後編
11
朝
鋭くて切れ味のいい赤い朝
ひどい臭いの耐えられないおぞましさ
もはや人の声すら出せず
義父はのたうち回ってやがて動かなくなった
部屋中が赤い、あきれるほどの朝
獣を殺すのは案外簡単だった
これで私は
全ての枷を外して動き回ることができる
獣は死に絶え
私は笑う
この体を許していたことに悪寒を感じ
失禁しながら震える義妹の足に刃物を突き立てる
声帯をぶちぶちと破りながら叫ぶ義妹の眼球が
私で満たされて破裂する
靴を履き、学校へ向かう
世界は終わった——だから
本当の世界が
私の足跡を待っている
12
染み付いた臭いはいつとれるだろう
歩いても歩いても薄まらない
獣のにおい
何をすればなくなるだろう
靴下を脱いで
裸足で教師に入る——私の
白い足を見てほしい
「アマツカ、どうしたの?」
どうもしないどうもしない
ただ私は
みんなと同じように私の裸も白いのだと
信じてほしい、だけ
獣はもういないの
私はもう
汚くない、汚くない——だけど
分かってる
ちゃんと分かってる——
私はどこまでも、腐臭のする黒い獣だと
13
昼休みは
新たにできた世界の大穴
だって
私が踏める大地なんて存在しない
この裸足は、世界に拒絶されているから——
はじめて
クズモチの前で泣いた
「おとうさんを殺しちゃったの」
風が吹いて、クズモチの視線がそれに乗り
私の胸にやってくる
「アマツカは、アマツカになったんだな」
光が痛い、固さが痛い、流れようとする時間が痛い
「私、まだ臭いまま」
「昨日よりはましだ」
「いつか、臭くなくなる?」
クズモチは
目を閉じて呼吸する——その
空気になってクズモチの肺に触れてみたい
そこから心臓まで移動して
流れる意志の音を聴いてみたい
「私、どうしたらいい?」
と訊くと
「明日も明後日も、その次も、ずっと、ここに来ればいい」
と言ってくれて
私は——
「うん」
と、言った
14
生徒たちに紛れて
俯いた放課後を過ごす
私を見るものの何もない時間
あらゆるものが傾いていき
みんな、自分への黙祷を始める静かな時間
ぼろぼろの私の机に
かさかさの指を置いて
その固さと温かさを確かめる厳粛な時間
遠くなっていく、生徒たちの声
少しずつ、塗り固められたものが剥がれていく
私は、制服を脱いで
捨ててしまったものたちを思い出す
西陽の鋭さが私の肌を削ぐ
抱きしめる——この、白くはない体を抱きしめる
最後にひと通り泣いて
制服を着て靴下を履いて
私は
この世界の地面に、足を置いた
15
私の求愛が石のように固まってしまったので
先生はたぶん、砕こうとして
溜め込んできた情欲を私にかけてきた
私の体と制服が汚れて
ひどく獣のにおいがして
ああ——私は、ずっと間違っていたんだと気付いた
だから先生の喉を切りつけて
せめて人間の声のまま死なせてあげた
ぽつん、と
薄暗い部屋にひとりになって
ゆっくり、汚れた制服を着る
靴下は、もういらないから先生の口に詰める
靴を履いて、家に向かう
私が世界に立てる足音はとても寂しくて
自分がどんな姿をしているのか知りたいと思った
獣の、においがする
世界のいたる所に立ち込める獣性のにおい——でも
裸足に吹きつけてくる風が気持ちよくて
私は笑う
踏み外さないように、そっと小さな火を点す——すると
裸足の道のずっと先から
クズモチの声がした——
「うん」
と、私は笑った