最初にニューロスに食事の場で祝ってもらうなんて。一応、卒業式の日にソラなどもまとめて寮のラウンジでお祝いはされたが。
ファクトに向かってニコニコニコニコしているシリウスを、真顔で見るシェダル。
「卒業がおめでたいのか?」
「そう、おめでとう!だよ。太郎君もね!」
「…そうなのか。」
「……なに?開けていい?あ、焼き肉臭くなるか…。」
「うんん!いい。受け取った顔が見たいから今開けて!!」
あげた方が期待に満ちた顔をする。ガサゴソと袋を開けると、そこにはくるぶしまでの白いミッドカットスニーカーともう1つの箱が。
「ふふ。」
「…。」
何とも言えないファクト。
「その小さい箱も空けて!」
またガサゴソと開けると、新しいデバイスが入っていた。
「っ!
………..。」
そっと箱を閉じるファクト。
そして、一番大きい袋に全部入れ直してシリウスに返す。
「ありがとう……気持ちだけ受け取っておく…。」
「え?!なんで??」
「なんでって、誰がSR社の買ったデバイス受け取ると思う??何の時限爆弾?監視?リサーチ?ハッキング?チコに怒られそう…。」
「ええ??デバイス自体は普通のお店で買ったんだよ?ファクト、中学校から同じの使ってるでしょ?」
「シリウスの名義で買ったわけ???しかもなんでそんなこと知ってんの?」
「型が古いからポラリス博士に聞いたの。何でもなくしたり壊しそうなのに、デバイスはずっと使ってるから感動しちゃった!でも成人からはこれを使って!」
「え?やだ。今のでいい……。あと10年頑張るよ…。最低限のことが出来ればいいし、これでも十分使えるし…。」
「名義はファクトだよ?ポラリス博士にお願いして一緒に買ってもらったの。支払いも一旦お願いして。」
「……」
ファクトはものすごく嫌そうだが、父の名が出て少し安心する。ただ、ミザルは……怒りそうだが。
「…電子操作してない?」
「もちろん!触っていないし、むしろファクトを危機に落とす様なアプリは絶対に入れさせないし、悪いものも侵入させない!何かあれば然るべき機関に叩き出す!!!逆探は得意だよ?
……私が直接アンチウイルスになろうか?」
「……いや。いいです。」
少し迷って、デバイスをもう一度手に取った。悩むところである。
「住民登録でモバイル承認すれば、データが全部移行するから。」
「…分かった。一応貰っておく。ありがとう。でも、もう少し考えさせて…。」
「………そう。喜ぶところを目の前で見たかったのに。」
「……。」
何とも言えない顔でシリウスを見ると、少し俯いてまた笑いながら話を進める。
「じゃあ、スニーカー履いて!28センチ!大きい!」
「……」
ちょっと戸惑いながら、片足だけ履いてみる。食事の場なので、少し後ろを向いて履く作業をすると、シリウスとシェダルもその様子をじっと見る。
「どう?」
「うん。多分合う。」
拭いたり洗うのがめんどうなので白は避けていたが仕方ない。消耗品なので靴は素直に貰っておく。
「わー!うれしい!!」
「……」
一人で手を叩くシリウスに、どう反応したらいいのか分からない。なんで何のお世話にもなっていない、お世話もしてないアンドロイドにお祝いを貰うのだ。複雑だ…。
シェダルは何でもないような顔でファクトたちを見ながら、真似して袋を開ける。
そこにはローカットスニーカーが入っていた。
「太郎さんにはデバイスやPCをあげられないの。今日は少し自由だけれど、あなたの生活にはいろいろ決まりがあって、施設に入ったらいくつか従ってもらうことになるし…。
その代わりこの後、服や靴や必要な物をもっと買いに行きましょう。」
少し残念そうな顔で言うシリウスは、ファクトの時と違って大人っぽくなる。
そこで、買い物に反応するファクト。
「え?行こう!!最近服屋とか全然行ってないし!俺が太郎君にプレゼントするよ!!バイト代貯まったし!」
プレゼントをもらった時よりうれしそうだ。
「俺、自分の服とか別に楽なら何でもいいんだけど、誰かに買うのは好きだから!」
ファクトは夏はTシャツにパンツ。冬は長Tやトレーナー、パーカにパンツくらいで何の工夫もない。袖が長いか短いか、ジャケットを着ているかくらいの違いだ。要するに無難な物しか着ずファッションにあまり関心はない。でも、誰かに買うのは好きだ。
「……あの。私も同行していいですか?」
不安そうにシリウスが尋ねる。
「同行も何も太郎君監視してなきゃダメなんだろ?…そうだ!お礼にシリウスにも何か買ってあげるよ。」
「!」
ぱあー!と嬉しそうな顔をする。
シリウスファンのラムダが超喜びそうな、普段見せない笑顔だ。
「その代わり女性のお店は分かんないし、試着とか出来ないよ?さっさと済まさないと。」
何といっても覆面メンバーである。
「いい!」
肉を食べ終わると、一人抑揚のないシェダルを引っ張って、二人と1機は街に出て行った。
***
春。
昔の春はもっと寒かったそうだが、既にこの緯度でも暖かい。
春の日差しを浴びて新しい季節が始まる。
ラムダ、リゲルは大学2年。ファクトやソラは大学1年生になる。ソイドはもう少し高校を継続する。
チコも来週戻ってるそうだ。
ムギはまだメンカル国境から帰って来ていない。
そして、本当にガーナイトに水道を持って来てしまったらしい。高度濾過式の水道で、中心地の大部分に水が行き渡る。地下から水が出る所は井戸、ない所は雨水で、これらもさらに小規模の装置で濾過して遠方の集落にも使える。ただガーナイトは、危険を避けるためなるべく固まって過ごしてきたのであまり範囲は大きくなくて済んだ。
5世代も何をしていたんだと、ご立腹のムギであった。ムギの故郷もインフラ放置状態ではあるが…。
アーツベガスは新しい事務所をVEGAの近くに開所し、VEGAも部門を分けて隣にもう一室事務所を作った。
ザルニアス家長女のメレナもベガス構築の第一線に立ち、少しつわりのあるサラサとアドバイザーとしてみんなを助けている。響のお兄様も支社立ち上げ、工場移転などしていた。
4月の大学スタートの日。
ファクトは昨晩ポラリスやミザルにお祝いをしてもらったため、倉鍵のマンションに帰って来ていた。ただ食事が終わると両親は二人とも直でラボに戻ってしまった。
「貝君、おはよ。」
サイド電気が一度だけ光る。
今は両親が定期的に戻ってきているので、冷蔵庫にも少し食材がある。納豆バーを食べ、冷蔵庫にあったキュウリに塩をかけてそのままかじる。それからさらに探って、ドア側にあったアーモンドチョコレートバーも食べておく。
「あー。そういえば…。もういいかな?見るだけなら。」
独り言のようにも、貝君と会話するようにも言いながら、ファクトは新しいデバイスを出し、そして、『ゴールデンファンタジックス』を開けた。
「…………」
なんだか懐かしい。ずっと昔、子供の頃のことのようだ。
「…。」
少し考えて…、
そしてログインをする。
画面を見るが、ゲーム関係の通知と久々のログインのカムバックプレゼントがいくつか来ただけだ。やはり、ラムダたち以外の友達たちはみんな離れてしまっていた。仲間がいなくなってしまったファーコック。
少し拍子抜けもし、安心もする。
「貝君ジュニア、行こうか。」
デバイスの方に入っているAIは貝君の分身、貝君ジュニアだ。
ファクトはシリウスから貰ったスニーカーを履き紐を締める。
ずっとランニングの軽量タイプを履いていたので紐式は久々である。
それから、貝君に挨拶をしてベガスに向かった。
「いってきます!」
ありがとうございました!
(追記)この小説は『ZEROミッシングリンクⅤ』に続きます!
https://ncode.syosetu.com/n1436hs/
なんだか新しい始まりを感じさせますが、もうほぼ新しい人物も出てこないし、同じ藤湾の小中高大学校なので、とくに雰囲気も変わりません…。
またしばらく後に遊びに来てください!




