前編
1
朝
ありえない明るさの朝
私の体をあけわたすための、朝
人間が背負ってきた獣性になぶられ
食い散らされ
蔑まれ、見下され、踏みつけられ——そして
はじまる私の朝
義理の父が背中を向けて言う
「明日も逃げるんじゃないぞ」
彼の体液にまみれ
苦くて暗くて騒音ばかりの一日が続く——誰も
私の世界を終わらせてはくれない
立ち上がり、靴を履き、学校へ向かう
作り物の世界に紛れて
私は私を忘れ去る
忘れ去る……
そんなことなど、できるわけもないのに
2
笑顔が嫌い
浅はかな笑顔が嫌い
座っているだけで目に入る生徒たちの顔
みんな
制服の下は真っ白な裸
あの子は、放課後に彼氏と抱き合っている
あの子は、お金をもらって抱かれている
でも、真っ白な裸で男と交わる
ちかちかと、目障りな声がする
「アマツカは今日暇?」
暇なわけがない
学校が終われば、私はすぐにこの世界を抜け出して
どす黒い血で塗り潰された
あの、世界へ戻らなくてはならない——それは
私の体
この体が存在する限り、私は獣性を受け止め続ける
何もかもが、獣臭い
3
昼は、ぽっかり空いた世界の穴
屋上にいつもいるのは
笑顔も獣性も持たないひとりの男子生徒
「今日も臭いんだよ」
「臭くない日なんてないよ」
食べるのは、たった一個のクリームパン
「俺にもくれよ」
「臭いのがうつるよ」
「俺は平気だから」
少しだけパンを分けて、私の昼食が少なくなる
「クズモチも何かちょうだいよ」
「豚にやるものは持ってねえ」
こいつの裸は、白くない
「ねえ、どうしたら白くなれるかな」
「殺すんだよ」
金属の、音
クズモチが何かを落として
私はそれを触る——冷たくて透き通った、刃物
指から血が出て、その色が
少しだけ白くなったような気がした
「臭え」
と言われて
「うん、臭い」
と答えた
4
放課後の余韻が
私の靴下を濡らしていく
早く脱ぎたい
ここにいる白い裸の生徒たちのなかで
私は人知れず息を潜めている一匹の獣
本当は、人間だったはず
人間であるはずのものに与えられた学校の机で
私は爪を研ぎ続ける
西陽の射影は
私の存在を撃ち抜く角度
どんどん、濡れていく制服
叫びたい叫びたい
それに耐えて開かれる眼球と垂れ続ける唾液
だけど——
震えている
私の体は白く偽ることに耐えかねて泣いている
早く早く
はやく
はやくはやく、沈め
この、太陽——
叫べず
唸るように、泣き崩れる
5
先生は
ただ一人私が安らぐ肉の塊
獣性の代わりに、単純な命を与えてくれる
家に帰る前に立ち寄る
古びたアパートの暗い一室
私は生きるために生命を乞い
先生は私が死なないように——ただ
抱いてくれる
無機質な、抱擁
赤く爛れた秘部を冷ましてくれる
先生の、凍てつく優しさ
私は
ただ精一杯に声を出す
濡れた制服と靴下を脱ぎ捨てて
今だけは人間であるのかもしれないと期待しながら
先生の名前を、呼ぶ
何度も
あいしてる、と、言って
泣き続ける