クッ殺さんが昼休み近所の公園に転移してきた
こりゃ……まいったな。
公園のベンチでコンビニ弁当を喰ってたら、唐突にピカッと光って魔法陣が現出したのだ。直後、転移してきたのはオレの観察眼が正しければの話になるが。
女 騎 士 だ 。
銀白色を金色に縁取った金属鎧。
白地を赤に染めた布や革ベルト。
盾は無く、細身の両手剣。
深紅の瞳、見事なプラチナブロンド。
清楚で整った顔を歪めて睨んでいる。
それにしても大胆な着崩し方だった。
堅苦しい職場環境に反発していた?
それはなさそうだ。
清楚で真面目なお嬢様タイプ……か。
被ダメージと違ったなにかがあった。
だからこそ大慌てで転移なのだろう。
柳眉を逆立てている対象は、オレだ。
「 貴 様 も 一 味 か ッ !! 」
「貴様も今日は総菜売り場で鶏ハラミ一味焼きを買ったのか?という質問……ではなさそうだ。そちらは手ぶらだし。どの程度、現状の把握ができている?」
「 こ こ は …… ど こ だ ? 」
「そこにタコ滑り台があり、わからない。土地勘が無い証拠だな?」
「なにを言っている……」
「 東雲公園 だ」
「しのめこ、ぅぇ、ん?」
「し の の め こ う え ん」
「しののめ……こぉえん」
女騎士は両手剣を杖代わりに立ち上がる。
転移直後は幻想的とは程遠い姿勢だった。
厨房で転んだ拍子に転移したのかと思ったほどだ。
散乱していた金物が、防具とは。
「 え ぇ い! 貴様では話にならんッ!」
「だろうな? しかしオレは結構これで良くやっているほうだという自負がある。町内でこれほどの状況に冷静に対応できる人間はオレをおいて他にいないだろう。お前はついてる。だから、落ち着け」
「これが落ち着いていられるかッ!」
「オレは落ち着いているんだけどな」
イライラしてベンチにガンと斬り付けた。
そ の 動 き で 片 チ チ 零 れ か け た 。
「 ょせ! ……公共物を破損するなよ」
ベンチの傷見て「悪いことした」って顔。
反省するくらいなら自制心を持ってくれ。
これは……お互い様か?
これで好みの美人でなけりゃ警察に引き渡すところ、だが。
警察官が理性を保てるかどうかは妖しい。
ニュースを見る限り、結構やらかしてる。
スマホを取り出し「少々遅れるかも。はい了解です」と連絡。その間も両手剣を突き付けられているという状況は、産まれてこのかた初めてだ。
とんだジャジャ馬を拾ってしまった。
見たところ16か7、随分と若い娘。
「なんだジロジロと、今なにをした!」
「まったく……これだから女騎士は手に負えたもんじゃない。とりあえず昼休みが終わるまで34分、この間にお前を自宅に保護する。オレがその一味って奴なら、即座に斬り殺すなり魔法ブッ放つなりして格好良く安全確保するといい」
「会ったばかりで? 信用できんッ!」
お~、怖い、怖い。
馬かと思ったら、犬みたいに吠えた。
犬に噛まれるよりレアケースだろう。
噛み付いた野良犬は持ち帰らないか。
「できる奴が他にいるのか? そうは見えないな。少なからず悪目立ちしていて、御町内に女騎士がいるという噂は聞いたことがない。つまり迷子なんだろ?」
「それとこれとは全くの別問題だッ!」
「では別の問題だ。今日の日付けは?」
「日付け? ……アストラット暦で?」
「元号どころか西暦ですらない、了解」
せめてヒジュラ暦だったらな。
つまり地球ではないのだろう。
ひとり少女が駆け寄ってきて「どうしたの?」と気遣った。
その疑問は当然だろう、小さな公園の隅でくたびれたスーツ姿の男と女騎士様が言い争いをしているのを見付けたら、それこそ誰もが「どうしたの?」と疑問符を浮かべるに違いない。
しかも今し方ならず者に襲われましたという恰好。
下手人候補の筆頭はオレだろう。
女騎士が「どうってことない。ちょっとオークの群れに捕まった、それだけだ」と頭を撫でながら微笑むと、安心したように少女は手を振りながら走り去った。
『 オークの群れに捕まった 』
苗床にされかけてた。
それで大慌てで転移。
了解、これ萌えるシチュエーション。
ただ自分が畑ってのは勘弁願いたい。
だから一心不乱で懸命に整えたのか。
転移後は装備があちこち剥ぎ取られていた。
元々は鎧も今より面積があったのだろうか?
ショルダーアーマーは左のみ、左腕の篭手も歪んでいて、布でできた部分は引き千切られたのかビリビリ、左のブーツは一緒に転移してきたまま転がっている。
おなかまわりの白い肌が目に眩しい。
全体的にボロっちくはある。
「だからなんだジロジロと!」
「そんな顔もできるのか」
「私は元々こんな顔だ!」
「おねーちゃん、これ!」
あ、さっきの子。
ハンカチを濡らして持ってきたのか。
脇腹の擦過傷を気にしていたようだ。
うわー、物凄い勢いで遠慮している。
細くて白い指だなぁ剣は似合わない。
編み込みほどけた髪が陽の光に輝く。
なんて綺麗な光景だろうか。
結局は受け取ってペコペコしてるよ!
でも顔から嬉しいが漏れちゃてるな?
ん。
あぁ終わったか。
どうして怒った顔でコッチ向くんだ。
「そうだ。お前、名前は?」
「まずは、貴様から名乗るのが筋だろう!」
「小松、小松 仁。ジンって呼ばれている」
「ジン。 ……クッコロだ」
「 そ れ 、 自 分 か ら 言 う ?! 」
「だから、クッコロなんだ」
「それは見りゃわかるんだけど……名前を」
「クッコロという名なのだ」
「え? ……それが名前?」
「ウケール一族で、母方はハズカシーメ家だ」
「命名規則があるのか、色々と外国難しいな」
「シノノメコォエンには無いのか? これを順に並べていく」
「それを、順番どおり」
「 クッコロ・セ・ハズカシーメ・ウケール 」
「 受 け ち ゃ う ん だ ッ ?! 」
「受け身は得意だ、それがどうかしたのか?」
ほとんどダジャレじゃないか――――
こうした安直なネーミングは、アニメや漫画にも多い。
しかし我が子に付ける名前か? 親の顔を見てみたい。
起きるべくして起きた運命、だとしても。
それがクッ殺というのは、気の毒すぎる。
な、なんだなんだ……な ん だ ?
頬を赤らめ、モジモジ内股を擦り合わせて。
気温に対し防御力は紙ッペラだ、寒いのか?
もしくは宣言どおり受け身にまわる気 …… 今 ここで?!
ひっそりとした住宅地の片隅、東雲公園で。
ここは …… さ す が に マ ズ イ だ ろ ー !!
「やはり拠点が必要か……暫く世話になりたい」
「ちょ、ちょっとだけ待ってくれ、早く出てくれあぁ社長? 今日オレもう早退、早退しますよ! え。理由? いやもうまいっちゃったなぁ突然クッコロ女騎士が出、はなく。危篤状態かな? うんそう両親です、両親のどっちかで両方でもいいけど、え? しいて言えば……父? はい、はいはい、そう! 動揺凄くってねぇ後日連絡します葬式とかあるかもーそれじゃ!!」
ピッ!
「行こうか♪」
「大丈夫か?」
はー、ビックリした、早とちりだった。
ちょっぴり嬉し恥ずかしな想像してた。
気の強そうな娘が突然あれだもんなぁ。
オレは落ちていたブーツを拾い上げた。
「全く。問題など微塵も無い」
女騎士は大きく頷き共に自宅へ向かう。
そう、ミシンって、まだあったかなぁ?
「どうした?」
「この世界クッコロさんに造詣の深い者はまだまだ少数派だ」
「ジンの言うとおり私にはどうやらツキがあったようだな?」
「そう、ちょっとした珍事ではある、か」
「あのぉ……もう1回、お名前を伺っても?」
「家柄もあり長い名だ、覚えずらいのだろう」
「そうだな。こちらと比較すれば、長いかも」
「クッコロ・セ・ハズカシーメ・ウケールだ、よろしく頼む」
「いやぁほんとーに難しいっ! また何回も聞いちゃうかも」
「こちらとしては世話になる身、ただクッコロと呼べばいい」