クッ殺さん伯爵夫妻を肉なし料理でおもてなし
首に縄をつけていたり、首がもげてたり。
アパートに、人間離れした住人が増えた。
「絶滅危惧種なので、父上が保護したのだ」
「おい、言い方」
「運動不足になってしまうだろう? なにしろ臆病で自分からは一歩も動かない。無理矢理にでも散歩に連れ歩くしかなくてな。ただ、少々の物音でパニックになるたびに大捜索だ。仕方なしに、首に縄をつけてでも、となったわけだが」
「草食だもんな。でも、やり方がひどすぎないか?」
「あれで母上は喜んでいるそうだ。まぞひすと……
「やめろ。神聖なエルフの幻想を粉微塵に打ち砕くのは、やめてくれ」
性癖は母親ゆずり、とか? 考えたくない。
「母上も同席する夕食で、親子丼は無理だな」
「親子丼とか口にするなよ? 二重の意味で」
コッコパッドで保存していたレシピを眺めながら、クッコロさんが不穏なことを呟いている。「肉なし」と入力して手渡すと、「おお、これは!」と目を輝かせて画面をあちこちタップしはじめた。
「この、豆腐、というのはなんだ?」
「豆を煮て、にがりで固めたものか」
「それならば母上も食べられそうだ」
「待て、ちょっとだけ、待ってくれ」
にがり?
検索、検索っと……これか!
海水からとれる食品添加物。
「塩化マグネシウムが主成分で、ミネラル分を多く含む」
「ミネラルとは、なんだ?」
「五大栄養素のひとつで、主要4元素以外のものらしい」
「火・風・水・土。4大元素以外の物質があるのだな?」
「いやいや……そんなファンタジックな話じゃないだろ」
豆腐を魔法で固めているとは思えない。
にがりって、エルフが摂取して大丈夫?
困ったな、さ ~ っ ぱ り わ か ら ん 。
「肉ではなさそうだ。海水らしい」
「海の水? 豆ではないのだな?」
「にがりの話、にがりが海水」
「つまるところ塩味なんだな」
なんて説明すればいいんだ?
「塩味ではなく、さっぱりしてる」
「 う す 塩 味 っ !」
「……そうじゃない」
根本的に勘違いがあった。
異世界暮らしをしていた娘さんの日常を体験して、安心してもらうのが目的だ。奇をてらった料理で、豪勢にもてなそうとするから無理が出る。近所のスーパーで調達できるものから選んだ。
普通が一番。
「まずは。日本の主食、お米を炊いたのだ」
「これは……なんでしゅか~?」
「大豆の発酵食品で、納豆です」
「母上、これだ、醤油をかけてくれ!」
「ショーユはなんのソースでゲスか?」
「大豆が主原料ですね、たぶん」
「そして、これが今夜のメインディッシュだ」
「「 しろくて しかくい 」 」
「大豆を海水で固めた、豆腐というものです」
「スープも用意したぞ」
「これは珍しいでしゅ」
「大豆の発酵食品、味噌を溶かして作ります」
「なにか入っているでゲス」
「これは、お肉でしゅか?」
「それは油揚げ……豆腐を揚げたもの?」
「つまり大豆だな。母上も食べられるぞ」
伯爵夫妻、物凄い微妙な沈黙。
同時に右手を握って、左のてのひらを『ポン!』と叩いた。
「 「 だ い ず づ く し ? 」 」
「草食動物に合わせて揃えた、フルコースなのだ」
「そういう趣向じゃありませんけど、結果的には」
和食の基本メニューに屍狼さんは感激。伯爵夫妻は見慣れぬカトラリーを器用に操るアンデッドに感嘆し、見様見真似でディナーを楽しみはじめた。
クッコロさんは、キナコちゃんにコッソリ耳打ちした。
「大金星のキナコに特別報酬がある」
「にゃ~んだろにゃぁ?」
「我々の間合いが、急接近したのだ」
「御両親の前でそういうこと言うな」
「さしずめ今夜あたり限界……
「それ以上は本当にやめてくれ」
「これだ。魚をカチカチに乾燥させて薄削りにしたもの」
御飯に鰹節をトッピングしていく。
「ここにスープをかけまわす」
「それ、ねこまんまになるぞ」
「ネコマンマ?!」
「名前に猫とつくレシピ、猫向けなのだろう」
「猫には良くない。 ……猫獣人はどうだろ」
「んまんま う ん ま ぁ い ! 」
「ほら、ねこだいすき」
「いや、味じゃなくて」
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食事を済ませた屍狼さんは、転移魔法のマジックアイテム「ブジカエル」増産のためにハズカシーメ大森林でしていた素材採取について説明した。
族長でもあるウレシさんは難しい顔をしていたが、最終的に「そうでしゅか」と了承し、共存共栄のために技術提携したいと希望を伝えた。
「戻ったら伝えとく」
「お願いしましゅね」
「もっとも。 ……戻れたら、だけどな?」
言いながらキナコちゃんを小脇に抱えあげたので、「戻れるとしたら戻る?」と尋ねると、黄色い頭を見詰めながら「山田高志は死んだのさ」とだけ言い残して、早々に引き上げた。
「すぐに二人を迎えに来ましゅよ」
「え? すぐに来れるんですか?」
「転移魔法に精通した魔者は多いんでゲス」
キナコちゃんのために異世界へ戻る。
それが、屍狼さんの選択なのだろう。
昨日の今日の付き合いなのに、もうオシマイ。
でも、不思議と長い付き合いだった気がする。
「屍狼さんたちが帰ったら、寂しくなるなぁ」
独り言のように呟いた。
伯爵夫妻が頷き合った。
「今のおはなしで、入口のできた理由もわかりましゅた」
「見知らぬ土地を訪れて、来た道を辿れば帰れるでゲス」
「帰れる……って?」
来た道を辿れば帰れる。
転移魔法に精通した魔者はマジックアイテムを使わずとも転移できる。だから、屍狼さんに仕事を依頼した魔者は迎えに来ることができる。
クッコロさんは、『エルフは魔法の扱いに長けている』と言った。この二人は、なにをしに、どうやってここへ来た?
ウレシさんの申し出た技術提携とは、なんだ?
「出逢って、3日目だが」
「え? クッコロさん?」
ウレシさんが「さて」と言って、立ち上がる。
その足元から広がり蒼白く迸る魔法陣の輝き。
「3日間、世話になった」
透き通った声に引かれるように、顔をあげた。
深紅の瞳と、目が合った。
まさか、この転移魔法陣の出口は――
「これは、ハズカシーメ大森林へ帰る魔法陣?」
クッコロさんが、一度だけ頷いた。
プラチナブロンドが余韻に揺れる。
「せめて半年、一緒に生活したかったのだが」
濡れた瞳から頬を伝い、雫がポタポタ滴る。
「今度こそと思い、下着は部屋へ置いてきた」
「クッコロさんの問題そこ? 違うだろ?!」
「最後に、これだけは」
「最後とか言うなよ!」
「練習を続けるために、持っていきたいのだ」
「なんでそこでショウガチューブなんだよ!」
「 コ マ ツ ジ ……
不意に部屋は暗転した。
後には転移魔法の残渣。
仄かな光の粒子が舞う。
それすらも、すぐに消えていく……
思わず掴まえた最後の一粒が、手のひらを濡らしていた。
「これ……涙?」
真っ暗になった空き部屋に、ひとり、残されていた――