クッ殺さんとオレは衾を同じくして枕を共にす
忌引き休暇中だが、遠からず露呈するだろう。
両親を早くに亡くして天涯孤独の身、祖父の代から引き継いだ、築40年以上のボロアパートに住んでいると知っている同僚もいる。
子供のころから世話になってきた、借り主のジーサンバーサン。少ない年金から家賃1万円ずつ積み立てていたら、修繕費が賄えない。
「ナスビが安い!」
オレが職を失うと、路頭に迷う人数が多い。
「今夜はこの奇妙な野菜か?」
「猫獣人も、食べるだろうか」
「食事は人間と同じはずだが」
「でもナスビだけ持ってこられても困るか」
適当な弁当を2つ選んで、レジへ向かう。
と。
慌てて「うちはナスビで、弁当は屍狼さんに手土産で……」と説明を始めたが、クッコロさんは「委細承知」と言いながら頷いた。
「どこの世界も、領地経営は厳しいものだ」
「異世界貴族の娘に、この話。わかるのか」
「母方は父の領地に隣接しているが、線引きは曖昧でな? 先住権をめぐって度々意見の衝突もあったと聞いている。その度々が、随分多すぎるぞと思っていたら、私が産まれて線引きは無くなったそうだ」
住んでいた世界が違う。
かなり、大規模だった。
それにしても……
「なんか生々しい話だった」
玄関チャイムを「ピンポ~ン♪」と鳴らす。
バタバタした物音に続いてガチャリと扉を開いた猫獣人が、「お~にゃ!」と、その顔に喜色を浮かべたが、後ろから屍狼さんが「大家さん」と訂正した。
「お にゃ さん」
「お~にゃでいいから、キナコちゃん」
「そっかそっか、お~にゃ良いヤツ!」
「おーにゃ、書類の件で来たんだな?」
「屍狼さん、それ真顔で言うのやめて」
弁当を2つ渡すと「気が利くな!」と喜んだ。
続いて賃貸借契約書に鉛筆で〇印を書いて渡し、屍狼さんがサラサラと日本語で埋めていくのを、クッコロさんとキナコちゃんが「お~!」と感心して覗き込んでくるので、苦笑している。
ただし本名「山田高志」で「おー!」だった。
かなり簡単な漢字だ。
アストラット文字は楔形文字、種類も少ない。
複雑な漢字を書けることに驚いているようだ。
「そういえば、屍狼さんも転移魔法を使ってた」
「ああ。向こうにゃ自転車ってのが無いからな」
そりゃそうか……ん?
相応の練習を積み重ねて獲得した、転移魔法。
それが自転車くらい?
「クッコロさん?」
「どうした、ジン」
「転移魔法って、どうやるの?」
「何度も見ただろう? こうだ」
わきわき動作。
これにどんな意味があるんだ?
「オレのときは800銅貨だったぜ」
「銅貨。 ……高いのか、安いのか」
「1銅貨が10円くらいさ」
「それなら、わかりやすい」
こちらでスキル習得といえば、学校で勉強。
その学費が8000円、これはかなり安価。
さしずめ。
「丸1日修行したら習得できる価格帯なのか」
「修行なんて必要ないだろ」
修行しない?
「技能講習、こりゃ座学だった。その後、指導員の指示に従い近距離転移を実践。午後は初歩的なルールについての筆記試験をする。予習さえキチンとしていたら、晴れて免許を取得できるって寸法だな」
「原付免許みたいなものか」
「ああ。そんな感じだった」
屍狼さんは革袋から透き通った小さなカエルの工芸品を取り出して、「ほい」と手渡してきた。裏に見慣れた転移魔法陣の鏡像が彫刻されている。
「魔者って、魔力の扱いに長けた種族がいる。そいつらがモンスターの素材を加工して転移魔法を付与したマジックアイテム、ブジカエルの出番さ」
「こういう旅行みやげ、よくあるね」
「これはキナコの姉ちゃんに貰った」
下手糞な口笛を吹いていたクッコロさんに「聞いてた印象と随分違うな?」と、あらためて確認すると、きまりの悪そうな顔をしてモゴモゴなにか言っていたが、似たような革袋を取り出して、カエルを1コ差し出してきた。
「なるほどねぇ」
「出口は東雲公園に固定されている、本当なのだ!」
「同感だな、俺はともかくキナコは帰るに帰れない」
屍狼さんは、ブジカエルをジッと見詰めて呟いた。
初日の我々と同じように、何度か試しているはず。
結果は推して知るべし。
今も、アパートにいる。
「しろぉがいるにゃら、ど~でもいい」
キナコちゃん、あんまり気にしてないようだけど。
「書類完成。さぁて、帰るか」
「夜分遅くに、すまなかった」
「こちらこそ助かってるんだ」
「ま~た、く~るにゃぁ~!」
鉄骨の外階段をカンカンと音を立てて降りていく。
その間、クッコロさんが「同感、帰るに帰れない、助かっている」と屍狼さんの言葉を反芻して呟いた。転移魔法にマジックアイテムを使用していた、練習次第でどうにかできるとは考えにくい。何度やっても東雲公園、同じ気持ちだろう。
ただしクッコロさんにとっては、こちらが異世界。
この差は大きい。
胡麻油をフライパンで熱して茄子を並べていくと、興味津々で覗き込んでいた。最後に醤油をかけまわすと、ジュワ―っという音と共に香ばしいかおりが広がる、それだけで感嘆の声をあげた。
すぐに皿に盛り付け、卓袱台へ運ぶ。
「これが野菜なのか? 信じられん!」
「気に入った?」
「醤油の秘めたる可能性には驚かされてばかりだ」
「大袈裟だなぁ、お醤油が好きすぎる」
美味しそうに頬張る姿を見ていたが、ふと思い出して「なにか言いかけた?」と尋ねると、天井を見上げて「空き部屋があった」と呟いた。現在、異世界から来た盗賊二人組にアジトとして貸し出している。
「空き部屋があるから連れ帰ったのだな?」
「放っておけないし、目の保養になるから」
「こちらの知識を蓄えろ、そう言っていた」
「女騎士ってのは、大抵、世情に疎いだろ」
「他にもあるのか?」
「理由? 特になし」
「空き部屋のことだ」
「空き部屋? ある」
「ならば、ひとつ頼みがある」
・
・
・
.
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「たびたび、すまん」
「ぅ……あぁ、ん?」
湯浴みをしたいから先に済ませ今日はベッドで寝ろと言われた。疲れていたのでお言葉に甘えたが、先程まで暴力的に襲ってきた睡魔は、目の前の神秘的な光景に一瞬で敗北してしまった。
「その恰好は……どうした?」
風呂上り、下着姿で、ベッドの脇に立っている。
濡れたままの髪から、雫がポタポタ滴っていた。
「もう少し、奥へ詰めてくれ」
「ん、位置? ……なんで?」
「空き部屋をあてがわれても困ってしまう」
「だな。生活力よりも、体力が無いもんな」
「家賃を体で払おうにも経験不足でな? どうしたらいいのか、わからないんだ。朝まで好きにしてくれてかまわない」
「とうとう受け身も、ここまできたか――」
なんと言ったら良いのやら。
「怒ったのか?」
「え、なにが?」
「下着や受け身は披露するなと言っていた」
「オレに我慢の限界があって……今ココ?」
ベッドが1つしかない部屋。
一緒に寝るしかないだろう。
「それじゃ湯冷めするよ、布団に入って」
クッコロさんは「失礼する!」と一礼して布団に入ったが、天井を見上げたまま微動だにせずガッチガチだったので、思わず苦笑した。
弱みに付け込むような真似はできない。
逆に手を出しにくくなった。
「頼る相手がいないから、ちょっと優しくされたから、決してそのような理由ではない。女だてらに騎士をしていた。今はまだ、魅力的ではないかもしれん。だが、遠からず夜の相手を可能にする技を磨き、暗殺してみせる」
「暗殺。 ……悩殺の間違いかな?」
そこは問題ではない。
「勇み足だぞ。そんなだからオークに捕まる」
「それもそうか。我々は、出会って間もない」
この女騎士。
異世界で、うまくやっていけそうにないぞ?
「せめて半年、一緒に生活して『にゃ~ん』……な、なんだ?!」
「上から聞こえてきた」
「ん、うん。だからな? なんでも『ふんにゃ~』する『ん、にゃ♡』ので、この部屋に暫く『ぅん、にゃ♡』置いて『もっとぉ、もっとにゃぁん♡』置いて……
『んにゃ♡ にゃ♡ にゃ♡ んにゃ♡ にゃぁん♡ んにゃ♡ にゃ♡』
「 「 丸聞こえ…… 」 」