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獣の天使  作者: 武田章利
1/3

前編

  1



ありえない明るさの朝

私の体をあけわたすための、朝

人間が背負ってきた獣性になぶられ

食い散らされ

蔑まれ、見下され、踏みつけられ——そして

はじまる私の朝

義理の父が背中を向けて言う

「明日も逃げるんじゃないぞ」

彼の体液にまみれ

苦くて暗くて騒音ばかりの一日が続く——誰も

私の世界を終わらせてはくれない

立ち上がり、靴を履き、学校へ向かう

作り物の世界に紛れて

私は私を忘れ去る

忘れ去る……

そんなことなど、できるわけもないのに



  2



笑顔が嫌い

浅はかな笑顔が嫌い

座っているだけで目に入る生徒たちの顔

みんな

制服の下は真っ白な裸

あの子は、放課後に彼氏と抱き合っている

あの子は、お金をもらって抱かれている

でも、真っ白な裸で男と交わる

ちかちかと、目障りな声がする

「アマツカは今日暇?」

暇なわけがない

学校が終われば、私はすぐにこの世界を抜け出して

どす黒い血で塗り潰された

あの、世界へ戻らなくてはならない——それは

私の体

この体が存在する限り、私は獣性を受け止め続ける

何もかもが、獣臭い



  3



昼は、ぽっかり空いた世界の穴

屋上にいつもいるのは

笑顔も獣性も持たないひとりの男子生徒

「今日も臭いんだよ」

「臭くない日なんてないよ」

食べるのは、たった一個のクリームパン

「俺にもくれよ」

「臭いのがうつるよ」

「俺は平気だから」

少しだけパンを分けて、私の昼食が少なくなる

「クズモチも何かちょうだいよ」

「豚にやるものは持ってねえ」

こいつの裸は、白くない

「ねえ、どうしたら白くなれるかな」

「殺すんだよ」

金属の、音

クズモチが何かを落として

私はそれを触る——冷たくて透き通った、刃物

指から血が出て、その色が

少しだけ白くなったような気がした

「臭え」

と言われて

「うん、臭い」

と答えた



  4



放課後の余韻が

私の靴下を濡らしていく

早く脱ぎたい

ここにいる白い裸の生徒たちのなかで

私は人知れず息を潜めている一匹の獣

本当は、人間だったはず

人間であるはずのものに与えられた学校の机で

私は爪を研ぎ続ける

西陽の射影は

私の存在を撃ち抜く角度

どんどん、濡れていく制服

叫びたい叫びたい

それに耐えて開かれる眼球と垂れ続ける唾液

だけど——

震えている

私の体は白く偽ることに耐えかねて泣いている

早く早く

はやく

はやくはやく、沈め

この、太陽——

叫べず

唸るように、泣き崩れる



  5



先生は

ただ一人私が安らぐ肉の塊

獣性の代わりに、単純な命を与えてくれる

家に帰る前に立ち寄る

古びたアパートの暗い一室

私は生きるために生命を乞い

先生は私が死なないように——ただ

抱いてくれる

無機質な、抱擁

赤く爛れた秘部を冷ましてくれる

先生の、凍てつく優しさ

私は

ただ精一杯に声を出す

濡れた制服と靴下を脱ぎ捨てて

今だけは人間であるのかもしれないと期待しながら

先生の名前を、呼ぶ

何度も

あいしてる、と、言って

泣き続ける

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