クッ殺さん踏んだり蹴ったり傷口に塩塗ったり
調理ぐらいできる、そう言って厨房に立った。
ツギハギのハーフプレートメイル姿、で料理。
ど ん な 味 付 け よ り も 大 の 大 好 物 だ 。
「臀部を防御したりはしないんだ?」
「腰回りに下げるアーマーはあった」
「今はフンドシだけか」
「フンドシ言うな! これは、"前垂れ"と呼ぶ」
「にしても、無防備な」
「騎士は背中など見せぬ、問題無い」
台所に立ち料理している、背中が丸見え。
しかし今は大丈夫、パンツを履いている。
店に行くまでノーパンだった、想像するだに怖ろしい。
このプリプリお尻のなかって同じものが入ってるのか?
女性用はやわらかい中身、とか?
ただなぁ。
「クッコロさん先程から塩しか手に取ってない」
「味付けするだろう? しないのか?」
「そのままガブリか、塩味か、どちらか一方?」
「馬鹿にするな! きちんと違う味だ」
「そういう料理人テレビで見たことある。なんか叩き付け方で甘くなったり塩辛くなると主張したが、ただの塩味とレポーターは斬って捨ててた。よもや和食の達人みたいなセリフをハーフプレートメイルを装着した格好で言うまいな?」
「 馬 鹿 に す る な ッ!」
右手のおたまでガチンと雪平鍋を叩いた。
左手にピンクソルトを持っている。
食塩と岩塩なんて聞いたら絶望だ。
「違う味……どう違う?」
「濃い塩味、普通ぐらい、うす塩味」
濃 度 と き た か ッ !!
「料理の味付けって振り幅の話か?」
「 塩 加 減 だ ! 言い方を考えろ」
「うす塩味ってなんだ、袋菓子かよ」
「れっきとした味付けで控え目だ!」
「四則演算で料理をするなと言ってるんだ、半年もしたら成人病で御陀仏になる。それともなにか? 女騎士の攻撃手段は塩漬けにして塩分過多でジワジワ? ならいっそバッサリやってくれ。その文化包丁でもいいから」
「ぁ。はい。そ、そ う だ な ぁ ! 料理……お好みなど…ぉ…」
「なんだ? ……突然トーンダウンして」
「貴様がおかしなことをいうからだッ!」
「ジワジワ、ああ、バッサリのほうか?」
「 そ う で は な い !! 」
なんだこのクッコロさん。
頬がポーっと赤くなった。
内股モジモジ擦り合わせ?
「半年、いてもいいのか?」
「 あ 、 そ っ ち ? ……らがよろしければ、是非とも」
「料理も頑張る、暫く置いてくれ!」
「今日はオレが作るから着替えてろ」
「ぁ。 ……はい。」
なるほどな。
これ「お世話になりたい」フラグ?
了解これ萌えるシチュエーション。
受け身なのか攻めてるのか微妙だ。
あぁ、だからモジるのか。
よっこらせと立ちキッチンへ移動。
おっと。
ちょっと待てよ?
これって。
ク ッ コ ロ さ ん と 半 年 同 棲 ?
おいおいおい、どうしてそうなる。
ど こ ろ じ ゃ な い !!
とっ……とんでもないことになった。
常日頃冷静沈着を旨とするオレもこの状況下で大根の桂剝きなんて器用にできるわけがない、と。思ったんだけど案外これスルスルできちゃってるなぁ。
味噌汁の具はこれでいこう。
おかずは生姜焼き、より塩・コショウあたりからが妥当だろう豚バラ豚バラ……豚コマ切れ肉、これで「ジン」いいだろう「ジン!」ジン……ギスカン?
「ジ、ジン!」
「いやジンギスカンは無理、豚コマ切れ肉しか用意してないからな。クッコロさん確かにジンギスカンは鉄板料理だが意味が違う、タレに漬け込んだものと生ラム、どちらが好みかは…… そ れ ど し た ? 」
蒼白く迸る、魔法陣の輝き。
これには以 前 見 覚 え が ?
「転移魔法が時間差で起動したようだ!」
「プレートメイルを半分脱いだから、か」
「防具と転移に因果関係はないと思うが」
そうかな?
クッコロさんの場合どうなんだろうな。
ちょっと待てよ?
これは冷静に考察していて良い状況か?
時間差で起動した転移魔法はなにをする、クッコロさんを元の世界へ転送する、混乱した状況下でウッカリ転送先として東雲公園へ来た。もうここへ来ることは、金輪際ありえない。
クッコロさんと……もう二度と逢えない。
そ ん な 結 末 が 唐 突 に 来 た ?!
「ジン」
「あぁ」
泣き顔で微笑むな、眩しすぎる。
今は特に眩しく見える。
これは、魔法陣が光ってるせい?
ああこれ結構凄い強烈だもんな。
とととっ……熱くはないようだ。
LEDの光みたいな感じか。
「ジン!」
「あぁ?」
「ジン、世話になったな。クッコロ・セ・ハズカシーメ・ウケール軽竜騎兵隊長を忘れないでくれ。私はもう行かなくては、兵も難儀していることだろう」
「なんでそんなことを言うんだ」
「下着を返却する暇もない、あと数分、要望があればできる限りのことをしよう。迷惑をかけることもできなくなる、というのは……寂しいものだな?」
数分。
半年同棲と浮かれてて、振り返った途端「なんでもやったげる♡数分だけ」って展開が急速すぎて、時間が短すぎて、考える時間まで含まれてて、数分。
冷静に取捨選択して希望を言え?
この、江戸間8畳ワンルームで。
可能な範囲で要望に応えるって。
たったの数分間。
なにもできそうにない。
オレの希望はなんだ ――-- ?
「否定……してくれ」
「なんだ……否定?」
「否定だ、クッコロ・セ・ハズカシーメ・ウケール!」
細い小首を傾げた。
プラチナブロンドが余韻に揺れる。
綺麗に編み直して整っている金髪。
それが、ゆっくりと左右に踊った。
「すまない、それだけはできそうにない」
魔法陣の輝きを、滑らかに弾いていく。
束ねられた絹糸のように美しい黄金色。
その繊維を茫然と目で追っていく……
「できない……?」
「否定なんてできないだろ?」
「 な ん で だ !! 」
「受け身は得意だ、最初に言ったろう?」
「そういう意味じゃない、違うんだッ!」
「冷静沈着とうそぶいて凌辱一歩手前の女騎士を保護してくれた照れ屋なところ、戻れる保証はないと叱ってくれたこと、感謝する。この世界と貴様のこと、もっと知りたかった。だが。時間のようだ」
「 そ う じ ゃ な い ッ !! 」
「 コ マ ツ ジ ……
不意に部屋は暗転した。
後には転移魔法の残渣。
仄かな光の粒子が僅かに舞うだけだった。
「辱め 受け って」
それすらも消えていく――。
「クッコロさん」
最後の一粒を思わず掴まえようとしたが。
手を握る前に フッ と消え去った……。
唖然と見詰めた手のひらが、濡れている。
光の粒で濡れる、不思議だな、と思った。
「クッコロ、辱めは受けぬって、そ……言ってくれ……」
呟きながら、『我ながら最低な人間だ』と思った。
ガチャリ
玄関扉の開く金属音、続いて頭だけ半分出てきた。
ちょっと前に見たプラチナブロンド。
「クッコロさん?!」
さっきの今でどうしたんだ?
様子を伺うようにこちらを見ている。
こちらから尋ねてくれるのを、待っているようだ。
パチン!と、箸をテーブルに置いた。
「どした? 戻ったんじゃないのか?!」
「戻った」
「また、オークの群れに襲われたのか!」
「いいや。東雲公園へ出たので、戻った」
「出戻りにも程があるぞ、クッコロさん」
「すまん……ほかに行くあてもなくてな」
結構あれは感動的お別れシーンだった。
そんな調子で戻ってくるとか拍子抜け。
まぁ。
生姜焼きを食ってたオレが言うのもな?
なんなんだけど。
「冷めるぞ? そこ座れ、まず飯」
「この棒をどうしろと?」
「箸な? 箸。覚えろよ」
「 な ん だ こ の 肉 料 理 は !! 」
「塩味以外の肉料理だ、作ってやるから見て覚えろ」
「 な ッ …… ま る で 魔 法 だ ?! 」
「ついさっき転移魔法で瞬間移動したくせに生姜焼きで魔法なんて単語を軽々しく使うなよ、そんなだから東雲公園止まりなんだ。いいからショウガをチューブから出す練習から始めろ。元々実家が貴族で御令嬢だったんだろ、なんで恰好付けた?できないならできない、やったことがありません、恥ずかしがるようなことかよ。その壊れたハーフプレートメイルから見え隠れする下着よりも?」
「これは……気にしている風だったろ?」
「それは気になるだろ」
「気を惹こうとしてな」
「あ。 そ こ は 受 け 身 ? 」