103 結局は力?
南海のVEGA事務局横の会議室に数人が集合している。
「で、サダル先生。こちらはみんな成績トップですが?」
「は?……そうだな。」
午前中、牧師としての説教な講演をしたのに、頭じゃないみたいなことを言っていたのに、早速講演をした学校の上位トップの生徒を見繕っているサダル。
「………。」
「なんだ?」
「……。いえ。やっぱり頭の良さは重要だなと…。」
ファクトの発言を無視してサダルは作業を進める。
「で、こっちの3人はこの前、回った学校なのか?」
「はい。さようでございます。」
なぜか、サダル秘書みたいなっているファクトは、今まで回った学校のリストを渡す。
「この子は………実地に来た子だろ。成績も……前回の期末が学年15位か。優秀だな。頭の回転も速い。」
「見た目から頭脳系です。」
「話した感じもいい感じでしたよ。こー、なんと言うか非常に勤勉。子供にも俺にも優しい。」
すごく抽象的で個人的な感想を言うので、あまり使えないファクトだが、そこはリゲルがフォローする。
「こっちの子は体験に来て呑み込みが早くて、最後のテストで河漢の子供たちも図形全員合格点でした。教えるの上手いです。学年にいろんな歳の子が混ざっていても戸惑っていなかったし。
現場であたふたしていた、4番の子と組んだらいいかなと。」
そして、他のリストも出す。
このリストはこれまでファクトたちが回った学校で、ベガスに限らず様々な大学や機関に推薦希望を出している者たちだ。
学生たちは12校回り、サダルは4校回ったので、それだけで3千人近いリストがある。自己推薦、学校からの推薦がある者は人物の詳細やこれまでの成績、提出したレポートが見られる。その他は学年や出身地、生年月日だけのリストだが、星見のできる霊性師が来てリストを全部眺めている。
「御曹司や令嬢は把握できるか?」
はい?先の『愛』の説教は?結局『力、能力、権力』は強しなのか!と、嫌そうな目でサダルを見る。
「何なんだ?」
「……なんでもございません。合理的で結構です。」
「文句あるか?即戦力がほしいからな。」
「………。」
「このクソ生意気な生徒。ファクトは担当したか?」
サダルが1人の名前を指す。
「あ!それ、ニッカがリーダーで担当したクラスだったと思います。一般クラスだったんですが、特殊クラスから先生が無理やり連れて来て参加させたんです。すっごい嫌そうに連れてこられて、すっごい不貞腐れていました!」
一緒に担当したラムダが説明する。おかしいのではないかというくらい、知能が高いクラスらしい。
「自分で動かないタイプだろ。周りから勝手にスカウトが来て、自動で自分は頂点に行けると思っていそうだな。」
まさにそんな感じではあった。名簿だけでよく分かるなとラムダは感心する。
「今度、藤湾Bチームの担当するクラスに勧めてみろ。どんな形でも、来るなら一度面談したい。」
ここはサラサが返事をする。
「分かりました。ラリーオたちのチームに付けましょう。」
「なあ、リゲル。どう思う?」
理不尽さを隠せないファクトはこっそり聞いてみる。
「どうも何も、まさに合理的でいいんじゃないか?別に大半は普通の子たちだし。今あげてる子は、多分ラボの方とか、高等機関にヘッドハンティングする子を狙ってんだろ?」
「でもさ、あんなさ、また『愛』がどうのこうのいう説教をしておいてユラス軍さ、オリガンで無双してるらしいし。」
「………なんでファクトがそんな事知ってんだ…?」
「風のウワサで聞いてしまった…。」
実はユラスの最大の輸出は『軍事力』である。
ユラスは連合国群もしくは国連の旗の下にある国や勢力下に限るが、その国家や地域の戦闘支援、戦地監視などをしている。戦地監視とは、民間に手を出したり国際条約に反する暴行や拷問がないか監視する役目だ。紛争地では曖昧なこともあるし、戦略上全てが事実通りになるわけではないが、裁判に持っていく資料を作ったり、現地で救援という介入ができる。
そして今回、オリガンに派遣されるにあたって、チコとカウスも防衛軍の下で派遣軍人として期間限定で復権したのだ。アーツの総事務局長はゼオナスに移譲し、そちらは一般の正会員に。
そういう経緯で、チコたちの軍はオリガン大陸で防衛どころか、侵略しようとしている勢力やテロなど次々落しているらしい。あまりに恐ろしかったのか、一度敵軍と間違えられて発砲され当たったが不問にしたらしい。誰の事だろう。
「………。」
リゲルは呆れる。
「チコさん、それがしたかったのかな…。」
正統な理由で軍事勢力での牽制ができる。
国規模での対立ではないので全面戦争とは言えないらしいし、大陸越えのアジアではまだ目立つニュースにはなっていない。
オリガン大陸北東『ラスタバン』のオレイア政権は、近隣の大国が崩れ複数の少数勢力がそれぞれ権力を主張してくる中で、最後に連合国家に助けを求めた。
ユラスは圧倒的に強く、そして草の根レベルの勢力から懐柔し、オレイア政権が目指しているところの理念への協力を願う。そして、やはりここは人間性なのだろう。これまで手こずっていたオレイアやユラスもユラス軍本陣の到着で勢いを増す。チコや周りの人物に惹かれて協力を惜しまない人物も多く現れ始めていた。
「まあ、無双と言えば無双なんだけど、下手したら死んじゃうよね。これ。」
「……よくそんなところに、議長夫人を送るよな…。」
『ラスタバン』について調べたいけれど、今はサダルたちがいるしユラスの行動を調べるのも気が引けるので我慢する。ラスタバンという細かい国の事までは分からないが、あの地域が昔ほどでもないけれど紛争ばかりなのは知っていた。
でも、ファクトには分かる。
今、地球全体の雰囲気が変わってきている。何か改革をするなら今なのだ。
アジアとユラスの共生関係は世界に思った以上に、静かながら衝撃をもたらしていた。
前時代には考えすら及ばなかったことだ。
そこに、数千年微妙な対立関係にあったヴェネレも加わっている。南北メンカルの境界も動き出している。
この気運に乗って、世界の方向を変えるのだ。
***
その数か月後、寮のラウンジでファイがブチ切れている。
「チコさんナニコレ!嘘つき!!ばか!!!最低!!男前!!!」
なんなんだ?という顔のアーツメンバーが、キレにキレているファイのデバイスを覗く。
そこにはなんとチコからの個人メールが。
『公務で延長』
これだけ。
「何が公務だ!!公務ってでっち上げれば何でも公務じゃん!!!」
「でっち上げてはいないだろ。そもそもあの人の仕事はほぼ全部公務だ。」
「うるさい!!全部許さん!!遊行だろ!!」
「遊行すら公務だろ。あ、いてっ。やめろ!」
正論などどうでもいいのに、隣でいらぬことを言うのでタラゼドの首を絞める性格の悪いファイ。
「こんなん、チコさんに何の痛みもないじゃん!!!!」
そう。あれからチコは延長してずっとオリガン大陸にいた。
数週間前にやっといくつかの地域を回り、最後にマイラたちと共にサウスリューシアに到着。カウスは2度ほど帰ってきたが、チコは一度も帰国していない。
「チコさんきらーい!!」
「すごいね。ニューロスのバッテリーってあんなに持つんだね。チコさん、他の人の数倍の速さで全てを消耗しそうなのに。」
「いや、向こうでもメンテぐらいできるんだろ。他にも義体持ちはいるだろうし。」
「でもさ、考えてみればすごいよね。ああいうのって、義体自体がハッキングとか乗っ取りされないの?」
怒っているのに男たちは全然話を聞いていないので、さらに激オコのファイは、タラゼドに八つ当たりする。
「ああ!みんな結婚しちゃうし!!響さんもいないし!!寂しい!寂しい!!」
ライたちはいるが、初期の女友達たちはほとんど寮からいなくなってしまった。
「タラゼド!響さんのところに遊びに行こ!」
「なんで俺が。響さんも困るだろ。最近ルオイたちも全然会えないって言ってたし。」
響は忙しくてほとんど家にいないらしい。
「えー。無理やり会いに行こー。響さん過労で死んじゃうよ~。」
響はSR社にも呼ばれていたが、全部断ってとにかく東医師免許獲得に集中していた。
響の通っていた大学は薬学でも、科によって選択で看護や医療を学べたため重複するものは免除されるし、病院での経験も長いため、過去の西アジアでの実績も提出すれば早く単位が取れる。元々最初の臨床資格は持っているので、来年度中に卒業試験もできそうだ。
タラゼドも心配ではあったが、どうしようもない。会えないし着信も拒否。読んではいるようだがメールへの返信もない。
タラゼドは、響が自分で切った、整っていない短い髪をきっちりまとめる姿を思い出す。
実は髪を切ってから、まだファイともファクトとも響は会っていない。心配しそうでここのみんなには会わせたくなかった。
『睡眠はとるように』と、うるさいファイの横でそれだけメールを入れた。




