9 兄貴の心は決まったのか
「タラゼド?」
「っ?」
はにかんだ顔で、片手を振っているのはコパー。
タラゼドの元彼女であった。
「コパー?なんでここに?」
ちょっと信じられない顔で見てしまう。
「お久しぶり!」
「……久しぶり。」
「アストロアーツで結婚式があるって聞いて…。」
コパーの知り合いたちもいるのだ。
「…ああ…。」
「隣いい?」
「あ、いいけど、何か飲み物持ってこようか?」
「ううん。いい、少し話したい。元気にしてた?」
「……まあ。普通に元気。」
「…………そっか。タラゼドは全然変わってないね。」
「まあ。コパーは?」
「そうだね。少しいろいろあったかな。」
「…ふーん。でも、こっちでいろいろ仕事もしてるみたいだし安心した。」
「……タラゼドは今日のメンバーみたいに結婚する人いないの?」
「俺?いないな。最近仕事するか、ファイやファクトたちと飯食うかしかしてない。」
「…そうなんだ。」
コパーは少し含みを持たせる。
「私ね、今一人なんだ。」
「ふーん。」
「タラゼドは?」
「…俺も一人だけど…
…………一人でよかったと思う。」
パッと明るくなるコパーに気付かずタラゼドはその先を続ける。
「…見守ってあげることができるから…」
そっとあの人の事を思い出す。
彼女だけではないけれど、あんな風に誰かの事をいつも思っている人をここで初めて見た。いつも学生たちを心配して、ファイやリーブラたちを心配して。
そして、チコやムギを心配して、その目指している天啓を叶えたいと思っている。ただ自立し、自分の人生を生きる女性に見えるけれど、何かが違う。もっと大きな世界を持っている優しい人。
一番最初にバイクから抱きかかえた響の腰を思い出す。細いわけではなかったけれど、あの姿勢は重かったけれど、もう二度と話したくないうるさい女だとしか思わなかったけれど、ここまで自分たちは来たんだと不思議に思う。
だけど、突然会わなくなってしまった。いつもならこの席にいるはずなのに。
「……タラゼド?」
「…………」
「タラゼド!」
「あ、ああ。」
「相変わらずだね…………」
呆れて笑っている。
その風景を見て、数メートル先で止まってしまったのはファクト。
どうしよう、あの間に入るべきか。二人きりにしておくべきか。でも、両手いっぱいに持って来てしまったこの料理。冷める前にタラゼドに食わせたい。両手というか3皿もある。南海で時々飲食店の手伝いをして、3皿持ちを覚えてしまったのだ。
そんなことを思って直立不動になっているとタラゼドが気が付いた。
「おうファクト。こっち来い!」
いいのか?と思ってしまうが、とりあえず料理は置いておこうとテーブルに向かう。
「じゃ!俺はこれで!」
「待て。どこに行く!」
「退散します。」
「ファクト、この山盛りポテトを誰が食うんだ?」
ほぼタワーである。
「え?タラゼド?」
「お前食え。」
そう言われて仕方なく席に座る。
「………コパー。こんばんは。」
「こんばんは。ファクトもホント、相変わらずだね。」
「まあね。」
そこに見えたのはあの4人。ファクトは思わず呼んでしまう。
「兄さんたちも来てたんだ!」
「おー!ファクトここにいたのか!ここの飯上手いな!」
ナンパ男たちである。コンビニ男はいない。
「なんでお前らここにいるんだ?」
タラゼドは怪訝な顔をする。
「あ、俺ら。河漢に入ってるんです。」
「そうなのか?」
「飯もうまいし、カフェも充実してるし、女の子いるし俺らもこっちに来たい……。あっちはごついのと柄の悪い野郎しかいないから……。」
自分たちもかなりチャラそうではある。
「大房の他の人間もけっこう河漢に入ってるんすよ。今、コミュニケーション学と、自治体構築学、土木、霊性論とかしてる。あと、建築や道路の設計図、地図記号や通信配信図の見方とか覚えさせられてる。電線の中の通信線個々に所有権があるんですね……。」
「何それ。おもしろそう。」
ファクトが乗り出した。コパーは少し蚊帳の外だ。
「あー。つまらない話してすみません!」
「大丈夫です。」
「兄さん周りも女の人がいっぱいいていいですよね。二股ですか?ウゴっ!」
テーブルの下から蹴りを入れられる。
「つうっ…冗談っす…!」
「二股?」
コパーが驚いている。
「今日は、姐さんはいないんすか?」
「今、お仕事休業中らしい。」
「あー!まじっすか?報告したいこといっぱいあるのに。」
「早く愛を成就させてください。俺がマジ抱き着きたいです。」
「兄貴が行かないなら、俺が行きます!」
「待て、その前にイオニアがいるだろ!殺されるぞ。」
口々に兄さんたちが言う。
「イオニアの前にリーオやもっといる…」
「あ?なんだファクト。全員吐き出せ!」
「…お前ら、響さんにあれこれ言うなよ。それもあって今、悩んでるから……。」
「え?なんで?」
「モテるといろいろあるんだよ。」
イライラしてくるタラゼド。
「やっぱ姐さんモテるんですか?なんで?女の嫉妬?嫉妬されてる?」
「お前らがナンパするからだろ!警察まで行った理由のお前らと仲良くしてたら、そりゃ周りも響さんの性格を疑うだろ?!」
「………はあ。なるほど…。」
「なる程じゃねえよ!」
「ええ?俺、姐さん好きなのに…。しゃべれないの辛すぎる……。」
「だからこっちじゃなくて、お前ら河漢になったんだろ?」
「そうなのか……。」
「……。」
話しに入っていけないコパーは、女性の名前に目が点になる。愛?タラゼドは愛などとささやくタイプではない。お願いすれば言ってくれはするけど。キョウさんとか河漢とか警察とか何の話だ。
目の前の肉をガツガツ食い、ナンパ男たちにも勧める。
「お前らも食え。」
「あ、はい。」
「帰るわ。」
そして立ち上がる。
「え、タラゼド。ジェイたちにお祝いぐらい言ってやってよ。みんなに顔ぐらい出して行けば?ファイも向こうにいるよ。」
「いい。ファクト。ディオスたちいるか?」
ディオスは以前の共通の友達で、アストロアーツに来るので時々何かのイベントの際にも情報を得てベガスも来ている。
「いたけど。ユーコたちと。」
「ならコパー。そっちに行け。ファクト、悪いけど連れて行ってやってくれ。帰りは気を付けて帰れよ。」
「………う、うん。」
「コパーも元気に過ごせよ。」
「……ぇ…」
さすがにナンパ男たちと放っておくわけにはいかないので、コパーを席から立たせてからタラゼドは去って行く。
「………。」
呆気に取られているコパーをファクトは申し訳なく眺めた。
***
あの女がいなくなった。
自分しかいないマンションで、皮膚が剥がれてくる顔を掻く。
チコに少し似た綺麗な顔は赤黒くなり、ステロイドはもう効かない。大部分は皮膚が赤くなって、触るとモサモサもするし、張り詰めるような感覚もあり、もう何年もそれと付き合っている。
モサモサした部分は、水気を弾くこともない。
「クソ!」
ベッドにうずくまっていたが、仰向けになって精神を集中させる。
霊性を開放し、肉体からそれを離すことで体の違和感に耐える。
あの女が竜ではないと言っていた『麒麟』は調べた。
首の長いキリンではなく、伝説上の生き物らしい。いろんな色が混ざっていたが、『聳孤』という青い麒麟か。
自分は白い麒麟にしかなれない。しかも麒麟を保てない。小さなイモリさえも。
同じ姿になればまた会えるかと思ったが、気配すらなくなってしまった。
それと同時にファクトの気もなくなってしまう。
ここにいる研究者どもは、自分たちにつけば全てがひっくりかえって全てから解放してくれると言ったが、この痒みすらなくならない。アジアが手に入れば、豊富な素材が手に入り全部が楽になると言ったのに。モーゼスは市場に出て、大きな売り上げの弾みになっているのに。
『シャプレー・カノープス』
あの男なら、この体の違和感を解放してくれるだろうか?
***
「どういうこと?!おかしいよ!」
遂にファイは、響が家に帰らないこと、誰とも連絡を取っていないことに耐えられない不安を覚えた。そして、実家である蛍惑のシンシーさえもその居場所を知らないことが分かった。チコやサラサですら、休息で旅行に出ているらしいとしか聞いていない。
どうして?自分があんなことを言ってしまったからだろうか。
自分といろいろあった人間の親戚たちと、仲良くしていたなんて信じられなかったからだ。
でも、チコの言うことは分かる。
コンビニ男は事件を知らなかった。そして、「自分たちは人材、青年教育をしているから、自主的に変わろうとしている人間を捨てることはできない。」という事。
フェルミオからも聞いている。
ナンパ男たちは響に暴行はしていないし、コンビニ男もそのつもりはなかったという事。
そしてチコが泊まった日と前日の2日間、チコはファイに1日1~2時間も霊性を送り込んでいたという事も聞いた。吐き気と胸のエグさがなくなったのはそのせいだったのか。チコが泊まった日、外にはカウス以外の護衛も実はたくさんいたのだ。ただ一市民の一事情の為に、チコはたくさんの人間を動かしてあの日大房に来ていた。
自分も俯いてばかりいられない。日常生活ができるまでに戻れた。
「…………タラゼド…。響さんはどこに行ったの?」
「さあ………」
「心配じゃないの?旅先で連絡すら取れないんだよ?リーブラの花嫁姿も見なかったんだよ?!」
響のお兄様と連絡を交換したのはイオニア兄のゼオナスだ。でも、もし響がいないことにDPサイコス関連の仕事など極秘の理由があったら、お兄様も実家もそれで把握していなかったのなら、むやみに家族に聞くこともできない。一応シンシーに周りに話さず騒ぎにしないように頼んだが、落ち着かないファイ。
「ううっ。」
「泣くなファイ。」
「ひどいこと言ったから、私に当て付けで消えたんだ。」
「…はあ………。」
もちろん響がそんなことをするタイプではないことを知っている。きっかけがファイであっても、そんな理由ではないだろう。
「どうしよう……。研究室を閉めたのもそのせい?」
「そんなわけないだろ。」
「ううっ。」
タラゼドは暫くただ隣に座ってファイを見守った。
●一番最初にバイクで抱きかかえた時
『ZEROミッシングリンクⅠ』56 また新しいお姉さんが現る
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