クッ殺さんの一身上の都合も転がり込んできた
早朝の東雲公園でブランコを揺らしながら、名前も知らない白黒2色の小鳥が、トコトコせわしなく歩いているのをボケ~と眺めている。
そこへ気怠そうなTシャツ姿の屍狼さんが通りがかり、しょぼくれているオレに気付くと、なにかを思い出したらしくトコトコ近付いてきた。
「大家さん、朝、早ぇんだな?」
「屍狼さんのせいで寝てないの」
「悪い! ……ニャンニャン?」
「うん。安普請だから助かった」
「助かった?」
そう……助かった。
思い起こしてみれば、領土問題にかこつけて密会を重ねるうちに、和睦の象徴・クッコロさんは誕生した。おそらく「婚前交渉ドンと恋!」というトンチンカンなお家に産まれたのだろう。そこだけは攻めの姿勢を崩さない。
我慢の限界、あそこにあった。
二階が気になって気になって。
それどころではなくなったが。
屍狼さんはクレームを覚悟していたようだ。
ホッっと胸を撫で下ろすと、説明を始めた。
「アンデッドになってから昼も夜も頭が冴えてて眠れねぇのさ。人間に戻れるかもしれないし、ずっとこのままかもしれない。不眠症が不安で不安で、先にメンタルからやられちまった。昨日も突然コッチ戻って来ちまって、お先真っ暗闇だろ? ドーンと暗くなってたら、キナコが気にして」
「そこで、キナコちゃん」
眩しそうに目を細めて、お天道様を見上げた。
太陽光に弱い、というわけではなさそう。
「酒、買ってきちまって」
「酒?」
ばつが悪そうに目をそらした。
昨日、お弁当に三万円コッソリ入れておいた。
使い道にまで文句を言うつもりない……でも。
アルコールになって揮発したようだ。
当面の生活資金にあてるべきだった、と思う。
「酒盛りか」
「グビッと呑んだら、酔っ払って、あの調子で」
「弱いのか」
「徹底的に弱ぇんだ。獣人語だし意味サッパリ」
「獣人語か」
にゃーにゃー朝まで鳴いていた。
意味はチンプンカンプンだった。
「まだ未成年なんじゃない?」
「獣人は成長が早ぇ……けど」
「けど?」
「獣人は酒豪が多いけど、キナコの父親、人間でさ。コッチの世界で人間だったら個性的な外見で得するようなハーフの娘だっているんだろうけど、アッチじゃ種族としての突出した能力とか長所が薄まって、生活するのも大変なのさ。ああ見えて苦労人だし、俺、あんま強く言えなくって――」
猫獣人と、人間の、中間くらいのスピードで成長する。
まわりの獣人より子供っぽいのを気にしているらしい。
「百年経っても酒にゃ弱ぇまんまだと、俺は思ってんだ」
トホホとしか表現できない顔をした。
よく見ると昨日よりダメージがある。
おもに、引っ掻き傷が増えている……
「アンデッドだから暗くなるのかな?」
「かもしれねぇな」
常に徹夜明けみたいな気分だろうか?
隣のブランコに座り、地面をキック。
キィコと前に戻されながら「そういやぁ」と小声で呟いた。
「あの女子高生、ブジカエル持ってたな?」
「クッコロさん? 女騎士様で、隊長さん」
屍狼さんは、「ふむ」と鼻を鳴らした。
「異世界から来て、足止め喰ってるわけだ」
バイオマス素材の配合率が25%以上と書いてあるコンビニ袋から、おにぎりを取り出して「どうぞ」と勧めると遠慮して首を振った。
「睡眠も食事も、人間らしさだろ?」
「そうだな。そりゃ、ごもっともだ」
「異世界、どうだった?」
おにぎりを頬張りながら「どうって」と言い淀んだ。
それから「世話になってるからなぁ」と切り替えた。
「キナコが盗賊団に所属してるって聞いてさぁ。泥棒稼業からアシ洗って魔者から下請け仕事してたんだよ。素材調達に行った先で発見されて、散々追い掛け回されてよ、トンズラしようとしたら……」
「東雲公園に到着、か」
革袋からカエルを取り出し「変だな?」と首を傾げた。
正常なら一方通行、設定された場所へ転移するらしい。
そこで周囲が『ピカーッ!』と光った。
再三再四繰り返す、転移魔法陣の現出。
咄嗟に隣を見る。
屍狼さんに、?マークが浮かんでいる。
カエル、ちっとも光ってない。
……じゃあ誰が?
「 「 誰かが転移魔法を起動した? 」 」
やれやれ。
おにぎりは食べかけだった、一旦コンビニ袋へ戻した。
オークが東雲公園に雪崩れ込んで来ないことを祈ろう。
のっそりと、豊満な体を揺すりながら転移してきた男。
オレの観察眼が正しければ、という話になるが。
でっぷり太鼓腹、いやらしい顔つき。
1本の麻縄を握ったままで茫然自失。
奴隷商人、としか形容できない風貌をしている。
「ここは……どこでゲスか?」
「東雲公園だ」
返事に驚いて、こちらへ体を向ける。
麻縄をグッと引っ張る格好になった。
「 い゛」
うめき声に続いて転移してきたのは、麻縄の先。
首枷を付けられ、顔をしかめている幼女だった。
拘束されボロを纏っているが、金髪に端麗な目鼻立ち。
特徴的な切れ長の瞳と、長い耳……エルフに違いない。
つまり異世界からの来訪者。
「今すぐその幼女を開放しろ」
「これは大事な娘なんでゲス」
「国際法で奴隷売買は禁止されている、商品にならない」
「そんな口車に乗るおっちょこちょいじゃないでゲス!」
やれやれだ。
見たところ、金目のものを身に着けていない。
高値で捌ける商品を手に、放漫経営から逃走……そんなところか。
「エルフだろ? 長耳エルフっ娘到来、合法ロリ万歳という紳士諸君が6千万人も生息する日本国へ転移してきた。運が無かった、鋸曳き刑じゃ済まないぞ?」
奴隷商人は「ニポン?」と疑問を口にした。
問題提起したのは、国名じゃない。
ここが常識外れの、異世界ということだが。
「オマエじゃ話にならんでゲス!」
「これほどの状況に冷静に対処できる人間、この町内に、オレをおいて他にない。会話をしてくれ、これでも良くやっているという自負がある」
「こう見えて大家さん、この道のプロだ」
「オレって屍狼さんにどう見えてるの?」
「どの道このエルフは渡さないでゲス!」
「まったく、これだから奴隷商人は感情的で手に負えない。住民票も帰属先もなく無職で無一文になったと言っているんだ。『エルフはオレの嫁』と崇める狂信者に埋められたら助けようがない、近所の百均でノコギリ買って走ってくるぞ。だから今はとにかく身を隠せ」
「 黙 れ 黙 れ 黙るでゲス!」
「大声を出すな。周囲は閑静な住宅街、奴隷商人とエルフっ娘と全身パッチワークみたいなアンデッドが顔を揃えて、ただでさえ悪目立ちしているんだ。これ以上、状況を悪化……」
「 見 て く れ ジ ン ! 」
「 し ろ し ろ ~ ぉ ! 」
女騎士クッコロさんと猫獣人キナコちゃん、登場。
もう、これ以上無いってくらい悪目立ちしている。
このまま突っ立っていたら、次に来るのは警察官。
まずは、そう。
「場所を変えよう」
江戸間8畳に異世界から5人。
ここはすでに異世界になった。
クッコロさんが、握っていた紐をグイッと引っ張る。
少女が「っぎ!」と苦悶の嗚咽を漏らし倒れこんだ。
「これはどういうことだ?」
「首枷してて、かわいそうだったから」
「あ、あにょ~」
「長耳エルフ合法ロリ万歳ではなく?」
「なんてことを。とんでもない誤解だ」
「あ、あにょ!」
「長生きするんだ、飼いきれるのか?」
「おい、言い方」
「 あっ 、 あ に ょ ~ ! 」
苛立ったクッコロさんが「しばし待たれよ!」とエルフ幼女を繋いでいた麻紐を引っ張り上げた。首枷で喉を圧迫されて、息が苦しいのだろう。小さな口の端から涎を垂らしてヒューヒュー笛の鳴るような喘鳴が耳障りに響く。
「乱暴はよせって」
「母上はエルフだぞ? 気軽に拾ってくるなんて」
「真っ先に拾われたクッコロさん……の、母上?」
クッコロさんとエルフっ娘は、顔を見合わせた。
それで、気付いた。
背丈は半分ほどだし、目の色や耳の長さは違う。
だが、髪の色や、顔かたちの雰囲気が似ている。
つまり、この方が。
クッコロさんに、駄洒落みたいな名前をつけた……
「クッコロさんの、お母さん?」
「母のウレシだ。由緒あるエルフ族の長でもある」
「うん。 ……それをね、今、初めて聞いたから」
「ウレシ・ハズカシーメでしゅ」
「お母さんも良い名前ですね?」