恋は盲目
2022.01.23 脱字を修正。
18歳になったある日、王太子ローレンツは、婚約者であるメルツェーデスの家を訪れた。
しかし、王太子相手でもどうしても外せない用事が出来たとの事で、庭で花を見て待つ事にした。
背より高い生垣の間を歩き、角を曲がると貴族らしき装いの少女の後ろ姿が見えた。
足音に気付いたのか、驚いたように振り向いた彼女の顔を見て、ローレンツは恋に落ちた。
恥ずかしがり屋なのか、赤く顔が染まって行った少女は、その場から逃げようとする。
「待ってくれ! 君の名は?!」
その言葉を無視して立ち去っては無礼だと思ったのか彼女は立ち止まり、消え入るような声で答えた。
「カ……カロリーネと、申します」
そして、ローレンツの次の言葉を待たずに走り去る。
「カロリーネ……」
ローレンツは佇み、彼女を忘れないよう記憶を反芻し続けた。
「お待たせ致しました」
屋敷に戻ると、メルツェーデスが待っていた。
戻るのが遅くなったローレンツだったが、彼女の方が先に待たせたので、そう声をかけて来る。
「庭で見知らぬ少女に出会った。カロリーネと名乗った彼女は何者だ?」
「カロリーネに会ったのですか」
メルツェーデスは、困ったように眉根を寄せた。
「父の隠し子ですわ」
「私に紹介してくれないか?」
「……カロリーネの事は、お忘れください」
女の勘で、ローレンツがカロリーネに惚れたと気付いたのか、メルツェーデスはそんな意地悪を言う。
「何故、そのような事を?!」
「ローレンツ様こそ、何故、其処まで、カロリーネに会いたがるのです?」
メルツェーデスは、質問で返す。
「それは、その……」
はっきり恋したと言えば、カロリーネが酷い目に遭わされるかもしれないと危惧したローレンツは、口籠った。
「何です?」
「い、いや。何でもない。済まないが、今日は帰らせて貰う」
カロリーネに会えないならば、滞在する意味は無い。
帰るローレンツを、メルツェーデスは意外にも引き止めなかった。
◇
それから、一ヶ月が経った。
メルツェーデスの父親であるヴァイスブルク侯爵は、国王に呼び出されて登城した。
「実は、ローレンツが寝込んでおるのだが」
挨拶の後、国王は早速用件を切り出す。
「噂として聞いております」
「恋煩いであるらしい」
「左様ですか」
「カロリーネと言う女性だそうだ。其方の隠し子だそうだな?」
それを聞いたヴァイスブルク侯爵は、思わず眉を顰めた。
「申し訳ありませんが、私には、カロリーネと言う娘はおりません。殿下にはそのようにお伝えください」
◇
侯爵の返答を伝えられたローレンツは、激しい憤りを覚えた。
カロリーネが侯爵の隠し子であると言う事は、メルツェーデスが認めている。
それなのに、その存在を否定するなんて、カロリーネを虐待しているに違いない!
怒りに突き動かされ、ローレンツは、ヴァイスブルク家に乗り込んだ。
「殿下。突然の御訪問、どうされたのですか?」
普段着のメルツェーデスが、何食わぬ顔で微笑むのが腹立たしい。
「カロリーネに会わせてくれ!」
「……お忘れくださいと、お願いしましたわよね?」
笑顔を消してそう口にしたメルツェーデスに、本性を現したなと内心で罵る。
「会わせられないなんて、顔を殴りでもしたか!?」
「……何を仰っているのです?」
メルツェーデスは、怒ったように顔を顰めた。
「惚けるな! ヴァイスブルク侯爵は、カロリーネと言う娘は居ないと嘘を吐いたのだぞ! 彼女の存在を隠すなんて、虐待でもしているのだろう!」
ローレンツの剣幕に、メルツェーデスはあからさまに溜息を吐いた。
「はあ……。父は、嘘を申しておりません」
「出鱈目を! 嘘でなければなんだと言うのだ!」
「カロリーネは、私の異母弟で御座います」
「い、異母妹の間違いだろう?」
ローレンツは何かの間違いだと信じたくて、そう確認する。
「いいえ。本名をカールと申しまして、父にとっては息子ですわ」
「そ、そんな、馬鹿な……」
愛した人が男だと知ったローレンツは、世界が崩れて行くかのようなショックを覚えた。
「男として生まれてしまったけれど女なのだと言い張りますので、受け入れて好きにさせておりますが、他家の方には紹介出来ません」
性同一性障害を受け入れるには、まだ時代が追い着いていない。
ローレンツの理解も追い着いていない。
「念の為に申し上げておきますが、カロリーネには恋人が居りますので」
「……その念押しは、必要無い」
◇
その後、ローレンツは再び一ヶ月寝込み、回復後は酒に溺れてしまった。
彼が立ち直るのが早いか、国王が見限って廃太子するのが早いか。
「貴方達とローレンツ様の恋は違うようだけれど、どうしてかしら?」
カロリーネとその彼氏と共にお茶を楽しんでいたメルツェーデスは、不思議だった。
普段のローレンツは、思慮を欠き感情に任せた言動を取る人ではない。
緊急性も無いのに裏も取らず、単独で乗り込むような事はしない。
それなのに、あの豹変振りは何なのか?
恋の所為なのだとしたら、カロリーネ達がおかしくなっていないのは、何故なのか?
両想いと片想いの違いなのだろうか?
「恐らく、殿下は、本来情熱的なお方なのでは?」
カロリーネは、無難な答えを返す。
「情熱的……ねえ?」
しかし、メルツェーデスは腑に落ちなかった。
「そう言えば、発情期に凶暴になる動物っているじゃないですか。それとか?」
カロリーネの恋人が、聞く人が聞いたら不敬罪になりそうな事を言う。
「なるほど」
「御姉様……」
婚約者が貶されたようなものなのに納得したメルツェーデスを、カロリーネは困ったように見た。
「私も、凶暴な動物にならないように気を付けましょう」
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