表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

エピローグ・あれから2ヶ月…


「これが待望の、婚姻届かッ!」

「ここに、それぞれ名前を書く」



 クッコロさんはボールペンをギュッと握り締めた。

 が。

 2マスの空欄を凝視して、ゴクリと喉を鳴らした。



「日本語で……そうなのだな?」

「カタカナの練習してただろ?」

「平仮名は、難しかったのでな」



 楔形文字に慣れた指先は、曲線が苦手らしかった。

 クッコロさんの平仮名は、現状カクカクしている。


 それにしても……。

 この用紙、わりと最初から、書き方がわからない。


 まず、苗字と名前で分けてある。



「ちょっと待って。異世界人の名前って、どう書けばいいんだろ。ああ、これか。ミドルネームは名前のほうに書く? ……でも。これ、順番が逆なんだけど」



 クッコロさんは立ち上がり、ガッツポーズをした。



「後先考えず、まずは行動だ!」

「いやぁ……そういうわけには」

「どの道、結婚すれば改名。 小 松 ~ ぅ、ク ッ コ ロ! 」

「ぉぃぉぃ、とんだ言い掛かり……みたいな名前だな?!」



 身体能力は著しく低いのに、考え方は基本的に脳筋。

 ほんとに困った異世界女騎士様だ。


 しかし、なるほど、そうなるのか。

 軽 く 由 々 し き 事 態 だ な ッ !!



 あれから2ヶ月――――



 御両親の同意も得られ、必要書類も揃った。

 あとは市役所で貰ってきた婚姻届を書き上げるだけ、なのだが。


 早朝から2時間、一進一退、こんな調子で繰り返し。

 意気込みに反して、一向に完成する気配はなかった。


 と。


 大声を出してスッキリしたらしい。


 フーッと一息ついて伏し目がちにかぶりを振り、興奮で少々乱れた金髪を左手で整えてから、卓袱台の向かい側に正座。右手に握ったボールペンを、一旦、書面の横へ置いた。


 深紅の瞳が、やわらかく微笑んだ。



「あまり難しく考えることもないだろう。なにしろ証人は私の両親、身分証明書や戸籍謄本は実家が発行したものだ。これらは、こちらの役所の職員が読めない文字なのではないか? ……アストラットの文字なのだから」



 そう、問題はそこなのだ。


 揃えた書類は、異世界産。

 はたして受理されるか、首を傾げたくなるものばかり。

 サンプルの定型フォーマットから逸脱しまくっている。


 難しいぞ、異世界間結婚。



「クッコロさんの地元では?」

「事実婚の夫婦も多い。国も種族も、多種多様だからな」

「まずは既成事実から、と。乱暴な発想になったわけだ」

「こちらとの違いは……夫婦別姓が多いぞ」

「そういえば義母(おかあ)さんも、ウレシ・ハズカシーメだった」



 クッコロさんはメモ帳にサラサラとサインしていった。

 そうは言っても、楔形文字。

 筆運びはタテヨコにピピピ。



「結婚すれば、ウケール家を出る……父方の姓は表記が変わる」

「またか! 異世界文化は難しい。がんじがらめの命名規則だ」

「最後の一字を左右反転、鏡像にするのだ」



 ハンカチ少女のロゼッタ・ストーンを取り出してみる。


 数本の線で一文字を表す表音文字、アストラット文字。

 丁度5行目から先、裏返しになっている。



「なるほど。『ル』の字が『ヌ』になった」



 ら行と、な行が、入れ替わる。

 全部覚えるのは難しそうだが。

 なんとも、うまくできている。


 感心していると、クッコロさんがポツリと呟いた。



「小松仁の妻、クッコロ・セ・ハズカシーメ・ウケーヌ」



 新任の隊長が任命されるまでの間、共稼ぎ夫婦になる。

 クッコロ・セ・ハズカシーメ・ウケーヌ軽竜騎兵隊長。

 それが実家側、異世界での新しいクッコロさんの名前。


 危険な任務もあるだろう。

 不思議と心配していない。


 そんな時は、小松荘に転移先を設定したマジックアイテムが、彼女の身を護ってくれるに違いない。もし失敗しても、東雲公園に転移しそうな気がする。


 防具は、多少、ボロっちくなるのかもしれない。

 クッコロさんは、大怪我なんて、しないと思う。

 なによりも、受け身が得意な女騎士なんだから――――





 ん?



 あれ……れ?



「今、なんて言った?!」

「小松仁の妻♡」

「その後だよ!」



 クッコロさんは目を丸くした。


 その赤い瞳が記憶を探るように左上へ移動して、なにかを発見し、小さく一度、頷いて、小首を傾げるとサラサラと透明な髪が流れた。


 確認するように、ゆっくりと。

 1分前の言葉を、繰り返した。



「クッコロ・セ・ハズカシーメ・ウケーヌ?」

「そう、それっ! それだよ!」

「それが、どうしたというのだ」

「クッコロさん……夫婦別姓でいこうか!!」



 綺麗に整った金髪が、ゆっくり左右へ踊る。

 束ねられた絹糸のような、美しい、黄金色。

 その繊維を茫然と目で追っていく……



「すまない。それだけは、できそうにないな」

「できない? ……え、なんで?」



 少し思案顔をしたが、意を決したように頷いた。



「ジンと会った日、転移魔法が時間差で起動しただろう?」

「豚肉で、塩味のなにかを作ってた、あの夜のことかな?」



 クッコロさんは、もう一度、頷いた。



「実を言うとアストラットへ帰ったのだ。ブジカエルは壊れていた。戻れる保証はなかったし、どこへ飛ぶのか、命がけかも知れなかったのだが。無理矢理、転移を繰り返して、なんとか、ここへ。というか……東雲公園へ戻ってきた」



 ……なんで?



「その様子、やはり気付いていなかったのだな」



 ……なにに?



「駄々っ子のように、泣いていたからだ」



 オレ、泣いてた?



「私は自分自身に誓ったのだ。ジンを独りにしてはいけない。この世界へ戻って、小松仁の妻となり、一生、独りぼっちにしないと誓った!」



 あれは、感動的な再開シーンだったのか!


 ……そうなのか?


 ちょっと脳筋の戦略的思考わかんないな。

 あんまりそういう感じじゃなかったけど。



「でも……美味(うま)そうに晩飯食ってただろ?」

「戻ったら、良い香りが漂ってきたからな」

「まぁ。オレも生姜焼き食ってたんだけど」

「そうだぞ? 平常運転はお互い様だった」



 そっか……お互い様だったのか。


 そういえば夜はホームシックでギャン泣きしてばかりいた。

 お互い様の範囲が、案外広めだ。



「書類の体裁どうでもいいし、事実婚でもなんでもいい。一生、一緒にいてくれ。この際、名前だってどうでもいい。クッコロさんと一緒にいたいだけなんだ」



 やや仰け反って、びっくりした顔で、「それは当然そうなるだろ?」と、静かに囁いたが、ちょっと意味がわからなかったので「え?」と聞き返した。



「私は小松仁の妻になる」

「そっか……そうだった」



 クッコロさんはボールペンを手に取り、氏名を書く2マスの空欄を全部無視してアストラット文字を書き込んだので、かなり大胆にハミ出している。


 住所、本籍地、どんどん楔形文字が並んでいく。

 そのまま2分ほどして、うんうんと2度頷いて……


 ぺらり、と持ち上げた。



「こうした書類、ジンは好きだろう?」



 そんなことを真顔で聞かれても困る。

 一般論は「好きだろ?」知らないが。



「オレは、こういうほうが好きだけど」



 クッコロさんは嬉しそうに微笑んだ。


 でも、これ。


 役所に提出しても、これは受理されないだろう。

 ほとんど異世界風になってしまった、婚姻届け。



 ……待てよ?



「これ、持ってって、実家に提出してくるのは?」

「領主が揃って証人だ。当然、認められるだろう」


「そうしようか?」

「それで良いなら」



 革袋からコロリと取り出した、透明な塊。

 生真面目な顔で、わきわき動作を始めた。


 小さなカエルのマジックアイテムが、幻想的な光を拡げていく。

 幾度となく、異界から出逢いを運んできた、転移魔法陣の現出。

 今日この時に限っては、新たな門出を祝っているように見えた。



「眩しくって、綺麗に見える……やたら強烈に魔法陣が光ってるもんなぁ」



 ぼんやりと、感想がこぼれた。



「まるで……魔法だ」

「転移魔法だからな」



 薄っすら笑みを浮かべた口許。



「ジンは、本っ当~に魔法が好きなんだな」

「いや? クッコロさんが綺麗に見えてる」


「なっ…… な ぬ ぅ ?! 」



 両親を早くに亡くして、天涯孤独だった。

 こんなに安らかな気持ちになったのは、何年ぶりだろう。


 不意に現れたクッ殺女騎士を自宅へ持ち帰り、もといた世界に戻るアテが無いと知って、嬉しかった。一緒に寝起きして、些細なことで言い争って、笑い合って。想像していたより、ずっと魅力的で、少しズレてて、とっても……楽しかった。


 この、くっだらないやりとりを、ずっと続けたいと思った。


 今になって、今さら気付いてしまった。



「そっちから先にグイグイ来たもんだから、ずーっと、言いそびれてた気がする。オレ、魔法とか、異世界よりも。 ……クッコロさんが、好きなんだ」


「なんだってぇ~?! 初耳だぞ……どんなタイミングだ!」

「一目惚れかな? それから、どんどん。今じゃ、すっかり」

「いや、そう言う意味ではなくてな」

「だから、忘れてたなぁと思ったの」



 ギュッと瞼を閉じて、「私も」まで言った彼女の眦から溢れた涙が、光芒を放ちながら頬をつたい、唇を濡らしていく。魔法が発動する微かな駆動音が耳に響く。足裏の接地感を失い、たまゆらの浮遊のなかで、ゆるやかに離れていく細い身体を引き寄せた。



「クッコロさん、お願いがある」

「な、なんだ? あらたまって」

「 結 婚 し よ う ! 」

「 今  そ れ か ?! 」



 今から丁度、2ヶ月前の昼休み。


 異世界から東雲公園へ、転移魔法でやってきた。

 ちっともクッ殺じゃなかった女騎士様の唇は……



 どことなく異世界風の、うす塩味だった――――


【 クッコロさんがやってきた! 】


これにて終幕でございます。

最後までご清覧いただきましたこと、心より感謝申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▲ もくじ へ もどる
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ