芳野亜子#03
「いまだに前の住人の郵便物が届くから、それを防止するためにな」
「それなら私が作ってあげるよ」
適当な紙切れとペン立てにあるマーカーをとり書き始める。
見慣れた『河野』という苗字が、平仮名で力強く書かれていた。
「これ外に貼ってくるね」
パタパタと外へ行き、しばらくして戻ってくる。
その表情は満足していた。
「それにしても、部屋片付いてるよね」
「無駄な物を置いていないからな」
「確かに、必要最低限って感じだもんね」
「必要ないものを置くと、管理が大変だ」
芳野は部屋を見回る。
特に珍しい物はないだろう。
いや、傍から見たら珍しいのだろう。
男一人の家にしては片づけが行き届いてる。
それが珍しい。
そういった所。
「準備できたぞ」
「分かった」
返事とは異なり、一切出かけるそぶりを見せない。
それどころか何かを探しているように見える。
「何を探してるんだ」
「ナニをするものを探してる」
コートの襟を後ろから掴み、そのまま玄関まで引っ張る
「そんなものねぇし、あっても見える場所には置かないだろ」
「は! つまり見えない場所に…」
「いい加減にしろ」
玄関の鍵を閉める。
扉の真ん中には先ほど貼られた、表札と称した紙切れが貼られている。
今にも風で飛ばされてしまいそうなほど弱々しい。
目的地は最寄り駅から4駅離れた街。
商店が多く立ち並ぶ場所。
街に行けば、ある程度の物は揃うだろう。。
街まで250円、往復で500円。
一人暮らしをしている人には、大きな出費だ。
電車に揺られて、しばらくすると目的地に到着する。




