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そして夜は明ける  作者: 轆轤輪転
1/1

グラウンド・イン・ヴァンパイア 

 燦燦さんさんる太陽がアスファルトに気流の歪みを作らせて、夏の兆しを感じる今日は土曜日。事実上早帰りだ。

私にとって今、この今日は今まで以上に大切な一日であり、毎週来る私の休日の次に楽しみなのだ。

ほら、心拍数と鼻歌のテンポが上がっているでしょ?昔からお姉ちゃんに心境がすぐ表に出るよなと言われてき程に私は自分の欲に対して忠実なの。その容量で、鏡神も拾って来たってわけ。

下手をすれば誘拐罪に問われるかもしれないけれど、家がない子供を野放しにはできないよね。

かと言って、「少年院に送ればよかったじゃん」と言われると何も言えなくなる。大丈夫、まだ責任は取れる。

私は拳を握る。

そもそも少年院に送ってしまえば、それこそ彼の命に関わるかもしれない。孤児院に関しては私は存在自体を疑っている。

天気のいい爽快な晴天は太陽あってのこと。眩しく、上を見合えれば瞼を開けてはいられない。

もうじき春が終わる、出会いの季節が終わるのだ。季節は進んで、深化しんかの季節の人生で一度の夏がやってくる。それまでに人生最後の一度の春を吟味しなくっちゃ。

大切な人も、そう言っていた。

夏のことは後で考えればいいわ。

私は晴天を見る。そして、すぐに俯く。流石に太陽の直視は目に毒針だった。私は目的地周辺の敷地の一部が見えた所で足の歩幅と速度が自然と増して、信号を煩わしく感じるようになる。けど、流石の私もそこまで顕著に身体で表現しないし、道路交通法はしっかりと守る。ここで、走ってしまえばどこぞの漫画の彼氏しか頭や視野にない状態になって珍行動ちんこうごうに出てしまうかもしれない。それだけは避けたい。

現実世界である以上、それは忌避すべき破廉恥はれんちだ。

漫画の展開には最適で心の踊る演出だとは思いますが、やはりそこは現実と架空との折り合いはしっかりとつけておかないと・・・ねぇ?

交差点の信号が全て赤になる。

できれば点滅時に渡りたかったがこの速度と距離では無理だった。

ここから3秒間の時差。

ここらで自己紹介と今からの目的を。

私の名前はジャ〇ティ〇ビ〇b 千光ちびかり輝華きか、16歳の女子高生。轆轤くんとは1歳年違いで同時に9歳年上の姉、千光ちびかり輝全てるまがいるよ。今から、大切な人に会いに行くんだよ。その大切な人との初めての出会いはね、もう10年以上前になるのかな。

虐められてた私を助けてくれたんだ。へ?そんな弱そうな雰囲気じゃないなって?うーん。どうなんだろうね。少なくとも、あれからはある程度対抗できるようにするために特訓は積んだよ。

おかげさまで、鉄骨くらいは折れるようになったよ。

ふふ、冗談だよ冗談。無理無理鉄骨なんて、硬すぎるもの。でもまぁ、自慢じゃないけれどそんなにやわな人生は歩んでないよ。

風が吹く。草木が掠れ、スズメが数匹囀っては飛んでいく。最近はすっかり夕立もなくなり、外出もしやすくなった。

信号が青になる。一度は止めた急ぎ足を今度は完全な走りで目的地へ入っていく。

結局、我慢できませんでした。

私の目的地、それは病院だ。


 病院に入ったのは、先生が私の大切な人だからでも身内が入院しているからでもない。10年前の私の救世主がそこに入院しているからなのだ。週1通いのリハビリ。今日がその定期日で、それが済んだら毎週私が彼を迎えに行って一緒に市内を散歩するというルーティンをもうかれこれ3年繰り返している。

寂しくはない。苦しくもない。本当に苦しいのは彼なのだ。

助けられた側が今じゃ助ける側になっている。もう少し距離を縮めたいだなんて贅沢なことは言ってられない。私はリハビリ教室の扉の硝子から中を覗いて彼を探す。

「・・・!」

いた。一番奥、コーチに見守られながら両手の手すりを持って頑張って歩いている。リハビリが終わるまで後10分程かかる。多くの患者さんが行きかう廊下でいつまでも道を占領しているのも酷だし、あそこの椅子にでも座っておこう。そう思い、私はフロントに戻り隣に座るお爺さんと一礼を交わしつつ、椅子に腰を下ろす。お爺さんは私が座りきるのを見守った後、読んでいた新聞紙に再び目を下ろし、座り切った私はカバンからスマホを取り出し目を下ろす。世代の距離感を感じるがこれも毎週の如く。

TVを視聴する機会が少なくなった最近は日時のほとんどをスマホと言う名のお手軽携帯で確認している。

決して携帯中毒な訳ではない。大丈夫だ。

お花を摘む時も、朝一の食卓にも、電車に乗ている時も、教師が隙を見せた時とかにも世界の流れを鷲掴まんとするのだから文句はナシにしてほしいよホント。

むしろ、そこまでの日時の執着を褒めてほしいところだよ。ねぇ?(圧)

いつもの経由で掲示板サイトに飛ぶ。ログイン早々に大きく「クレアーレ株式会社の未来への計画」と書かれた項目が文字同様でかでかと定番の目障りな演出で掲示されていた。興味を引く項目に一瞬私とお爺さんは表情を訝しめる。

「む?」

「ぬ?」

そして目を細めて近眼ぶって意味もなく目を近づける。少なくとも私は。お隣さんは別で真摯しんし。これでも視力は2.0ある。私はその項目をタップし、詳細を確かめる。

えー・・・と、嚙み砕いて説明すると、今後、人工の中枢神経系の凝縮物を搭載したアンドロイドに人間の中枢神経系を脳波を介して接続し、自らの思うがままにアンドロイドを操作できる新たなポロジェクトが始動したらしいとのことだけど・・・。

「・・・信じられんねぇ・・・」

「・・・信じられない・・・」

私とお爺さんは互いに顔を合わせる。思わんとしていることは同じだ。

「なぁ?」

「ねぇ?」

科学は分からない私にはとても理解不能な記事だ。

「・・・」

定ちゃん・・・、ならワンチャン分かるかも・・・。今度遊びに来た時に聞いてみよう。

10分って意外と長いんだなと何故かふと思った。


「輝華、輝華」

聞き親しんだ好みの低い声と温かい声が私を肩を揺さぶる。

「うーん・・・」

重い瞼を開ければ体の芯が異常に重い。どうやら自分はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。そう気が付けば、私はここで何をしていたのかを思い出すのももはや自然の流れ。

「あッ!」

揺さぶられた右肩の先には例の彼が立っていた。

・・・?立っていた?

私は彼の顔を足から順に見上げていく。彼はいつものように車椅子には乗っておらず、本当に自分の足のみで立っていた。それにさっきまで痛みに耐えながらリハビリをしていたとは思えない程に彼は表情を嫣然えんぜんとさせていた。それは痛覚や感触を感じない時特有の違和感を一切感じないことを思わず了解してしまうものだった。

「な・・・、え?たっ、立って・・・えぇ??」

彼は表情一つ変えない。そして、私が目覚めたことに対しても毛頭無言。

「ねぇ、どうしたの?てか、今何時?」

フロアには誰の姿もなく、窓からは色の濃い夕日の光が差し込んでいた。不気味にも、四方の窓の夕日の光は屈折のせいか全てが私たち二人に向けられていて照らしていた。眩しい。

「も、もしかして。寝て待っていたことに怒ってる?」

まさか、そんなことが彼に限って果たしてあり得るの?いや、一概に完全には否定できないけれどそんなことで怒るような彼でもないよ。それは今までの付き合いでそう言える。それに私が寝ながら待つというのは今回が初めてではない。毎回、彼は優しく起こしてくれる。そして起こす度私に言うの。

「おはよう」って。

私は彼の顔を二度見する。

「・・・ッ!!」

彼は微笑みに閉ざした目から血を流していた。涙ではなく、血を。

それが何を物語っているのかは全くもって分からない。ただ、こんな言葉はある。「血の涙を流す」が。

意味は次の通りだ。

ふつうの涙では表現しきれない、度を超した悲しみ、いきどおりに流す涙。

私は立ち上がり、血の涙を滝のように流す彼の視線と身の丈を合わせる。

「辛いの?何か悲しいことでもあるの?」

彼は何も言わない。依然、笑顔のまま。目から溢れ出る血の流血は止まらず、むしろそれは嵩を増してついには床にまで到達していた。

このまま放っておけば出血多量で死んでしまう。

咄嗟とっさにもそう思った私はポケットからハンカチを取り出し、彼の頬を伝う血を拭き取ろうとした。止まらない血。当然ながら埒が明かない。ハンカチも彼の顔も血に染まっていく一方だ。

これはもしや、近い未来彼が死んでしまうことを暗示しているのだろうか。

最悪な達観が脳裏を過る。

「いや・・・、いやだよ・・・」

彼は笑ったまま何も言わない。それが余計に避けられない未来を確実視してるかのように感じられて私は込み上げてくる何かに苛まれた。挙句、私は無様にも彼を衝動的に抱き寄せてしまった。

本来、瞼を閉じれば視界は暗黒に閉ざされるはず。しかし、今回は異質にも瞼を閉じた先には明るい視界が広がっていた。


 そしてその先には、こっちを優しく微笑みながら私を見ている彼の姿が、日水にちみずひさぎの顔があった。

「あ、おはよう。うなされてたけど大丈夫?」

さっきの記憶が鮮明すぎる故に私は情報の整理が一瞬追い付かなくなるが彼の「魘された」という言葉からどうやら私は眠りこけて魘夢えんむにしてやられていたらしいと時差ありきで収集をつける。

それ以前に、開眼した先に男の姿があったのが問題で私は飛び上がって驚いたのだけれど。

「わぁぁっ!!?」

「わっ、ど、どうした?」

私も年頃だ。怖い夢を見事に演出しきった君が今度が目の前にいたことに対してびっくりしたなんてことはとてもじゃないけれどバレたくはない。何と言うか、恥ずかしい。

女として掴まれたくはない尻尾の一本や二本はある。

「いやっ、いやっ、なんでもない!と、トレーニングお疲れ様ッ!」

私はどんな感情をも露出する顔を隠しながら立ち上がり、鬻の足の後方に回り込んで毎度のように取っ手を掴む。

「おっ、頼むよ輝華!・・・ところで・・・」

車椅子を数ミリ動かしたところで鬻はさっきまで私の座っていた場所を目指した。厳密にはその先でさっきまで読んでいた新聞紙に顔を埋め込んで大層ないびきを立てているお爺さんをだけれど。

ところであのお爺さんがどうかしたのかな?

「あのお爺さん、寝てるけど起こさなくていいのか?」

このまま起こさない方がお爺さんにはきっと心地いい。けど、ここにいる以上はそれはつまり診察を待っているか、私と同様に訳ありの待ち人を待っているかのどちらかになる。どの道、起きておかないと後が大変。ここで起こしておくこそが偽善を被らないで済むかもしれない。ていうか、起こさずに出発するの一点張りだったわ。はは。

「そうね、起こしておこうかな」

覚えたての女子を出しつつ私はお爺さんの歴戦の肩を揺さぶる。最近まで私は男と女の見境なんて概念が欠如していた。だから、最近まで私は女という単語を知っていても自分が女であるとは微塵も考えてはいなかった。高校生になって、ある程度体が出来上がってきて尚且つ鬻という存在があって初めて性別というものを理解したのだから私はある種の発達障害なのかもしれない。

この話を聞いて少し前のめりになっている男性陣がいたのなら予め釘を打っておくとー

私はお爺さんの肩を骨を折らない程度に揺さぶる。

「お爺さん、お爺さん」

ー 貴様らにやる体はねぇ。

お爺さんは覚醒する。よかった。死んでない。

「( ,,`・ω・´)ンンン?あぁ、寝とったか。すまんすまん。ありがとよお嬢ちゃん」

今にも閉じそうな瞼を左手で擦りながら新聞紙に埋葬していた顔を掘り返し、体を起こす。

「いいえ~」

安否を確認できた私はこれ以上は邪魔せまいとさっさと鬻の下へ戻り、彼の足役を買う。

「さぁ、鬻、出発するよ~」

私が一歩足を踏み出せば、車椅子のキャタピラは彼にとっての一歩分としての役割を果たす。

軋む金切声はない。3年間、彼の下半身の役割を絶え間なく果たしているこの車椅子はどうやら途轍もなく腹持ちがいいみたいだ。まるで、これ自身が彼の下半身そのものかのようだ。

「・・・、その解釈は野暮だよね・・・」

「うん?何か言った?」

「!?ううん。いや、なんでもないよ!」

彼は前へ向き直る。こちらを向いていたことに全く気が付かなかった。

病室を抜け、行きしなに散々陽光を浴びせてきた太陽は今度は少し西側から直射日光を浴びせてきた。

無駄だぜ!太陽サン!

私はずっと腕から下げていた日傘を広げ、太陽光をガードする。

ほれ見たことか!簡単に日焼けをさせようなんざぁ百年早いわ!

「はい、鬻」

「あぁ、ありがとう」

私は鬻に日傘を渡す。鬻は昔から運動が好きだけれど美意識が高いらしく、晴れている時は常に日傘を両脇に携えていたものだよ。ちなみに今渡したのは、誕生日に鬻が私にくれた駒の黒く、外周が赤いデザインをした熱の吸収も格好もいい日傘。彼専用の日傘は、彼がこうなってしまうに至る騒動で失われてしまった。

「相合傘をしてみたい」という彼の要望に渋々(大嘘)答えて今は二人に付き一つの要領で使っている。

ちなみにちなみに、かつて彼の持っていた鬻専用の日傘のデザインは駒が白く、外周が青いものだった。

「入れる?」

「あ~、もうちょっと右に寄せて」

丈の長さも傘下さんかの範囲も申し分ないため、ほんの微調整さへあれば座ってる鬻が持っていても全く問題ない。

「ありがとう」

毎週こうやって家に送るがてらの散歩が始まる。雨の日以外は、いつもこうして私が鬻を家に送る届けている。これが、私の楽しみだ。鬻もそう思ってくれていると嬉しいな。

「もう春も終いか。早いな・・・、僕も本来は高校生だってのにまともに高校生できてないじゃないか」

鬻は行きしなには気が付かなかった木に張り付いている蝉の抜け殻を見ながらため息をついた。鬻は当然のことながら学校へ通うことはできない。そのため、近年大幅に普及したインターネットを使ってオンライン生として授業に出席している。ちなみに、私とは別の学校。

丸一日を家で過ごすのと前住んでいた地区から遠く離れたここに引っ越してきたこともあって友達がいなくってとても青春と呼べたものじゃない。その気持ちを込めた感嘆の言葉なのだろう。

しかし、忘れないでほしい!

「まぁね。でも、楽しいでしょ?少なくとも今日は」

私の存在を。

「おう!幸せだぜ!」

鬻は育ち盛りの男子の笑顔そのものを向けてそう言った。それがいけない。私は頭が真っ白になるのと顔が赤くなるのとを同時に受動する。そして、その様を右腕で口を覆ってわざと咳をして誤魔化す。

けど、そう仕向けた鬻からすればただの虚しい抵抗だった。

「ケホケホッ!」

「だはは、ちょろいなぁ、輝華は!はははぁぁ、、、ぁあ痛てて」

「もう!・・・大丈夫ッ?」

「あぁぁ、輝華の怨念やぁ、呪いやぁ・・・」

「大丈夫そうね」

私は上っていた過度に急な坂道の真ん中で押していた車椅子を反転させる。

「ああっ!!?ごめんなさい!ごめんなさい!からかってごめんなさい!二度としません!」

私は腰を曲げて鬻の何故だかいい匂いのする耳に口を近づけて囁く。

「本当に?女の子をからかうなんてダメだよね?」

「はい!だ、ダメです!万死に値します!」

別に恐怖で脅している訳ではないけれど、鬻は何故か恐怖している。

もしかして、耳の触覚が鋭いのかな?

「ふ~ん・・・」

「な、なんですか・・・?」

だとすればすることは一つでしょう。

「パク」

「うぉわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

案の定、鬻は耳が弱かった。これは歴史的大発見かもしれない。実は今まで非の打ち所のない彼の弱点をずっと探してたんだけど中々見つからなかったんだ。よかった。これで、彼が今度またキレようものなら制御できる。

私が車椅子を少し力を入れてこのまま直進させないために固定しながら感心の頷きをしているかん、鬻は噛まれた右耳を片手で必死に隠しながら狼狽うろたえている。

「て、テメェ何すんだゴラァッ!!何故俺の弱点が耳と知っているッッ!!」

弱点であると同時にどうやら逆鱗でもあったらしく、思わず素が出てしまうくらいには怒っていた。

「からかったお返しだよ~」

私は鬻を転舵反転させ、元の帰路につく。そのほん後ろから前を向くだけの一瞬の内に鬻は息遣いも言動も全てを改めていた。やはり、あの頃の運動神経はまだ失われてはいないみたいだ。

やはり鬻はいつになってもどこか恐ろしい。

「相変わらず、そのマッチョは変わらないね。僕が暴れてる間も重たくはなかったの?車椅子・・・」

「うん。全然。てか鬻痩せたね」

「そりゃまぁ、前みたいな生活してないしね。運動能力もすっかり死んだよ」

私と鬻は坂道を登りきる。ついこの間まではここの住宅街を桃色の一色に染めていた桜がほぼ緑に還って私たちを新しい色として歓迎し、風になびいていた。

「そう言えば、輝華も少し性格が丸くなったね。昔はこう、トゲトゲしてたけど」

「まぁ、環境が環境だったからね。今は最高だよ弟もできたことだし」

「ちょっと待ちな、僕その話聞いてないが・・・。なんだその弟ってのは。実家の話か?いつの話だい?」

そう言えば鬻には鏡神の存在を話してはいなかった。あぁ、こいつは本当に純粋無垢に嘘偽りなくマジでガチで忘れていたとでも思ってもらえれば助かる。本当に名を賭けて。何かと荒唐無稽だもので。

だからと言ってこれが鏡神の存在を忘れていた理由にはならないよ。達観が過ぎる人たちのために言っておくと。最初、言うべきか言わないべきか渋っていたのだけれど考えている内に忘れちゃって・・・、

っで、今に至るまで忘れてたった訳。それと鏡神がもう家族の一員といて浮いている存在ではなくなりつつあることも要因の一つと言えるでしょう?拾い子っていう印象がもう私には無いんだよ。

だから、今改めて2か月前の鏡神との再会を思い出すとすごく新鮮と感じられる。家族に勧誘することがあの時、ようやく叶ったときは心の底から安心し、嬉しくもあった。

「うん。あー、ここだけの話、ひ、拾ったんだ・・・」

「はひ?ひ、拾った?そりゃぁ、道端に横たわってたその子を保護したってことか?」

道端でも横たわってもいなかったけれど間違ってはいない。

「どちらかと言えば、出会いの場で跪いていた男の子だけれどそんな感じ」

新築の住宅街に侵入する。自然を完全に廃れささないゆとりのある全く新しい世界は本当に素晴らしいと思う。私は自然が大好きだ。それは鬻もそう。だから、日水にちみずと言う苗字なのかもしれないね。知らんけど。

「そ、そうか・・・、大切にしてやれよ?姉として。念願だったろ?」

私は9歳年上の姉がいる。輝全姉ちゃんは、私が胸を張って誇れる立派な姉だよ。下積み時代に汚泥を舐めていた私に対して厳しい視線を向けつつも結局最後まで面倒を見てくれた、素直ではない面倒見の良い姉だった。それは今でも変わらない。私はそれに憧れつつも、鏡神にとっても、私は私なりに良い姉になりたい。

「もちろん!自分の尻は自分で拭かなくちゃね!」

鬻は私に振り返る。その笑顔には悪戯の類が感じられない純粋無垢の白色が威風堂々の黒色の上から上塗りされていた。

「はは、威勢が良いな。多分輝華なら大丈夫だろうね。面倒見いいもん」

「え?本当に?」

右手に温かい感触が乗る。タコとはまた違った、粘性のなく、また乾き切ってもいないまだ命のとどろきの感じる感触が私の足を支える右手に乗っけられる。

「でなきゃ、こんなことしてくれないもん」

さぞかし嬉しかろう。私もいと嬉し。

気持ちの問題か、彼の手が妙に異常に温かく感じる。

「ねぇ、頭撫でて良い?」

「やめろ」

鬻は笑みを崩さないまま前へ向き直った。

風は時を運び、刹那を攫い去って私たちの短い交友の時間は終わった。

万が一のことも懸念して、遠出も禁じられているのだ。「日水」の表札のかかった真新しい家は間取りの広さを簡単に想像できる外見をしている。

かつての千光ちびかり家も一軒家の住まいだったけど、こんな立派なものではなかった。何なら雨漏り受けが床に等間隔に散乱している状態のものだった。すぐ追い出されたけど。

インターホンを押し、鬻の母が出るのを待つ。

「毎度思うけどさぁ、一々母さん呼ばなくてもあそこから普通に登って家入れるぞ?荷物じゃあるまいし。てか、荷物扱いやめてくんない?」

息子が車椅子になってから、母の過保護は加速したと聞いている。

鬻は玄関のスマートスロープに皮肉を笑いながらため息をついた。母の過保護とは異常に温かく、そして暑すぎることもある。おかげで凍死することはまずあり得ないが、焼死するか圧搾されそうになったりして年頃の子には少しキツいのだ。感謝は大切だとは思う。がしかし、するにできない程の複雑な気持ちが反抗期や思春期の正体であることも少しは考えてもらえれば幸いだという気持ちは山々で、塵も積もりすぎてもはや関の山だ。いつ噴火してもおかしくはない。

私は母の出迎えを待っている鬻の後姿を見下ろす。

「荷物扱いだなんてそんな滅相もない。人聞きの悪いことを言うのはやめておくれよ。・・・ッほら、お母さんだよ」

ノイズのかかった雑音が「患者にそんな労働させる訳にはいかない」という言葉を寸のことろで呑み込ませた。

「はぁい。あぁッ!輝華ちゃん!ご苦労さま!今出ます」

「はぁ・・・い」

返事を言い終える前に通話を切られてしまった。少し悲しい気持ちに夢うつつになっていると鬻が不意に私に話しかけてきた。

「ねぇ、輝華・・・、今の僕じゃぁ君を守ることはできないかもしれないけれど、それでも、俺のことを見捨てないでいてくれるか?」

心が痛んだ。以前の暴君がこんなにも弱々しい台詞を吐くようになってしまったと、そう思っている訳ではない。

酷く心が痛んだ。

そんなことを言われて、もしかして私は信頼されていないのだろうかと、今までの、幼馴染としての長年の付き合いをあたかも不完全であると言われているように感じてしまって酷く心が痛い。

私は人体で唯一心のある機関を抑える。

そんな訳がないだろう。人はたった10年と言う人がいるがされど10年だ。10年は決して短い期間ではないはずだ。だって、赤ちゃんの子供が小学4年生になって、小学4年生の子供が次にはもう成人だってことだぞ?それを決して長くないだなんてよくもまぁ言えるもんだと私は思うぞ。

10年歳月は長くはない。でも短くはねぇ。その間に色々なことがあるのだ。私自身もこの10年で色々あって色々変わったさ。

お前だってそうだぞ鬻。お前もこの10年で変わったじゃないか。どこへ行こうが気に喰わねぇ奴らに鏖殺おうさつの限りを尽くしてたお前が今じゃ、こんなにも優しい人になったじゃねぇか。

それは昔っから変わってなぇか・・・。人が変わっちまうことは仕方のねぇことだ。変化は成長が故だからそりゃ真摯に受け止めるべき事案だ。だからこそー

私は正面を見つめたままの鬻の肩に手を置く。

「当たりぇだろ。へへ、私は掛け替えのないものは嫌いだがお前は替え難い者なんでね」

自分の変化を否定することを言うな。

鬻は笑った。それは揶揄からかいの色とも、至極真面目の色とも受け取ることもできた。

「わはは、はぁ~、ありがとう!やっぱり輝華は優しいな」

微笑ましい。ヤンキーの成長に微笑ましさと感動を覚える日が来るなんて夢にも見なかったけれどこう言う感情は意外とあって滅多にないことなのだと感じることもできた。

姉になった以上、鏡神に対しても同じような感情を抱くようになるのかな?

「あらぁ、鬻ちゃん。リハビリお疲れ様ぁ~」

「ちょッ、母さん、や、止めて。輝華の前で恥ずかしいよぉ」

鬻の母は出てくるなり、息子の顔を輪郭を撫でまわす。鬻が雄叫ぶ言葉の中に苦痛に呻く声が聞こえないところを見るとこの女、力の使い方を分かっていやがる。

なるほど、逐一の化け物を出産できるだけあるな。そんな化け物の生みの親は息子の安否を確認できると獣のような目を私に向けてきた。

皆さん、間違ってはいけないのは今の情景が決して夕方ではなく真昼間であることだよ?

丁度頂点に君臨する太陽の光がその髪の毛に隠れた眼に反射して、そこだけ茂みから獲物を伺うチーターかライオンのような形相を浮かび上がらせていた。

もう少しで16歳になるのもなんだけど、ちょっと怖い。

「輝華ちゃん、いつも息子のことをありがとうございます」

「いつも・・・、いいえ、こちらこそ」

鬻も私の方を向いて、軽くお辞儀する。

「本当にいつも輝華ちゃんには助けられてますよ。その互いを求めあうその愛に末永い祝福を」

鬻母はカーテシーをしる。

私も鬻も顔を赤面させて各々袖で過半顔を隠す。

私との対応と鬻との対応の相違もあってつくづく個性的な母親だと毎度のように思う。鬻の旧家には何度か遊びに来てはいるが昔からこんな感じだった。そして訪問するたびに言っていたのだ。

「鬻ちゃんと輝華ちゃんは多分、いや絶対にいずれ両想いになるでしょう」

と。これがお互い幼少期の頃のことだ。

今考えればその予言は見事なまでに的中していた。それに気が付いたのもここ最近の話だが、気付いた時は胸にハルマゲドンがついに発生したかと思ったよ。

地球滅亡の予言は外れて本当に良かった・・・。

しつこいようだけれど鬻母は個性的だ。ほら、今だって個性的すぎて鬻の後ろに回り込むだけの作業にロングスカートのはためきまでもを優雅に味付けしてくる。

脂っこそうだ。

「では輝華ちゃん。お気を付けて。行こうぉ?鬻ちゃん」

「お・・・、うん。輝華、じゃぁな。また来週」

鬻は鬻母の少々丸すぎるお尻から顔を覗かせて手を振ってくれていた。

「うん!元気でね。また来週!」

手を振り返す。

それにしても鬻、病状が病状だけれどあんなに背骨曲げて大丈夫あのかな?

空虚な風が私の全身を撫でる。夏が近いからかその風は温かく、どこか懐かしかった。

あれ以来、ずっと抑えていた心のある部位から手を離し、晴天の空に手を翳した。

温かい。あの頃は年中寒かった。けど、今は温かい。

へ?過去に何があったいい加減教えたらどうだ?って?

私は翳した手を引っ込めて晴天を見上げた。太陽が明るい。新鮮な夏の匂いだ。

人の家でいつまでもつっ立っている訳にもいかないので、私はそろそろ踵を返して家で一人留守番をしている鏡神の遊び相手になってあげようと帰路を辿ることにした。

「・・・?」

鬻宅から少し出た所で背後から背中を劈く感覚が押し寄せてきた。昔はよくこの感覚をレーダーとして活用していたものだ。おかげで、私に死角はない。

のだけれど・・・。

「・・・?」

誰もいない。目先の電柱が怪しいが、太陽の角度的に不自然な影はない。

「気のせいか」

私は再び歩き出す。行きしなでは完全に忘れていた日傘をさして。


過去の話はまた今度ね。







「閉ざした口に咲いた永久歯」


 どうも最近、午後9時ごろから午前4時までを執筆時間としている有機物の轆轤輪転です。

そろそろしんどいですね。まぁ、しかし1月1日に寝なければ大丈夫です。計画通り。

今回はとても大切なお話があります。

率直に、え~、これにて「そして夜が明ける」、完結です。

 

 春編が。

そう、これまでの「そして夜が明ける」全11話は今後の話の展開に必要な台としての役割を全うし、今後の話の舞台である「夏編」の架け橋として多くの貢献を残してくれました。

それに先んじて「夏編」からは話の進行が大きく変更になることを報告しておきます。

具体的に言うと、例えば「Aのパート」と「Bパート」がありますと。「Aパート」の夏編が完結すれば次は「Bパート」の夏編が始まると言った形態での話の進行になります。

かなり、回りくどいかもしれませんがどうかお付き合いください。

それではよいお年を。

そして2022年にまた逢う日まで。


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